戦災の子-03
「彼女は私に『気にする必要などない』と言ってくれた。けれど気にしない方が難しい。私という人間が犠牲となれば、彼女の人生をもっと豊かにする事が、もっと彩る事が出来たかもしれないと、そう考えるだけで、胸が苦しい。それこそ、こんなカモミールティで癒せないか、考える程に」
だから、彼女の下で、彼女の為に、出来る事を探そうとしたという。
雷神プロジェクトという計画に賛同し、彼女の様な子供をもう二度と生まない為に、戦おうと決めたのだという。
「だが、今となっては私も道化の一人でしかない。睦ちゃんは城坂修一の手に堕ち、哨君と梢君という未来ある若者も連れ去られ、そして紗彩子君という才能に傷を付けた。何より――」
遠藤二佐は、オレを見据えた。涙を流し、オレの手を取って、嘆く。
「君に戦いを押し付けた。人を殺させてしまった」
「殺す事には慣れているさ」
「いいかい、織姫君。慣れてはいけないんだ、人を殺す事に。勿論人を殺して前に進める者もいるだろう。しかし、人を殺す事に、本来は価値なんかない」
「相手はオレ達を殺しに来る」
「それでも、決して慣れてはいけない。人は、人を殺す事で、自分の中にある心を殺していく。心を殺し尽くせば、人ならざるモノへ変貌を遂げる」
「ならオレは、とっくに人じゃないってか?」
「いいや、子供さ。未来ある、ね」
オレには、遠藤二佐の言いたい事が、上手く理解できない。
殺しがいけない事だなんて、小学生だって知ってる理屈だ。
けれど、それを正当化できる場所が戦場だろう。
敵を殺せば味方の生存率が高まり、そして味方が殺されれば、奮起して敵を憎む。
それが嫌なら、戦場なんかに出る必要は無い。
ああ、そうだ。
だからこそ、雷神という機体は欠陥品で、今やしっかりと銃を握る事の出来ないオレが、更なる欠陥品へと落ちてしまったんだって事を、理解する。
「オレは戦う」
「それでもいい」
「必要なら殺す」
「それでもいい」
「それ以上、何を求めるってんだ?」
「優しさだよ」
「それで、敵はこっちの事情を鑑みてくれるのか?」
「いいや、そんなことはない。――けれど、自分の心を、人ならざるモノへ変貌する事を、抑えてくれる」
殺さなければならない現実があっても――人としての優しさを、ずっと持ち続けてくれ。
遠藤二佐はそういって、老化で荒れた手で、オレの手を、摩る。
二佐の手は――どこか、ダディと同じ感覚がした。
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レビル・ガントレットは、イギリスのイングランドに本社があるウェポン・プライバシー社という民間軍事企業のデスクへと訪れていた。
既に本社ビルは占拠を完了し、解析班と突入歩兵部隊が立ち代わりガントレットの隣で防衛と情報解析に関する報告を耳打ちし、逐次情報を共有している。
「暗号解読終了しました、やはりシューイチとの取引データです」
暗号通信で連絡を行っていた事が察せられる内容があって、二時間ほどの時間を要し、暗号を解析したのだ。
要約すると、ウェポン・プライバシー社の訓練グラウンドに、特殊な装備品を搭載した輸送機であるHG-8【プライマー】という長距離輸送機を用意する為、ウェポン・プライバシー社には拠点制圧用の装備と二十人の人材を用意してほしい、という内容のものだ。
「発信源はどこか分かるか?」
「送信ルートは諸外国のサーバーをいくつも経由しておりますが、場所は一点へ辿り着きます。これは、イタリアにあるティレニア海の、多分無人島ですね」
「衛星写真、出せるか」
表示される衛星写真には、何も映っていない。綺麗な青い海が広がるだけである。
「しかし、本来ここには小さな無人島がある筈です」
「ビンゴだな。衛星に映る光景をどのようにジャミングして書き換えているかはわからんが、ここにある島を拠点としている事は間違いない」
「罠、という事は」
「考えられるが、しかし今我々には情報が無い。罠でも、乗るしかない」
しかし、ただ突入するわけにもいかない。
城坂修一率いるレイスには、米軍や日本の技術よりも高精度なジャミング、ステルス等の技術を有している。ただ敵陣へ踏み込めば、孤立して潰されるのがオチだ。
だが時間をかければ、敵に逃亡を図られる可能性もある。
作戦立案を急がねば、と。
ガントレットは「五分で撤収しろ」と言葉をかけつつ、脳を回転させるのであった。




