その校門を目指して
『健二~、沙紀ちゃんが迎えに来たわよ~』
そんな母親の声が聞こえたような気がする・・・
・・・時計の針は7時50分・・・きっと見間違いだ・・・まだ6時台に違いない・・・
そう判断した主人公・健二は惰眠を貪ることにした。
しばらくして、階段を駆け上る足音が聞こえてくる・・・誰かが健二の部屋に向かってきていた。
『先輩、もう朝ですよ、一緒に学校に行きましょう』
健二の部屋の戸を勢いよく開けて入ってきた小柄な少女・・・中山沙紀が、まだ眠っている健二を起こしにかかる。
『うーん、あと5時間だけ・・・』
『先輩・・・時間の単位がおかしいです・・・』
『・・・バレタカ』
健二の抵抗にため息をつく沙紀・・・これが健二の家で毎朝繰り返されている光景だった。
『このままだと遅刻しますよ! 起きてくださ・・・きゃっ!』
いつものように布団を無理やりひっぺがす沙紀・・・だがその途中で動きが固まる・・・顔が赤く染まった。
『ななな、なんで何も着てないんですか?!』
『え・・・ああ、昨日は疲れてたから・・・風呂出た後に、そのまま寝ちまったのか・・・』
『いいからっ! は、はやく服を着てください!』
目を硬く閉じて、手をバタつかせながら、沙紀が必死に嘆願する・・・
「・・・ゲーム誌のキャラ紹介を見た時から当たりだと思ってたけど・・・」
薄暗い部屋の中・・・ヘッドホンを装着し、パソコン画面を見つめながら、健二はうっとりと呟いた。
「沙紀ちゃん可愛いなぁ・・・マジ天使だぜ」
・・・ゲーム上では、慌てて着替えようとして躓いた健二に沙紀が押し倒される、というアクシデントが発生していた・・・
顔をにやつかせる健二・・・所謂キモオタの姿がそこにあった。
「・・・俺にもこんな後輩がいたらなぁ・・・」
しみじみとつぶやく健二・・・ゲームとは違い、現実の健二は引き篭もり生活真っ只中なのだ。
『先輩、走りますよ』
『え・・・うわっ、ちょっと待・・・』
健二の手を取り走り出す沙紀・・・陸上部のエースは伊達じゃない。
なんとか間に合う事が出来たものの、健二の身体はすっかりボロボロになっていた。
「ボロボロになってもいいから、こんな娘と手を繋ぎたいぜ・・・」
「本当に?」
「え?」
健二の呟きに答える者が画面外にいた。
・・・慌ててヘッドホンを外し、健二は周囲を見回す。
いつからそこに居たのだろうか・・・明かりのついていない部屋の隅・・・その暗闇から生まれたかのように、その少女は姿を現した。
「人間の欲望を・・・魂を、糧に・・・大悪魔メフィストフェレス・・・今ここに顕現せり」
「なんなんだ、お前・・・」
メフィストフェレスと名乗った少女をじろじろと見つめる健二・・・
・・・その少女は黒を基調とした露出度の高い服を身に纏っていた・・・炎のように赤い髪の隙間から、角のようなものも見える。
(SM?・・・それとも何かのコスプレか?)
どっかにこんなキャラいたっけかな~、とオタク知識から探そうとする健二だが・・・
「ちょっとそこっ! コスプレ呼ばわりしないでもらえる? 私は本物の、オリジナルなのよ!」
「や、それはいいんだが・・・」
コスプレ元のキャラを探すのを諦めた健二が、いぶかしげな視線を向ける。
そして・・・当然の質問を口にした。
「えっと・・・どちらさまで?」
「は? 今名乗ったでしょ、大悪魔メフィストフェレス! 特別にメフィちゃん、って呼んでも良いわよ・・・って、なんで金属バットなんて取り出すのよ!」
「や、ついに俺にも自宅警備員としての職務を果たす時がきたのかと・・・」
不法侵入者は実力で排除する・・・暗にそう言っている健二だった。
「ま、待ちなさい、大悪魔の私にそんな物が通用するとでも・・・」
「やってみなきゃわからないだろ・・・ってか、本物の悪魔なわけないだろ、変態が!」
「あ、アンタにだけは言われたくないわよ!」
・・・その言葉と共に、メフィの頭・・・角から稲妻が迸った。
「うわっ! あちち・・・」
慌ててバットを手放す健二・・・軽く火傷をしてしまったようだ。
「ふふん、どうよ? さすがにこれでわかったかしら?ん?」
すっかり形勢は逆転した、勝ち誇ったメフィは得意げに胸を張る・・・だが張る胸が足りなかった。
「くそ・・・ひんぬーのくせに無理しやがって・・・」
「な ん で す っ て ? メフィちゃん聞こえなかったな~」
「・・・いいえなんでもないです」
どう見ても聞こえている。
その表情はとてもいい笑顔だったが、凄まじい殺気を感じられた。
・・・ここは逆らわない方が良さそうだ。
「わかればよろしい・・・そもそも、私はアンタを救いに来てあげたのよ?ホント失礼しちゃうわ」
「この俺を、救いに?」
「そうそう」
「悪魔が?」
「大が足りない!」
「・・・大悪魔様が?」
「うん」
「どうやって?」
「ふふん・・・よく聞きなさい」
ようやく本題に入れる・・・メフィは姿勢を正すと、重々しく口を開いた。
