かつての出来事-01
2040年4月1日。
「何とも辺鄙な場所に回されたものだ」
男は、埃に塗れた一つの部屋の中、小さなパイプ椅子に腰かけながら、小さくそう呟いた。
整った顔立ち、少しだけ細い目つき、スッと伸びた鼻、そしてその若々しい雰囲気から、まだ十代後半の青年であると思える。彼はキッチリ着込まれたスーツを整えつつ、溜息をつきながら一つの書類を取り出した。
今時文書データでは無く紙として印刷されたそれを、苦笑しながら読み漁っていく青年。
内容は【パワードスーツ流用案 (仮称)】と小さく書かれた表紙と、数ページ程度の概要だった。発行者は高田重工会長・高田義輝。書類には『一年前に開発がとん挫となったパワードスーツ案を、軍用兵器として売り込む為の開発部署設立』という大義名分が、やる気無さそうに綴られているだけだ。
今彼が居る部屋も、その『開発部署』として割り振られた小さな部屋である。八畳間程度の狭い空間と、そこに置かれた長机とパイプ椅子が数個。そして今まで倉庫として使われていたのか、大きな段ボールが狭い部屋の面積を更に狭めている様子が酷く不快であった。
「……まさか就業早々、窓際族になるとは思わなかったな」
青年の名は、城坂修一。齢十八歳の男性であり、本日付で高田重工に就業する事となった新入社員である。
MITにおいて機械工学の勉学に励み、卒業前に日本で就職活動を行って、この高田重工に就職したのだ。
高田重工は、元々工業用機材の開発及び製造を行う企業である。その金属加工技術やシステム開発は世界中でも注目を集めている優良企業であり、ジェット機や戦闘機の開発にも一枚噛んでいる。
彼も元々は戦闘機開発部門への配属を希望していた。幼い頃から飛行機が好きで、その夢を追いかけてこの企業へ入る事を望んでいたのだ。
だが近年、高田重工は低迷期と呼ばれている。名声を受け続けて来た企業によくある技術開発力の低下と後継者問題のゴタゴタが合わさった事も原因の一つであるが、最大の原因は――会社の技術を結集し、開発を行っていた『JPES用パワードスーツ開発』が、クライアントの都合によって頓挫となってしまった事が一番の問題であった。
高田重工が初めて、一から開発を進めた『業務用パワードスーツ開発』は、その技術力こそ高く評価されたものの、実際に配備される事がなかった。
開発に多くの予算を裂いていた高田重工だったが、すぐに方向転換。つまり今まで行っていた下請け業務やシステム開発及び金属加工と言った『通常業務』にほぼ全ての社員を割り振ったのだ。
パワードスーツ案開発部署は解体され、『税金対策』として『パワードスーツ流用案』を企画、そこに新入社員である城坂修一を割り振った、と言う事だ。
「しかし、今や発展期に入った軍用パワードスーツを造った所で、テロリスト以外の買い手もつくまいに」
パワードスーツ流用案は、軍用パワードスーツ案へと流された。元々戦闘機開発を行っている四谷重工業の下請け業務を行っており、そちらでも名が通っている事も理由の一つだが、新規クライアントを開拓すると言う適当な理由付けが主だったものである。
しかし2040年現在、軍用パワードスーツは多くの企業が名乗りを上げ開発されており、今や米陸軍では「本来あるべき補助システム」として確立されてしまっている。そこに新規参入した所で、税金対策以外の何物になる事もない。
そう小さく溜息をつきながら、まず彼は部屋の掃除を行う事にした。自宅以外に自分の時間を過ごす場所を、埃に塗れる部屋にしておくのは気持ちが悪い。
部屋のロッカーから掃除道具を取り出す。自動清掃装置一つない事に苛立ちを覚えながら、箒と塵取りを用いて埃を取り除きつつ段ボール箱を移動させる。部屋が整ってきた所で埃を全てゴミ箱に放り込むと、そのゴミ袋満杯に埃が溜まっている事に驚きを隠せなかった。
溜息を共に、一度換気を行おうとしたが窓が無い。換気扇だけを付けて一旦退室した所で、幾人の社員に笑われた。
「あ、アイツだぜ新任窓際族」
「頑張れよ、新人君っ」
そんな嘲笑を軽いお辞儀で返しながら自動販売機で缶コーヒーを買って戻ると、幾分か空気がマシになった感覚がして、掃除を再開した。
「……しかし」
掃除をしつつ、言葉を紡ぐ。
「さすがに窓際部署と言えど、僕一人では無いだろうな」
そう、設立されたばかりの部署と言えど、それを新人一人だけに任せる事は無いだろうと思っていたのだが、現に今この部屋に居るのは自分一人である。おかしいと感じながらも問い合わせ先も分からず、そこで掃除を終わらせた所で。
「あー、遅れてすんません」
扉が開かれると同時に、男の声が聞こえた。
そちらに視線を向けると、そこには眠たそうな表情を浮かべながら頭をかき、部屋に入ってくる男が居る事に気が付いた。
肩まで伸びた不衛生と言うべきボサボサの髪の毛、剃られていない無精ひげ、さらには着込まれているスーツまでくたびれているという格好。その顔立ちこそ整っているから醜くは見えないが、みっともなく見える事は確かだった。
「えー、道に迷ったおばあちゃんがいたので、道案内してたら遅くなりました」
「今時そんな言い訳、中学生でも言いませんよ」
思わずツッコミを入れてしまう。男は「ああやっぱか」と小さく呟いた後に悪びれも無く吐いた嘘を訂正した。
「まぁ実際は昨日飲み過ぎて二日酔いが酷いだけなんすけどね」
「……あの、失礼ですが、貴方は」
「あー、本日からこちらでお世話になります、霜山彰っていいますわ」
欠伸を一つ漏らしながら、パイプ椅子に腰かけた霜山彰と名乗った男は、頭を抑えながら胸ポケットからタバコを取り出した。




