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三つのダイヤは絆を知りたい

「リラ。待ってよ。なんでそんなに怒ってるわけ?」

リラは早足で黙々と歩き続ける。置いて言ってやろうと思った。でもガルディはその長くなった足でリラに楽々と追いついてくる。そして怒りが増し、無言をつらぬきとエンドレスだ。


 そもそもの発端は、弟のようだったガルディがいきなり大人になってしまったことだった。“大人になる方法を探していた”という理由自体、リラはその時初めて聞いたし、私たちの間ってそんなものだったの? と悲しくなってしまったのだ。そして、リラには、大きくなったガルディが知らない人のように思えて、距離感の取り方がわからなくなってしまった。どう接していいのかわからないのだ。


「リラ。リラってば! 図書館ここだよ。通り過ぎるつもり?」

ガルディが、大きな手でリラの腕を掴む。

リラは心臓がドキドキしてしまった。変わってしまった目線が、しかし、変わらない呆れたような色を含ませて注がれる。


 二人は大きな街に来ていた。

 この街に来たのは、召喚士の登録のためだ。一人前と呼ばれる、3つのダイヤを取得した二人は、もう召喚士協会に登録し、働くことができる。しかし、協会に顔を出したところ、新米は、まず図書館で心得を学んで来てくださいと言われたのだ。


「えーと?どこだろ」

潜めた声でリラが話しかけると、ガルディは壁に貼り出してある地図を指差し、眺め始めた。

魔術師のすゝめ

剣術士のすゝめ

商売人のすゝめ


いろいろな項目があった。地図の大半を占めるのは魔術師みたいだ。けれど片隅に

「あった」

ガルディの指差した先に、確かに召喚士のすゝめと書かれている。


 そのコーナーに向かうと、そんなに広くなかった。そこには、歴代の協会長を務めたような、有名な人物の紹介や、困った時の手引書が置いてある。

 リラはそのうちの一冊『新米召喚士に送る言葉』という本を手に取った。

これが、読んで来てほしいと指定されたものだ。


ペラリとページをめくった。

“まずは、3つのダイヤを取得した諸君に喜びの言葉を送る。おめでとう。我らが同胞よ、君たちのダイヤは召喚獣と召喚士の絆の証だ。互いを大事にしなさい。時に尊重し、時に助け合い、どこまでも共に歩みなさい。すれば、どんな困難があろうとも道は開かれん”


そのように書かれていた。

リラは何度もその言葉を反芻した。

“どんな困難があろうとも”

その一文が引っかかっていた。今の自分たちは、お互いを信じられているのだろうか。ガルディはともかく、リラは? 自分は、今のガルディをきちんと信頼できている?


「リラ?」

物思いに沈んでしまったリラに、ガルディが声をかける。

「どうしたの?」

「なんでもない」

ない、こともないのだが、そんなこと言えるわけがない。


 とりあえず、禁書以外の入門書のようなものは、身分証を提示して、硬貨と引き換えに、あらかた借りて、図書館から出ることにした。懐が寂しくなるけれども、背に腹は変えられない。ガルディは本をまとめて持つと、宿に向かった。リラに動かないでね。と言い置いて。


 リラは、一人になりたかったのでほっとした。見慣れない街並みにみとれて少し歩いていると、なんだかよくわからない場所に出てしまった。建物と建物の間は入り組んでいて、そこから出ようとめちゃくちゃに歩いたら行き止まりだった。


 どうしよう。ガルディに怒られちゃう。いつも、こんな時、ガルディが探しに来てくれたなと思い出す。迷ったら、無闇に歩かないこと、と彼は言っていた。12歳の姿だった彼は、成長するリラのことをどんな風に思っていたんだろう。どんな思いで、大人になりたいと願ったんだろう。


 リラは、ここに来て、初めてガルディの気持ちを考えた。もし自分がガルディの立場だったら。彼の姿が変わっていく中で、自分の姿が止まったままだったら何を思うだろう。置いていかないで、とすがりついて泣いてしまいそうだ。


 大人になってしまったガルディは、いつまでも子供っぽい自分をどう思っているのだろう。今は、立場が逆転してしまった。いつか、愛想が尽きて置いていかれてしまうのではないか。とリラは心配になった。彼のあきれたような顔が無性に恋しかった。