「さぁ人間よ、願いを言え・・・どんな願いでも一つだけ叶え・・・」
「・・・100に増やせ」
「へ?」
「叶えてくれる願いの数を100に増やせ・・・で、次の願いは・・・」
「え・・・無理無理、そんなの出来るわけないじゃない、アンタ常識ないの?」
明らかに非常識な存在に常識を疑われた・・・とても心外だった。
「・・・どんな願いでも叶えるって言ったじゃねーか、嘘つき」
「ど、どんな願いでも一つだけ叶え・・・られるかも知れないぃ・・・」
「セコいな、お前・・・」
「・・・うっさいわね・・・こっちも不景気で大変なのよ」
軽く涙目になるメフィ・・・悪魔の世界も色々と大変なのだろうか。
「使えない奴・・・もういいや、帰れ」
「えぇええ! たとえ一つだって、願いが叶えられるかも知れないのよ! 試しに願うだけ願ってみても・・・」
「でも悪魔って対価に魂取るんだろ?」
「うん」
「帰れ」
スッと窓を開ける健二・・・ご丁寧に「こちらからどうぞ」という仕草付きだ。
「待ちなさいってば! ちゃんと願いに応じた料金プランってのが・・・もちろん分割金利手数料もこっちで負担」
「通販番組か!だいたい魂に分割もなにもないだろ」
「それがあるのよ・・・あくまでも私は良心的にやってるんだから、願い相応の分しか取らないわ」
「悪魔でも良心的、ねぇ・・・」
考え込む健二・・・叶えてもらいたい願いの一つもないわけではない。
だがそれは少々特殊な願いで・・・一応ダメ元で聞いてみるか・・・
「じゃあ、さ・・・ひとつ確認させてもらうが・・・」
「?なんでもどうぞ」
「例えば・・・この娘、沙紀ちゃんをゲーム画面から出して実体化させてくれ、って願いの場合・・・その対価は、どれくらいなんだ?」
「この子の等身大フィギュアが欲しいの?」
「や、そうじゃなく・・・実際に毎朝沙紀ちゃんと一緒に学校行ったりとか・・・そういう・・・」
「ああ・・・人間一人作れってことなら、やっぱり人間一人分の魂が必要になるわね・・・」
「そうか・・・ならいい、やっぱり帰れ」
「話は最後まで聞く! 一時的にって話なら…なんとかなるわよ」
「?」
「だから、そうね・・・例えば「一日だけ一緒に居られればいい」って話なら、対価も寿命一日分とリーズナブルに実現」
妙に食い下がるメフィ・・・悪魔の世界は相当景気が悪いのだろうか・・・なんか下っ端くさいし、やはりブラックな環境で働いているのだろうか・・・悪魔の少女に少し同情する健二だった。
「一日分、か・・・まぁ、それくらいなら・・・ありかも知れないな・・・」
「でしょ? クーリングオフは無いけど、延長するのは良いし・・・まずはお試しってことで・・・」
「そうだな・・・じゃ、一日分、頼むとするか・・・」
「はい、まいどあり~☆」
嬉しそうにはしゃぐメフィ・・・悪魔だということを忘れさせるような笑顔だった。
「じゃ、いくわよ・・・見てなさい」
「ちゃんと設定通りじゃなかったら、クレームつけるからな」
「はいはい・・・めんどくさいからこのゲームの設定丸写しにするわ・・・で、主人公をアンタに置き換える・・・矛盾点は適宜修正・・・それで良いわね?」
「当然だ」
「じゃ契約成立!」
健二の同意を得た所で、メフィはパソコンの画面に向かうと、怪しい呪文を唱え始める・・・
・・・パソコンと、健二の足元に、魔方陣が浮かび上がった・・・
「おお、それっぽい」
目の前に現れた非現実の光景・・・ちょっと感動した。
「あれ・・・意外と設定が多いわね・・・」
「しっかり作りこまれたキャラなんだろう・・・俺が惚れただけのことはあるな」
予想以上のデータ量にいぶかしげに首をかしげるメフィ。
健二はさすがは俺の嫁、と満足げに頷いていた。
「むー、ちょっと割に合わないけど、ここはサービスしとくわ、感謝なさい」
二つの魔方陣から伸びた光が一つに合わさり爆発する・・・
そして・・・閃光が収まった時・・・一人の少女が、そこにいた。
「先輩?・・・私、どうして先輩の部屋に・・・」
実体化させた結果、肌や髪の毛などの質感はリアルなものになっているとはいえ・・・再現度はすこぶる高い。
その声も、担当声優さんと同じだ・・・ゲームが実写化された場合の理想的な沙紀役、とでも言うべき存在がそこにいた。
「さ、沙紀だ・・・すごい・・・」
「先輩?」
感動のあまり立ち尽くす健二・・・その顔を実体化した沙紀が不思議そうに覗き込む。
・・・その隙にメフィはゲームを片付けていた・・・これが沙紀に見つかると色々まずいのだろう・・・
「ああ・・・そうだ」
何かを思い出したように沙紀が口を開く。
二人の距離が近い・・・生身の女性に免疫のない健二は嫌が応にも緊張してしまう。
「私の両親が海外に出張して、今は先輩のお家にお世話になっているんでした・・・もう、なんで忘れてたかな・・・」
てへっ、と可愛く微笑む沙紀・・・どうやら沙紀の家が無いという矛盾点の修正が入ったらしい。
(な、なんだって!)
