卒業
もうすぐ春がやってくる。
春は卒業の季節。出会いと別れを繰り返して、人は明日を生きていく。
全ての学生さんに、幸あれ
延々と何も無い、真っ白な虚無の空間で彼女は言う。
「私は好きだったよ。凪くんは嫌いだった?楽しくなかった?」
その虚無の空間は、この世とは思えないほどに真っ白で、どんなに先を見通しても何も見えない。
宇宙にしては明るくて、だが、息はできるし言葉はしっかりと届いている。
もしも天国がこんな場所なら、余りおすすめは出来ない。
居心地は何故か良く、だけども、長いはしたくない。
彼女は優しく微笑みながら、俺に同意を求めてくる。
俺をどうにか説得し、上手く丸め込みたいのだろう。
なんで俺を選んだんだか、よく分からないのだが。
「決まってんだろ、楽しかった。大好きだよ。一生終わらないで欲しいさ」
「じゃあ、一生終わらなくていいじゃん」
彼女の気持ちもわからんではない、というか、さっきも同意はしているのだ。
でもね、やっぱりそれは違うんだ。
「でもダメだよ。それに必要ない。」
「なんで」
「何でも終わりは来るもんだろ、終わりがあるから意味があるんだ」
「そんなの、終わるための言い訳じゃない」
言い訳。そうかもしれない、人は時に仕方がないと言い訳して自分を諦めさせる。もしかしたら俺もそうなのかもしれない。
「でも、元々3年しかないのは事実だ。逆にそれを伸ばしたら、全力で走り抜いた3年間を否定することにならないか?」
「ならないよ、すっごいく素敵だった3年間が、またこれからも続くだけだよ」
むしろ、諦めない彼女の方が、一生懸命に生きているのかもしれない。
「考えてみてよ、卒業してからも楽しい人生とは限らないよ。何が起きるかわからないでしょ、そんな先の見えない未来より、今の方がいいに決まってるじゃん」
「でも、それでもさ、俺らは卒業するんだよ」
「だから、私と一緒に残ろうよ。うんうん、私だけじゃないよ、皆ともっと、思い出作ろうよ」
「ごめん、俺にはできない」
俺がそういうと、途端に彼女はとても悲しそうな表情をする。
「なんでそうなるの?なんで!おかしいじゃん、私普通の事言ってるよね、もっと一緒にいたいじゃん、皆と一緒にいたいじゃん」
「それでも、俺らは卒業するんだ。卒業したいんだ」
「俺だって楽しかったよ、一生続けたいほどに、一生忘れないほどに。この学校で、同じ教室で過ごした3年は、お金じゃ買えない大切な思い出だ」
「だったらさ」
「でも、卒業するんだ。思い出はもう作れない、代わりにここにある。過去は変えれないし増やせない。思い出は思い出だ、だから、あとは全部未来なんだよ」
彼女は泣きそうになりながら、俺の方を黙って見つめている。
「確かに、未来なんてどうなるか分からない。卒業証書に保証書はついてこない」
「それでも、それでも俺は、この3年を一生懸命生きて、楽しくできたから、未来にも希望を持ってる。俺らまだ10代だろ、まだまだ老いるだけって訳じゃない」
「でも、あっという間だったじゃん、これからもあっという間だよ、ずっと若いわけじゃないよ。いつか、戻りたくなるよ」
彼女は既に、涙をぼろぼろと零しながら
「当たり前だよ、今でも、明日でも明後日でも、ずっと戻りたいと思うよ。楽しかったから」
「小学校の時さ、ずっと子供で、世界はずっとこのままだと思ってた。ていうか、大人になるなんて実感なかった」
「でも、今になって見りゃあ、そんなこと無かったな。延々なんてない、すぐ終わりが来る、人生なんてあっという間だ、ほんの一瞬だよ。そんなことくらい分かってる」
そして俺も、とうとう我慢できずに泣いてしまった。泣きながら、次の言葉を紡いでいく。
「分かってるから、必死に生きてる。だからさ、きっと、きっと未来は輝いてる」
「俺も君も、必死になって掴み取る未来は、絶対希望に満ち溢れてる」
「いつか語り合おう、今この瞬間を、思い出として」
そういって、俺は右手かざしながら
『バニッシュアウト』
精一杯の魔力を込めて、3年間の思い出を込めて、彼女が作り上げた無の空間を、再想像出来るたった一度のチャンスを、
破壊した。
「卒業証書を受けるもの…」
先程までの世界は壊れ、次の瞬間には何事もないように卒業式に参加していた。
俺は既に登壇し、今、証書を受け取るために、卒業するために、校長の前へと歩んでいる。
長く短い卒業式の中で、本当に卒業する瞬間はいつだろうか。
多分、卒業証書を受け取る瞬間だろう。
たがら、これを貰えば、俺は、卒業。
もう、終わり。
もう、全部は過去で、戻れない。
あの教室で、あの机と椅子に座ってから、みんなと一緒に、授業を受けることも、ふざけることも話すことも行事の準備をすることも
一生出来なくなってしまう。
なんで断ったかなぁ。
でも、それでも俺は、未来へ進むと決めたから。
「凛としていい顔だ。卒業しても、この学校で学んだことを忘れず、一生懸命生きなさい」
きっと後悔するはずだ、いつか戻りたくなるはずだ。なくなってからしか気づけない、馬鹿な俺なのだから。
どんなに綺麗事を言ったって、社会は厳しい、思い通りにいかないことも、生きるのが辛くなることだってあるだろう。
それでも、それでも俺が選ぶのは、今するべき返事は、
「はい」
校長から手渡しで、卒業証書を受け取ると、えらくゆっくりと見える自らの足取りで、自分の席へと戻るのだった。
教室に戻ってからの最後のホームルーム、俺はずっと泣いていた。
男の中で唯一、メソメソと涙を流していた。
「凪、一緒に写真撮ろうぜ」
「あぁ、撮ろうか」
校門の前でみんな写真を撮っている。
本当に最後の、みんなで居る時間、制服を着て、この校舎にいる、最後。
だから、誰も帰ろうとせず、みんなずっと写真を撮っていた。
少し向こうに彼女を見つけた。
安心した、いい笑顔をしている。
向こうも俺を見つけたようで、こっちの方に駆け寄ってくる。
「凪くん、一緒に写真撮ろう」
「あいよ」
絶対後悔するだろう、懐かしむ時が来る。
でも、俺だけじゃない。皆そうなんだ、だから、いつかまた、今みたいに、皆で楽しく懐かしむんだ。
だから、また、いつかの会うその時まで、さようなら。
「やっぱり明日からが楽しみだよ、不安も希望も入り交じって、素敵な魔法を見せてくれる」
最後に立ち去る彼女に、俺は一言だけ送った。
「幸あれ」