「会いたいよ。ガルディ……」

リラが呟いた時だった。

「リラ」

影がうごめく。リラの背後の影が膨張し、そこからガルディが飛び出して来た。彼は背後からリラに腕を回して抱きしめた。

「もっと早く呼びなよね。動かないでって言ったのに。そこがリラなんだけど」


リラは胸の奥がキューっと絞られるように切なくなった。鼻の奥がツンとする。

「ガルディ。ごめんなさい」

素直に謝ると、彼はびっくりしたような顔をした。

「何? どうしたの? 何かあった?」


心配そうに聞いてくる彼に首を振る。

「勝手に動いて、迷子になってごめんなさい。それと、最近ずっと避けててごめんなさい」

リラが言うと、彼はため息をついた。


「リラ」

彼は、リラの正面にまわり、両手で頬をつつみこんだ。長身をかがめて、目線を合わせてくる。

「俺が怖い?」

リラは首をふる。


「違うの。違くて、私、ガルディが遠くに行っちゃったんだって、勝手に思ってた。私、ガルディを信頼できてないのかもってさっき思っちゃったんだ。でも、そんなことなかった。迷子になって、一番最初に浮かんだのはガルディだった。ガルディなら、絶対助けてくれるって思って。それって信頼しているって事でしょ?」


会いたかったの、とリラが続けると、ガルディはまた一つため息をついて、頭を抱えた。

「これって状況、良くなったのか? 悪くなったのか? どっちだ?」

ぶつぶつと呟いている。

「ねえ。ダメだった?」

リラが瞳をうるませて覗き返すと、ガルディはうっとつまったようだった。


あとね、とリラは続ける。

「ガルディが大人になりたかった理由を考えたの。私も、今は早く大人になりたいと思ってるよ。ガルディに置いていかれないように」

だから、見捨てないで?待っていて?とリラは続けた。


ガルディは言った。

「待つよ。待ってる。リラ、あせらなくていいから。俺が悪かった。早く大人になってほしいとは思ったけど、それは、まあ俺が頑張ればいいだけの話で。リラを見捨てないし、置いていくつもりもないから」

「私が大人になれないと、ガルディが頑張らないといけないの?」


いや、だから、そう言う意味じゃなくて、と彼は慌てたようだった。

「迷惑をかけちゃうの?」

リラが悲しくなって言うと、ガルディは、違うってば、とやけくそのように叫んだ。

「俺は、リラが好きなの! 子供の姿じゃ相手にしてもらえないと思って言わなかったの! せっかく口説こうと思ったのに、リラ避けるし。あーもう。こんな風に言うつもりじゃなかったのに」


リラはしばらくポカーンとしていたが、だんだん意味を理解して顔が一気に赤く染まる。

「ええー!」

「ほらね。だから言いたくなかったんだよ」

ガルディは同じく赤く染まった顔を手で覆っている。


だから、リラも勇気を出すことにした。

「ねえ、ガルディ、私、最近ドキドキするんだけど」

「え?」

「だから、その、ガルディを避けてたのってさ、ドキドキするからなんだけど!」


それだけ言って後ろを向いた。

「ほら、もう遅くなっちゃったから、他のこと明日にして宿まで帰ろう?」

「私、また迷子になっちゃうよ?」

そう言ってリラが右手を差し出すと、彼の大きな手がそれを包み込むように握った。それから、指を絡める。これって恋人つなぎってやつなんじゃない?


ガルディの顔は見れなかった。だけど、手は暖かくて何より言いたかったことを言えて心がスッキリしていた。


 リラはガルディに預けていない、左手の甲を見た。そこにはダイヤのあざが三つ並んでいる。これが、ガルディとの絆の証なのだ。


 リラは今までなんてことなしに見ていたダイヤが急に愛しくてたまらなくなった。リラは、じっとそのダイヤをみつめ、思い切ってそこにキスをしてみた。いつだったか、ガルディが同じことをしてくれたのを思い出したのだ。


願わくはこの絆がずっと続いていきますように。

リラは、ガルディとつないだ手にぎゅっと力を込めた。彼も同じように握り返してくれた。


「大丈夫。大丈夫だよ。リラ」

何かを察知した彼の言葉が暖かい。いつかは、大人になりたい。でも今はまだ、甘えていよう。彼の優しさは心地よかった。

「ガルディも、ね。大丈夫だよ」


__私もガルディがちゃんと好きだから大丈夫。

リラは、まだ言葉にできない思いを“大丈夫”という言葉にのせる。


ガルディは一言こう言った。

「大丈夫。伝わってるよ」


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