実体化のみならず、沙紀と一つ屋根の下で同居・・・降って湧いたようなシチュエーションに健二の頭はオーバーヒート寸前だった。
(こんな感じで合ってる?)
そんな健二の頭の中にメフィの声が響く・・・悪魔にはこんなことも出来るようだ。
(ああ、バッチリだ・・・お前はこれからどうするんだ?)
健二が周囲を見回すと、メフィはいずこかへと消えていた。
(契約終了までどっかで暇つぶしでもしてるわ、その子に何か不具合があったら、いつでも呼びなさい)
悪魔がどんな暇つぶしをするつもりなのか・・・少し不安だった健二だが、今は沙紀だ。
「あ、もうこんな時間! 夕飯の仕度を手伝わなきゃ・・・」
「や、そんなに気をつかわなくても・・・」
沙紀の申し出に思わず恐縮してしまう健二だったが・・・元々沙紀はそういうキャラだったと、すぐに思い出す。
「ありがとな、沙紀ちゃん」
ゲームの主人公になったつもりで返答しなおす健二・・・いまいち様にはならないが・・・沙紀には通用したようだ。
「ふふっ、腕によりをかけちゃいます、楽しみにしててください」
腕まくりのジェスチャーをしながら台所へ向かう沙紀。
「・・・幸せすぎる・・・これがリア充というやつなのか・・・」
もう爆発してもいいかも知れない・・・部屋に残された健二は、今そこにある幸せを噛み締めていた。
契約時間 残り 23:00
夕食の時間・・・
普段は自室に引き篭りっきりの健二にとって、家族との食事などどれくらいぶりだろうか・・・
沙紀を迎えたことで、相田家の食卓は稀に見る一家団欒を生んだのだった。
「ホント、沙紀ちゃんが手伝ってくれて、すごく助かったわ」
「そんな・・・私なんて・・・」
「このまま沙紀ちゃんがうちにお嫁に来てくれないかしら」
「お、お嫁さん・・・」
能天気な母親の言葉に、真っ赤になってもじもじする沙紀。
それは健二も一緒だ。
待ち望んだリア充な食卓は、彼の予想以上に恥ずかしいものがあった。
「どうした健二、もう食べないのか?」
箸の進まない健二を心配した父親のその声に、沙紀が不安そうな顔になった。
「ひょっとして・・・先輩の嫌いなものが・・・ごめんなさい」
「そ、そんなことないさ、あまりにも豪華だったんで、どれから食べればいいか迷っちゃって・・・」
慌てて取り繕う健二、沙紀のそんな顔を見ると、恥ずかしがってた自分が馬鹿らしくなってくる。
「じゃあ、そのコロッケなんてどうかしら? 沙紀ちゃんが作ったのよ」
「そ、そうなんだ・・・じゃあそれを・・・」
と手を伸ばそうとする健二だが…母親はさりげなくコロッケの皿を遠ざけた。
「え?」
「あらー、健二からはちょっと届かないみたいねー、沙紀ちゃん、食べさせてあげて」
「えぇぇぇ!」
母親はとんでもないことを言ってきた・・・しかも沙紀は素直に母親の言う事を聞いている。
「ホラ沙紀ちゃん、あーん、よ、あーん」
「は、はい・・・あ、あーん」
沙紀は顔を真っ赤にしながらも、健気にコロッケを健二の口に運ぶ…健二は絶対絶命だ。
「ど、どうすれば・・・」
「健二、男ならガツンといけ、ガツンと!」
父親が無責任に声援を送る・・・母親同様、完全にこの状況を楽しんでいた。
(くそ・・・やるしかないのか・・・)
健二に逃げ場はなかった・・・覚悟を決めて、口を開く。
「あ、あーん・・・う!!」
「せ、先輩?」
沙紀によって無事口内に運ばれたのはアツアツのコロッケ・・・あまりの熱さに悶える健二。
しかし、そんな健二をよそに両親は拍手喝采だ。
「よくやった、これでお前も一人前の男だな」
「可愛い女の子に食べさせてもらうコロッケの味は格別でしょ?」
熱さに耐えながら頷く健二…もう味なんてわからなかった。
でも・・・
(メシって・・・こんなに楽しかったんだな・・・)
沙紀の方を見ながら、健二はそんな事を考えていた・・・
契約時間 残り 21:00
夕食を終えた健二は、一番風呂に浸かっていた。
片付けくらいは自分がやろうと思ったのだが、どうしても沙紀がやると言ってきかなかったのだ。
それにあの両親のことだ、モタモタしていたら、沙紀と一緒に入れ、とかいう事態になりかねない。
「母さんも親父も・・・あんな性格だったっけかなぁ・・・」
やはりこれも・・・矛盾点の修正なんだろうか?
