戦災の子-01
私は、遠藤義明。
防衛省情報局第四班六課、通称【四六】の課長を務める一佐、霜山睦殿の腹心として仕えている、老いた男だ。
年齢は六十三歳。退役は七十に行う予定だが、正直それまで生きていられるかどうかもわからない仕事に就いている。
何せ私は、雷神プロジェクトという計画を推し進め、子供たちを戦場へ導く事を生業としてしまった道化だからだ。
恐らく、碌な死に方をしないだろう。仮にまともな死に方をしても、恐らく地獄か煉獄にブチ込まれる事は間違いない。この二つに明確な違いがあるかはわからんが、それだけの悪行を続けていると言っても構わない。
しかし私は、父よりまともな人間性を有していただろうとも考えている。
まぁ、五十歩百歩かもしれないが……。
私の父について語ろう。
父は、元々防衛装備庁の長官を務めていた。
名は遠藤勉。享年は六十三歳だったので、私は父の歳に辿り着くことが出来たという事になる。それだけでも強運かもしれない。
遠藤勉は、城坂修一と霜山彰の二人と共に、今やADと呼ばれる人型機動兵器の開発を推し進めた男だ。
当時私は十五歳、父は四十三歳の頃。城坂修一と霜山彰は十九歳という若さで、ADの基礎となる機体、GIX-001【元祖】を作り上げた。
父は若い二人の才能によって作り上げられた、ADという兵器に感銘を受けたそうだ。
元祖という機体は、操縦桿が九つとフットペダルが七つと言う、おおよそ人間では扱えない欠陥品だった。
おまけに処理能力も現行のADとは違い、一つの処理を終了させるのに五分と時間を有しなければいけないという、使い物にならない機体だったのに、だ。
自分の立場を利用し、高田重工に圧力をかけ、クビを切られかかっていた両名を繋ぎ止め、ADの発展を願い出た。
そうしてADという兵器は、現在に至っては各国の軍事レベルを示す指標にまでのし上がったのだ。
しかし――父と、城坂修一と、霜山彰は、とんでもない兵器を開発してしまったと、今の私は知っている。
ADは、それまで人類が積み重ねて来た兵器システムの歴史を、何故か塗り替える事が出来てしまった。
兵器など、別に戦略ミサイルで良いだろう。別に戦車で良いだろう。別に戦闘機でもいいだろう。何であればただの銃でもいいだろう。
だがなぜか――人類はADという兵器に執着し、ADの開発を推し進める軍事国家が多く登場した。
だからこそ、城坂修一はAD宣言を行った。
「AD兵器は、各国の軍事バランスを崩壊させる程のものである」――と。
だからこそ、城坂修一は国家間AD機密協定というものを作り上げた。
だが、何もかもが、遅すぎたのだ。
ADの開発情報を他国から奪おうと、国がテロ組織を牽引して、罪のない人々が多く命を落とした。
大地を荒らし、UIGという地底産業都市を破壊する事をいとわない無法者までいた。
その時には既に、米軍も自衛隊もGIX-026【クライシス】を実戦配備していたし、後にGIX-P1、FH-26【グレムリン】の開発が終了し、実戦配備と共に、米軍は多くのテロ組織を壊滅させる為に動いていた。
それでも――否、だからこそ。各国はADの新技術を欲しがった。
『もっと多くのADを開発せねば』と。
『強力なADが必要だ』と。
『敵国よりも、優れたADが必要だ』――と。
米軍に身を置くガントレット (当時)少佐殿が、同じ部隊に属されていた奥様を亡くしたのも、そう言ったテロ組織の存在によって堕とされたからに他ならない。
奥様は当時、まだ配備の多かった戦闘機パイロットで、ADの腕に殴られ、コックピットを拉げられたのだ。
亡骸は、何とも惨い事になっていたのだろう。
だからこそガントレット少佐殿は、城坂修一に『風神プロジェクト』という計画を願い出た。
「雷神プロジェクトでは即時性が無いんだ。すぐに現場へ提供できる、新たなプロジェクトが欲しい」
この願いを聞き届けた城坂修一も、霜山彰も、そして――父である遠藤勉も、風神プロジェクトを進めてしまった。
パイロットとしての適性が高い者や、そうでない者にも、風神プロジェクトに必要なパイロットへ生まれ変わらせる薬物投与を行い、多くの命を、死に至らしめてしまった。
自責の念を抱いた父は、首を吊って死んだ。
霜山彰は心労で床に伏せ、城坂修一と最後のタバコを味わい、死んでいった。
だが私は――この二人は死んでも尚、許される事の無い罪を背負っていると考えてすらいる。
城坂修一とて同じだ。
罪を背負わなければならないのだ。
なぜなら、風神プロジェクトのコックピットパーツとなり得る薬物投与のテスター、その百人目に選ばれたのは。
――まだ一歳にも満たっていなかった、霜山彰の娘・霜山睦ちゃんだったのだから。




