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過去の遺産-09

 海へと歩んでいく久世先輩の背中を眺めつつ体を起こすと、そんなオレへ一本のジュースを差し入れてくれる男。


「誰も彼も、難しい事を考えるな。オレのように単純明快スマートに考える事が出来ないんだろうか」


 量子PCのキィを軽やかに叩きつつ、ストローからイチゴ牛乳を呑む清水先輩。


「まだ止めてなかったんだ」


「もう少しで村上に適したOMSが完成する。これだけでも仕上げてやらないと、奴の死ぬ確率が下がらない」


「で? 単純明快スマートな清水先輩は、一体どんな想いで雷神プロジェクトに参加してるのさ」


「好きな事を仕事にする。これは立派な理由だろう」


「先輩って、OMSを作ったり弄ったり、好きだよな」


 そうだな、とイチゴ牛乳を口から離して、煌めく青色の海を見渡した先輩。


「この空気なら言えるか。――オレは元々引きこもりでね、あまり外に出る事なく、フリーのシステムエンジニアとして活動していたんだ。それが十歳から十五歳まで」


 思いの外驚く経歴だった。


「そんな時、城坂聖奈理事長から割りの良い仕事を貰った。学園内のセキュリティシステムを改造する為の企画会議に出てほしいっていうもので、上手くすれば数百万から数千万レベルの技術料と、今後の利用料が定期的に入ってくる、本当に美味しい仕事だった。


 けれど、そうする為にはAD学園まで出張らなきゃならず、引きこもりだったオレは『ネットビデオ参加ではダメか』と交渉したが、NGを食らった。


 今時の会社じゃないとその時は憤慨しつつ、金の為と久しぶりに外へ出て、電車に乗って、空港で飛行機に乗り込み、AD学園へと降り立ち、理事長と出会った。


理事長は、引きこもりだというオレの事を全て知っていた。そしてその上でセキュリティシステムの開発と――AD学園のOMS科へ入学するように、便宜を図ってくれた」


 姉ちゃんはその時、清水先輩へこう言ったという。



『詳しくはまだ言えないけれど、貴方にいつかお願いしたい大仕事があるの。それは、AD兵器のOMS……システムを作り上げる仕事よ』


『オレはOMSを専門としていない』


『知っている。だからこそ学んで欲しいの。


 あなたは、その技術を以て、何かに役立てる事が出来る子供。けれどその為には、基本的教養が足りなすぎる』


『基本的教養? 一応通信教育で高等学校卒業資格を得ているが』


『人と話す事。こうして直に会って、直に話し、直に手を取り合える関係を築く事。


 勉強なんかできなくったっていい。誰かと話す事で、ようやく分かり合えることが出来るんだから』


『アンタたちは、ADという兵器を用いて人を殺す人材を作り上げている。話す事で分かり合えるなら、そんな兵器いらないじゃないか』


『耳が痛いわ。でもその通り。話して分かり合える事が理想だけれど、現実はそうじゃない。


 ……だからこそ、話し合おうという心だけは、忘れちゃいけないの。その思考を止めちゃいけないの。


 あなたには、そんな大人になって欲しくない。


人と沢山話して、興味のある事を見つけて、そうして心を動かせる仕事を見つけて、それを成す。そんな大人になって欲しい』



 姉ちゃんはそういって清水先輩へ手を伸ばして、手を繋いで――彼をAD学園のOMS科へと、招き入れた。


それは決して、雷神のOMSを設計してほしいという思惑だけでは無かっただろう。


本当に清水先輩という、当時の子供を知ってしまったからこそ――大人の一人として、この人に与えるべき教育を、与えたかったのだろう。



「そうしてオレはOMSの楽しさを知った。


 面と向かって言ってはやらないが、理事長には感謝している。


 こんなオレを外へ出して、誰かとこうして話す事の楽しさへ至る為の手伝いをしてくれた。


 最終的にその決断を下したのがオレ自身だとしても、そうして感謝する事を、忘れてはならないと、教えてくれたあの人を、助けたい。


だから、オレは雷神プロジェクトという夢物語を助けたい。


それが、オレの好きな事だから」



指を止めた清水先輩。彼は量子PCを閉じ、そこで初めてオレへ視線を送る。



「お前は、本当に自分がしたい事を……好きな事をしているか?」


「え」


「あのガントレット大佐や理事長、霜山さんの言葉で『お前に出来る事はこれだけだ』と、ADに乗る事を、雷神プロジェクトを押し付けられていたりはしないか、という事だ」


「それは――」



 したい事をしてると、言えなかった。


それがオレの使命だと、親父の願った夢だと、答える事は出来るけれど、それがオレの好きな事と、いう事が出来ない。



「あれ……?」



 清水先輩は息を吐きながら、荷物をまとめて海から去る為の準備を始める。



「潮風自体は気持ちいいが、陰キャのオレにウェイ系の集まる海はレベルが高いな」


「ここに居たいと、思えない?」


「何時か楽しめる時が来れば良いとは思う。けれど、それは今じゃない」



 そう言って去っていく清水先輩の背中を、ただ見ている事しか出来ない。


オレはまだ――清水先輩の事を、知らなすぎるから。

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