(残念、それは違うわ)
「うわっ!」
突然頭の中に響く声・・・メフィだ。
(確かにあの子をこの家で受け入れる部分については、記憶を弄ってるけどね・・・)
この契約内容では、元来の性格を歪める程のことは出来ないらしい。
(でも俺、今まで・・・こんな風に話せたことなんて・・・)
だからこそ引き篭っていた健二としては、どうも腑に落ちない。
(これまでは会話のきっかけとかが足りなかったんでしょ、潤滑油だっけ? 今日はあの子がその役割を果たしたってわけ・・・人間も大変ね)
「・・・・・・」
・・・黙り込んでしまう健二・・・深々とため息をついた。
(ま、私にはどーでもいいけど…そろそろ、そこから出た方がいいわよ? あ、出ない方がいいのかな)
「?」
突然妙なことを言い出すメフィ・・・健二は首をかしげた。
すると・・・
―ガラガラ・・・
風呂場の戸が開き、誰かが入ってきた。
「へ?」
「え?」
何事かわからないまま、互いの目が合う・・・入ってきたのは沙紀だった。
そして・・・
―ピシャン!
・・・次の瞬間、物凄い勢いで戸が閉まった。
「!!」
「あら、おかしいわね、こわれちゃったのかしら」
戸の向こうから母親の声・・・ものすごく棒読みだった。
あまりのことに呆気に取られ、顔を見合わせる健二と沙紀・・・ここにきてようやく互いに裸だということに気が付いた。
「・・・・・・」
「ご、ごめんっ!」
沙紀が悲鳴をあげるより早く、慌てて後ろを向く健二・・・
「あ・・・わ、私こそ・・・先輩が入っているなんて知らなくて・・・」
「ゆ、油断した・・・」
頭を抱える健二・・・どう考えても母親の罠だ。
「ど、どうしよう・・・くしゅん」
くしゃみをする沙紀・・・裸なのだ、無理もない。
「は、入れよ・・・俺、後ろ向いてるからさ・・・」
沙紀に少しでも広いスペースを作ろうと湯船の隅で小さくなる健二・・・
「ふふっ、先輩…そんなにしなくても・・・」
健二の必死な姿が受けたらしい、沙紀に笑みがこぼれる。
このままでいるのも悪いと思ったのか、湯船に入る沙紀・・・その背中が健二に触れた。
「!!」
健二の心臓が跳ね上がった。
「……」
「……」
背中合わせのまま無言に包まれる二人・・・どちらも顔が真っ赤なのは、湯にのぼせたからというわけではなさそうだった。
契約時間 残り 19:00
深まる夜闇の中・・・その少女は屋根の上のちょこんと腰掛けた。
「・・・一度手に入れた幸せは、そう簡単に手放せない・・・か・・・」
夜風が少女の髪を撫でていく・・・血のように赤い髪が風に舞う・・・
「契約の延長なら何日でも承るわ・・・支払う対価が、ある限り・・・」
少女・・・悪魔メフィは、すっかり寝静まったその家を見つめていた・・・
翌朝
契約時間 残り 09:10
「健二~、沙紀ちゃんが迎えに行ったわよ~」
そんな母親の声が聞こえたような気がする・・・
・・・時計の針は7時50分・・・きっと見間違いだ、まだ6時台に違いない・・・
そう判断した健二は惰眠を貪ることにした。
その直後、階段を駆け上る足音が聞こえてくる・・・誰かが健二の部屋に向かってきていた。
「先輩、もう朝ですよ、一緒に学校に行きましょう」
健二の部屋の戸を勢いよく開けて入ってきた小柄な少女・・・中山沙紀が、まだ眠っている健二を起こしにかかる。
「うーん、あと5時間だけ・・・」
「先輩・・・時間の単位がおかしいです・・・」
「・・・バレタカ」
健二の抵抗にため息をつく沙紀・・・
「このままだと遅刻しますよ! 起きてくださ・・・きゃっ!」
布団を無理やりひっぺがす沙紀…だがその途中で動きが固まる・・・顔が赤く染まった。
「ななな、なんで何も着てないんですか?!」
「え・・・ああ、昨日は疲れてたから・・・風呂出た後に、そのまま寝ちまったのか・・・」
「いいからっ! は、はやく服を着てください!」
目を硬く閉じて、手をバタつかせながら、沙紀が必死に嘆願する・・・
(これだよ、これ・・・俺がずっと待ち望んでいたのは・・・)
念の為、自分の頬をつねる・・・痛い・・・これは夢じゃなかった。
幸せを噛み締めるのはこのくらいにして、着替えようと立ち上がる健二・・・その顔面にタイミングよく、沙紀の手がヒットした。
「ぬおっ! 目ぐぁ・・・」
予想外の一撃を食らい、目を押さえながらふらつく健二・・・その足が椅子に引っかかった。
