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戦災の子-07

 城坂修一は思考する。


ピースは揃った。戦力も揃った。後は行動を起こすのみ。


しかし、これまで培ってきた経験や事実を積み重ねても、これから起こせる行動のパターンは、計二十三通りある。


その中で、最も彼が――否、人類の平和に繋がる結果へと至る道を歩めるパターンは、一つだけ。



「……はぁ」



 自室でため息をついた修一。


彼は、手元の通信端末に入った情報を見て、更に思考する。



「……ウェポン・プライバシー社が堕ちたか」



 先日のプロスパー襲撃に用いたイングランドの民間軍事会社だ。わざと情報を現地に残したとは言え、流石にガントレットは手が早いとした彼は、自室のドアがノックも無しに開かれた事に動揺もせず、椅子を回転させ、その人物と向かい合う。



「オースィニか。レディが男の部屋にノックもせず入るとは、感心しないな」



 彼女は、普段ならば温和な表情を浮かべて冗談の効いた返しをしただろう。


だが、今は違う。


彼女の手には一丁のベレッタが握られている。装弾も完了し、セーフティも解除されている。引き金を引けば、それだけで銃弾の軌跡は修一を襲うだろう。


しかし、彼は動じない。


そして、オースィニも、動じない彼を見て、引き金を引く。


銃弾は、窓ガラスを割った。


修一は自身の首元を横切った銃弾に怯える事も無く、警報装置の電源を一旦切り、再び電源を入れる。そうしなければ、屋敷中に警報が鳴り響いていたからだ。



「気が済んだかい?」


「少しはね。でも、今の銃弾は装填した分を吐き出しただけさ。装填している状況でホルスターにしまうのは危険だから」



 腰に備えていたホルスターにベレッタを仕舞った彼女は、修一を睨む。



「何が言いたいか、理解できているだろう? シュウイチ」


「ボスとは、呼んでくれないのかい?」


「それは貴方の返答次第だよ。――貴方は、何が望みだ?」


「世界の平和だ」


「このままでは、泥沼に突入するとしか思えないのだが」


「そうした未来へ進むパターンも想定済みさ。二十三通り想定した道のニ十個ほどは、どう足掻いても泥沼化した戦場が待っている」


「今あなたが進んでいる道は、残りの三つだと?」


「そうなるように努力をしてきた」


「聞かせて貰えないのかい?」


「聞きたいのなら、聞かせてあげよう。しかし――君には辛い現実があるぞ」


「それを辛い現実と決めるのは、私自身だ」



 よろしい、と言った修一は、オースィニの前で、口を開く。


長く語られた彼の計画に、最初は訝しんだ表情をしていたオースィニだが、やがて口を開き、彼の計画に何か――希望を持ったように、目を輝かせた。



「偽りは、無いんだね」


「ない。これまでの事も謝罪はしない。君たちを騙した事実も、そしてこれから成す事にも、僕は、決して謝らない」


「証明を」


「撃て。それが証明となる」



 修一の言葉通り、オースィニは先ほどホルスターに仕舞ったベレッタを即座に引き抜き、修一の眉間に向け、装填・安全装置解除・発砲を、一秒も満たない時間で行った。


修一は倒れる。


しかし立ち上がり、傷口を掌で拭うだけで、笑う。



「貴方は、どうしてそんな体になってまで、平和を望む?」


「こんな体になったからだよ。僕は平和を、必ず掴まなければならない」


「その為に――私は死ぬのかい?」


「私は謝らない」


「それでいい。私には過ぎた未来だよ。ああ――私はようやく、満足に死ぬことが出来るのだね」


「君は、きっと怒ると思っていた」


「怒っているさ。けれど、それでいいんだ」



 満足したように修一の部屋を出るオースィニは、最後に一つの敬礼と共に、彼を「ボス」とだけ呼んだ。


 返事はしない。その必要も無い。


彼女はそのまま歩き続け、そして修一も、受けた銃痕を拭う様に、ハンカチを乗せる。



『お前さぁ、頭でっかちになってんだよ。もっと脳を柔らかくしねぇと、大切なモンを見落とすぜ?』



 声が聞こえる。



『バカってのは良いぞ。何をするにも幸せを感じられる。世の中は頭のいい奴ばっかなんだよ。そんな奴らが世の中作っちまうから、世界は争うんだよ』



懐かしい声だ。



『なあ、修一。俺は……俺達は……間違っていたのかねぇ』



かつて親友と認識し、しかし彼は道を踏み外し、外道となり、それでも――最後に修一へ、タバコの味わい方を教えてくれた人だ。



 彼の良く吸っていた、ストライクセブンのボックスを、開ける。


一本を摘み、口へやり、マッチに火を付け、タバコの先端へ火を点しながら、肺に煙を送り込み、吐く。


初めて吸った時、どれだけ咽たか、どれだけ苦しかったか、修一は今にも思い出す事が出来る。


けれど、それは遠き日の思い出だ。


そして今や、その思い出を知っている人物は、彼一人となっている。



「彰――今の僕が間違っているのなら、僕を止めてくれ」



 呟きは、煙と共に消えていく。


誰も聞いていない呟きを、彼の想う人物は、聞いてなどいない。



死者は、生者の言葉など、聞いていない。

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