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戦災の子-02

 現地時間、2089年7月31日、0610時。

AD総合学園地下、試作UIG・執務室。


オレ――城坂織姫は、対面のソファに腰かけ、重たい表情を変えずにいる男――遠藤義明二佐に、視線を寄越していた。


オレの隣には楠、島根、久世先輩、村上が座り、清水先輩は離れた場所に座って二佐の淹れたカモミールティを飲みながら、オレが頼んだ雷神のシステム変更を行うプログラムを作ってくれているし、更に車椅子に座る神崎もいて、彼女は専属記者である藤堂によって、ここまで身を運ぶ事が出来た。姉ちゃんも遠藤二佐の近くに立ち、彼の言葉を聞こうとする。


 皆の視線が集まる中、遠藤二佐は自分で淹れたカモミールティに口をつけ、喉を潤した後、ようやく口を開いた。



「霜山彰という人物を知っているかな?」


「確か、親父と一緒にAD兵器のシステムを生み出した功労者の一人って、教科書に載ってたと思う」


「その通り。十八歳の若さで高田重工に入社し、十九歳になる頃には、人類最初のADであるGIX-001【元祖】のシステムプログラムを一人で組み上げた男で、後に様々な操縦システムの基礎を構築した」



 霜山彰という人物は、親父に一番近しい男だったという。


親父が機体設計を担当したとするなら、霜山彰はシステムを担当した。


二人で一つの仕事をこなす相棒同士。


まるで、兄弟のように二人は、ADという子供に、人生を捧げたという。



「そんな彼は、一人の女性と子供を成した。それが霜山睦ちゃん、一佐殿だった。しかし彼は、風神のコックピットパーツに投与する薬物を、まだ一歳にも満たっていなかった睦ちゃんに、投与した」


「なんでそんな事を、その彰って奴はやったんだ? 風神プロジェクトってのは即時性のある計画として、ダディが提案したもんだろう? 一歳の子供に投与した所で、急に成長してコックピットに乗り込めるはずもない」


「分からない。私も当時はしがない自衛官だったから、計画自体に関与はしていないんだ。けれど、風神プロジェクトという計画を推し進める中で、既に九十八人の死者を出している状況だったからね。もしかしたら――焦っていたのかもしれない」


「成果を出せなかったことに? それとも、亡くなった人に対しての贖罪として?」


「どちらもじゃないかなぁ。まぁ、後は自分の娘がそう言った役目を果たすかもと、下手な希望を持ったからかもしれないな」



 結果、睦さんの身体は薬によって犯され、成長ホルモンの活動に支障をきたした。


成長ホルモン注射によって、生命活動を維持するレベルにまで成長こそできたものの、代謝の低下や体内の恒常性劣化にも繋がり、そう長生きできる体ではないという。


彼女が低身長で、子供っぽい理由はそこから来ているという。



「ガントレット殿も、城坂修一も、霜山彰へ怒りをぶつけた。何故そんな事を、と。自分の娘だろう、と。人道に外れた行為を――とね」


「全くその通りだ。人道からかけ離れてて、そんな犠牲を生んでまで、作りたかった平和って、なんだよ」



 平和という概念には、いくつか意味があると思う。


だがオレは平和という言葉の意味を、こう捉えている。


『平和とは、人々が争う事なく、互いに互いの事を思いやり、生を謳歌出来る世界の事』だと。


 けれど、争いの無い世界を生み出す事は不可能だ。


人間は、ADという兵器を無しにしたって、何時だって争い続けて来た。


それは戦争なんて言う大きな争いだけじゃない。


民族・宗教・教育といったシステムがあるだけで、人同士は争い続ける生物だ。


民族に隔たりがあれば、争いの火種となる。


宗教同士の考えに違いがあれば、争いの火種となる。


教育というそもそもの競争があれば、それが争いの火種となる。


だが、平和を作り上げる事は出来なくても、人々が互いを思いやり、生を謳歌出来る世界を作り上げる事は、不可能じゃない。


子供が生まれた事を祝福すればいい。成長を喜べばいい。目標の達成に歓喜すればいい。そして、何気ない日々の生活を慈愛すればいい。


それだけで、人生というものは、彩りを得られるものなのだから。



「霜山彰って奴は、これからそんな彩りを得られる子供の人生をぶっ壊した。仮に平和な世界を作ったとして、そんな犠牲を経てまで手に入れた平和に、どんな価値があるってんだよ」


「ここに霜山彰がいれば、恐らく血反吐を吐きながらも、その通りだと頭をこすりつけ、自らの罪を懺悔したのだろうな」



 けれどね、と。遠藤二佐の言葉は続いた。



「私は睦ちゃんの事を知ったから、霜山彰という人間を嫌っている。だが私は、彼に感謝せねばならぬ人間なんだ」


「なんでさ。睦ちゃんなんて呼ぶ程、アンタは睦さんの事を可愛がったんだろう? そんな彼女が受けた傷を、なぜアンタが感謝するんだ」


「簡単な話さ。――風神プロジェクトには、私の父である遠藤勉も関わっていてね。睦ちゃんがいなければ、百人目のテスターに選ばれていたのは、恐らく私だったろう。私がテスターとなっていれば、残る九十九人と同じく、死亡していただろうな」



 霜山彰は、自分の娘をテスターにする事で、遠藤義明という男を救った。


だからこそ、遠藤義明という男は、霜山睦という一人の少女に、贖罪しなければならないと、そう言った。

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