「な、なんで椅子が・・・」
・・・大きく体勢を崩す健二。
とっさに伸ばしたその手が、何か・・・柔らかいものを掴んだ。
「先輩? きゃあっ!」
「うぅ・・・ひどい目に・・・あぁぁ!」
沙紀を巻き込んで倒れる健二…気が付くと・・・その態勢は・・・
「・・・先輩・・・」
目の前に沙紀の顔が見える・・・とても近い・・・
「さ、沙紀ちゃん・・・」
完全に健二が沙紀を押し倒した形になっていた・・・計らずともそれは、ゲームと同じ展開だった。
なんとかこの体勢から離れようと、健二はその手に力をこめる・・・
―むにゅ
・・・妙にやわらかい・・・
「?・・・ま・・・まさか・・・」
「せ、先輩・・・その・・・」
目の前では沙紀が顔を真っ赤にしていた。
「!!」
・・・その表情だけで全てを理解できた・・・
「ごっごごっごごめん!!」
慌てて飛び退くように沙紀から離れる健二。
(お、俺は今、触ったのか? 一生縁がないと思っていたアレに・・・)
呆然と自分の手を見つめている・・・
「先輩・・・ひどいよ・・・」
そんな健二の耳に聞こえてくる声・・・健二は一瞬で現実に戻った。
涙目になりながら、沙紀が立っている。
「ごめんなさい!」
床に深く頭を押し付け、全力で土下座する健二。
「謝って済む問題じゃないけどっ! どうか、なにとぞ、平に!平にご容赦を」
どこか時代劇風になっていく健二に・・・
「ぷっ・・・先輩・・・もうやめて・・・ふふっ」
お腹を抱えて笑いだす沙紀・・・ツボだったようだ。
「お許しくださいませ~」
「許すからっ! ソレ、もうやめて」
チャンスとばかりに畳み掛ける健二・・・その手段には問題があるものの、なんとか許してもらえたようだった。
「・・・よかったぁ・・・」
「もう、先輩ったら」
「うぅ・・・ホントごめん」
「いいです、もう許すって言っちゃいましたし・・・それより・・・」
「?」
沙紀の視線を追いかけると・・・そこには目覚まし時計が転がっていた。
時計の針は、もう8時30分・・・学校にはもう間に合いそうにない。
「ああ・・・そっか・・・」
引き篭っていた健二にとってそれはどうでもよかったのだが・・・たしか沙紀は優等生だったはず・・・
こんな状況はゲームにはないだろう・・・どうするべきか・・・と、考えていたその時・・・
「・・・サボっちゃいましょうか?」
「え? 沙紀ちゃん?!」
これは意外だった・・・沙紀というキャラにあるまじき行動ではないのか?
(おい、悪魔、これはどういうことだ?)
不具合があったら呼べと言っていたのを思い出し、心の中でメフィに語りかけた。
(? 特に矛盾点とかはないみたいよ、何かそういう行動に走らせるような設定でもあるんじゃない?)
メフィには何も問題を感じられないらしい。
ゲームをクリアしていない健二にはわからないような隠し設定が存在するのか・・・確かにその可能性は否定できない。
(まぁ現実はゲームじゃないか・・・特に問題がないならこのまま流れに任せよう)
それに、年中サボりの健二には、返って都合が良かった。
「沙紀ちゃん、どっか行きたい所ってあるかい?」
「どうしよう・・・いっぱいありすぎて・・・その・・・」
口ごもる沙紀・・・初めて見せる新鮮な表情に健二の胸が高鳴った。
「じゃ、じゃあさ、色々な所を廻ろう・・・時間はいっぱいあるんだ」
「え・・・」
健二のその提案に、なぜか沙紀は戸惑っていた。
「沙紀ちゃんは何も気にしなくていいって! 金なら親父に頼んでみるさ」
昨日の両親のあの様子だ、勝算は高い・・・
案の定、両親は多大な軍資金を提供してくれた・・・代わりに散々茶化されたのは言うまでもないが。
契約時間 残り 07:30
沙紀の行きたい所は本当にたくさんあった。
映画館、カラオケ、動物園、水族館、美術館・・・
食事の時間ももったいないとばかりに駆け回る二人。
おとなしそうな見た目に反して、こんなにもアクティブな面があったのかと驚く健二。
しかし・・・
「お、世界のパティシエ展なんてやってるのか・・・たしか沙紀ちゃんってそういうの好きだよな?」
「ごめんなさい・・・そこはまた今度でいいです・・・」
設定では、スイーツに目がない、はずの沙紀がこれをスルー・・・でもやはりメフィに異常は感じられないという・・・
(これはいったいどうなってるんだ・・・何かのフラグが立っている?)
・・・どんなに考えても、健二にはまったくわからなかった。
「先輩、最後に遊園地に行きたいです」
「遊園地?」
そういえば沙紀は観覧車が好き、という設定があったのを思い出した。
「よし、行こうぜ!」
「きゃっ、せ、先輩?」
今度は健二から沙紀の手を取り、駆け出す。
沙紀もどことなく嬉しそうに見えた・・・が・・・
・・・設定通りの沙紀の行動に安心した健二には気が付かなかった・・・
沙紀は確かにこう言っていたのだ 。
「先輩、"最後に"遊園地に行きたいです」と・・・
契約時間 残り 00:30
大観覧車から眺める夕陽はとても美しかった・・・
遊園地に着くなり、真っ先に観覧車に乗りたがった沙紀。
余程観覧車が好きなんだなと、苦笑を浮かべながらも健二は観覧車に乗ることにした。
「うーん・・・沙紀ちゃんが観覧車好きなのは知ってたけど・・・」
「・・・こんなの変ですよね・・・ごめんなさい」
「や、俺は沙紀ちゃんが喜んでくれるなら、それで良いんだ・・・でも、何もこんなに慌てなくても良かったんじゃないかな・・・」
健二は息も切れ切れになっていた・・・遊園地までの全力ダッシュは、そのまま観覧車まで続いたのだ。
平日のこの時間は特に並んでいるわけでもない・・・物凄い勢いで走ってきた二人に、遊園地のスタッフも驚いていた。
「あ・・・ごめんなさい、本当に・・・どうしても乗りたかったんです」
そう言いながら沙紀は、チラチラと時計を見ていた。
時刻は16:50
「?? 何か時間指定のイベントでもあったっけ?」
引き篭りの健二はイベント事には疎い。
もしも17:00から何かあるというのなら、沙紀のこの慌てぶりにも納得がいく。
「ええ、まぁ…」
どこかぎこちなく頷く沙紀。
「なんだ・・・そういうことなら、あらかじめ言っておいてくれよ・・・時間の調整とか出来るんだしさ・・・」
「ごめんなさい・・・」
「まぁいいさ、今日は沙紀ちゃんの意外な一面が見れて楽しかったし・・・」
「私も楽しかったです、動物園も・・・水族館も・・・先輩と行きたかった所は全部廻れました」
「ははっ、おけげで一年分は楽しめたかな?」
「・・・・・・分、楽しめました・・・」
「え? よく聞こえな・・・」
―その瞬間―
他に誰も乗っていない観覧車の中で・・・
二人の唇が、重なった。
「・・・沙紀ちゃん・・・」
「先輩、私・・・先輩の事が好きです・・・」
目に涙を浮かべながら・・・沙紀が告白する。
恥ずかしくなってつい顔を背けてしまう健二・・・その視線の先・・・水面に、今二人が乗っている観覧車が映っていた・・・
その中央にはデジタル式の時計の文字盤が点灯している・・・
時刻は 16:59:50
「お、もうすぐ5時だ、カウントダウンといこうぜ!」
恥ずかしさを紛らわすようにはしゃいでみせる健二。
その顔は未だそっぽを向いたままだ。
「5!」
GOの発音で叫ぶ健二。
「・・・4・・・」
震える声で沙紀が続けた。
「3!」
これから何が起きるのだろう・・・沙紀がこんなに必死に見せようとしているものだ・・・期待に胸を膨らませる健二。
止まってしまったかのような二人の時間・・・その中で、沙紀の次のカウントを待つ・・・
その時刻は 16:59:58
契約時間 残り 00:00:00
「あれ・・・沙紀?」
時刻は17:00:14…15…16…
時間は止まってなどいなかった。
もう17:00を過ぎたが、特に何も起こらない・・・
・・・言いようのない不安を胸に、健二は振り返った。
「沙・・・!!」
健二の反対側の席・・・そこに沙紀の姿は、なかった・・・
「・・・おい・・・悪魔・・・いるんだろ?」
嗚咽混じりの声で健二はメフィを呼ぶ。
「わかっていると思うけど・・・」
頭上からメフィの声が聞こえた・・・健二が窓を開けると、ゴンドラ上に腰掛けるメフィの姿が目に入った。
「・・・時間切れよ、一日分だけっていう契約だからね」
「契約延長だ! あと一日とか、そんなセコい事は言わない・・・俺の魂全部使ってくれていい、だからあいつを・・・」
対価として己の魂を捧げる覚悟で願う健二。
・・・だがそんな健二にメフィは冷たく言い放った。
「・・・却下」
「なんでだよ! 話が違うじゃないか!」
「うん、残念無念・・・」
わざとらしく残念そうな表情を浮かべ、そこから飛び降りるメフィ・・・
重力に逆らうようにふわりと宙に舞い・・・健二の乗るゴンドラの中に降り立った。
「な、なんでだよ・・・延長ありって、あの時確かに聞いたぞ」
そう言って抗議する健二につかつかと歩み寄り、メフィは大げさにため息をついてみせる。
「確かにそうなんだけどね・・・こっちもアンタ一人の願いにばかり関わってらんなくなったのよ、不景気だし・・・」
「そんな、無責任すぎる!」
「・・・アンタさ・・・私が何者か、忘れてない?」
「あ・・・」
メフィのその一言に、なおも文句を言いかけた健二の動きが固まる。
・・・そう、彼女は、悪魔だ・・・
「ふふっ、いい顔になったわね・・・」
絶望に歪む健二の顔を前にメフィが笑う・・・その笑顔はまさしく、悪魔だった。
「楽しんでやがったのか・・・ちくしょう!」
「そういうこと、なかなか楽しかったわ・・・じゃあね」
そう言い残し、メフィは健二に背を向ける・・・
「待てよ、おい、待ちやがれ!」
追いすがる健二、だが間に合わない。
ゴンドラの外に出たメフィは蝙蝠のような翼を広げ、いずこかへと飛び去ってしまった。
そして・・・
後に残された健二一人を乗せ、ゴンドラは静かに地上へ降りていった・・・
「ありがとうございました、お降りの際は、足元にお気をつけください」
ゴンドラ内の人数が減っているにも拘らず、ごく自然な対応をするスタッフ。
・・・沙紀など最初から居なかった事にされているようだった。
係員に促されるまま、健二が降りようとしたその時・・・
「?」
・・・ゴンドラの座席に、いつの間にか一通の手紙がある事に健二は気がついた。
「これは・・・ひょっとして沙紀の・・・」
手紙を手に取る健二・・・その宛て先は健二へとなっていた。
===============
健二先輩へ
先輩がこの手紙を読んでいる時、きっと私はもういないでしょう。
消えてしまう前にきちんと先輩にお別れを言えてるかな?
きっと私のことだから、最後まで先輩に何も言えてないかも、とちょっと心配です。
もし何も言わずに居なくなっていたら、ごめんなさい。
でも、消えてしまうその時まで、私は先輩の傍にいるつもりです。
先輩と一緒に観覧車とか乗れたらいいな。
私、観覧車好きなんですよ、動物園や水族館も好き あ、ゲームの攻略本に書いてあるかな。
メフィちゃんには、先輩の契約を延長させないようにと、私からお願いしました。
先輩のことだから、きっと寿命を全部差出しそうですが、そんなことは私がさせません。
メフィちゃんはすごく嫌がってたけど、私の願いを聞き届けてくれたみたいです
あの子を恨まないであげてくださいね。
先輩も、いつまでもゲームの登場人物になんか、うつつを抜かしてちゃダメですよ。
きっと私なんかよりもずっと先輩に相応しい素敵な人が、ちゃんと現実に、現れてくれますから。
大丈夫、もっと自信を持ってください 先輩の魅力は私が保障しますから きっとうまくいきますよ。
先輩、大好きです。
短い間だったけれど、先輩と同じ世界に生きられて、私はとても幸せでした。
中山沙紀
===============
「沙紀・・・全部・・・知ってたのか・・・それで・・・」
健二は手紙を握り締めた・・・
「結局、手に入った魂はたったの一日分か・・・」
・・・薄暗いその部屋は彼女の住処だろうか。
大悪魔メフィはその手の上で光輝く何か・・・健二の魂(一日分)を弄んでいた。
「昔の人間は皆もっと我欲に溢れてドロドロとしてたのに・・・ホント、今は不景気で困るわ・・・」
何かとんでもないことをぼやきながら、一人ため息をつくメフィ。
「後は・・・妙なゲームの攻略本が一冊・・・腹の足しにもなんないわよ」
その視線の先には攻略本が置いてあった・・・あの日、真実を知った沙紀から願いと共に手渡されたものだ。
「ま、せっかくの対価だし、読むだけ読みますか・・・」
・・・メフィは攻略本を手に取ると、パラパラとページをめくった。
・・・あれから、一年が経過した。
「健二~、学校に遅れるわよ~」
「わかってるって!」
そのままお説教を開始しようとする母親を振り切るように、家を飛び出す健二。
・・・健二は引き篭もりを卒業していた。
あれ以来、どのゲームも手につかないのだ、無理もない。
これまでのように部屋に篭っているのでさえ辛かった健二が逃げ場所に選んだのは、皮肉にも普通の学校生活だった。
リアルな学校生活は面白いことなんて何一つなかったが、毎日が慌しく流れるこの生活の中でだけ、健二は沙紀のことを忘れていられたのだ。
通学路を全力で駆け抜ける健二。
学校までの毎日のタイムアタックが、今の健二の密かな楽しみだった。
鞄の紐をわざと一瞬だけ電柱に引っ掛け、減速せずに角を曲がる。
一度赤になると5分は青にならない鬼の信号待ちポイントを華麗にスルー、迷わず歩道橋を駆け上る。
(よし、今日はベストタイムが出せそうだ・・・)
歩道橋の上を走りぬけると、下りの階段、その手すりに手をかける。
「いっけー!」
勢い良く手すりの上を滑り降りる健二・・・良い子はマネしないように・・・なぜなら・・・
「な・・・おい!」
手すりを滑りながら健二が叫ぶ・・・その進路上に一人の少女が通りかかったのだ。
「え?」
健二が黙っていれば、あるいは自然にその場から離れたのかも知れない・・・
だが健二の声に振り返った少女・・・直撃コース上で、その動きが完全に停止した。
「よ、避け・・・うおぁっ!」
「きゃあっ!」
二人は見事に衝突した。
「いててて・・・君、大丈・・・ぬぉぅ!」
健二の手が何か柔らかいものに触れた・・・やわらかい・・・どこか記憶にある手触りだった。
「きゃっ・・・あれ・・・」
「ごめんなさいごめんなさい!」
アスファルトに額をこすりつけながら土下座する健二を前に、その少女・・・はどこか懐かしいような・・・不思議な感覚に包まれていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「・・・もういいです、顔を上げてください」
「ゆ、許してくれるのか?!」
勢い良く顔を上げる健二・・・二人の目が合った。
その瞬間、ドクンと鼓動が高鳴ったのは、二人のうちいったいどちらか・・・
「そ、その制服・・・同じ学校ですね」
「あ、ああ・・・3年、相田健二・・・」
「河北 希、2年です・・・あ、おでこ、擦りむいてますよ」
「あぁ・・・そういえばチクチクと痛みが・・・」
「先輩、じっとしててください・・・」
先輩・・・懐かしいその響きに健二の胸が痛む・・・その声は沙紀にとてもよく似ていた・・・まるで同じ声優が声を担当しているかのように・・・
ぼうっとしている健二に、かいがいしく手当てをする希。
「これで大丈夫です、痛いのは我慢してください」
「・・・ホントにごめん、悪気はなかったんだ」
「わかってます・・・でも・・・」
謝る健二に希が微笑む・・・そこに沙紀の姿が重なって見えたのは・・・偶然ではなかった。
「でも・・・これで2回目ですね、先輩には責任を取ってほしいです」
「へ? 2回目?」
「わかりませんか? 私、河北 希と名乗ったんですけど・・・」
「・・・ごめん、なにがなにやら、さっぱり・・・」
目に?を浮かべる健二に、希は一冊の本を取り出してみせる。
それは1年前の、あのゲームの攻略本だった。
『私、生まれ変わったんです、もう一度先輩と出逢う為に・・・』
隠しキャラ◆河北 希
ルート概要:沙紀のいない世界で、沙紀の代わりに登場する後輩、希・・・それは・・・失われた世界が残した一つの奇跡なのか・・・
条件:1周目に中山沙紀ルートで沙紀消滅ENDを迎え、2周目に入ること。
攻略:基本的に沙紀に順ずる、出してしまえば攻略自体は容易。
1周目の行動内容によって若干の差異があるとの情報も。
現在ではこの希ルートのエンディングこそ沙紀のトゥルーエンドだとする説が最も有力。
「どうりでデータ量が多かったわけだわ・・・」
攻略本を読みながら、メフィが呟いた。
次のページをめくると、問題の沙紀消滅ENDが画像付きで紹介されていた。
「!!」
その内容にメフィの目が見開かれる。
『沙紀消滅END』
他に誰も乗っていない観覧車の中で・・・
二人の唇が、重なった。
『・・・沙紀ちゃん・・・』
『先輩、私・・・先輩の事が好きです・・・』
目に涙を浮かべながら・・・沙紀が告白する。
恥ずかしくなってつい顔を背けてしまう○○(主人公)・・・その視線の先・・・水面に、今二人が乗っている観覧車が映っていた・・・
その中央にはデジタル式の時計の文字盤が点灯している・・・
その時刻は 16:59:50
『お、もうすぐだ、カウントダウンといこうぜ!』
恥ずかしさを紛らわすように・・・
・・・パタン
メフィは攻略本を閉じ、呆然と呟いた。
「・・・ハメられた・・・大悪魔の私が・・・」
ちょうど一年前のあの日と同じ光景が攻略本の中で繰り広げられていたのだ。
そして沙紀もその攻略本を読んでいた・・・つまり・・・再現したのだ・・・2周目を信じて・・・
健二と契約を交わした時・・・めんどくさがったメフィによって、沙紀の設定はロクに確認もされないまま、丸写しにされていた。
・・・もちろん、隠し設定も、全て・・・
かくして、2周目は、訪れた・・・
「本当に沙紀ちゃん・・・なのか?」
今目の前で起こっている事がにわかに信じられず、目をパチクリさせる健二。
「はい、無事に2周目到達です」
腕まくりのジェスチャーをしながら答える希、それは確かに見覚えがあった。
念の為自分の頬をつねる健二・・・痛い、これは夢じゃない。
「先輩・・・逢いたかった・・・」
健二に抱きつく希・・・その背中に腕を回そうか迷う健二・・・結局、中途半端なところで腕をブラブラさせていた。
「沙紀ちゃん・・・」
「希です、ちゃんと名前で呼ばないと・・・私、また消えるかも知れませんよ?」
「う・・・希ちゃん」
「希、です」
契約から開放された為なのか、元々そういう設定なのか、希は沙紀の頃より若干強気になっていた。
「の、希・・・ちゃん・・・」
照れくさくて、どうしてもちゃんを付けてしまう健二。
「もう・・・仕方ないから、今日はまだちゃん付けでいいです」
不満そうに口を尖らせる希。
「・・・出来たら1週間くらい猶予を・・・」
・・・呼び捨てには、まだしばらくかかりそうだった。
そうこうしているうちに時刻は、もう8時15分・・・
学校にはもう間に合うかどうか・・・だが・・・
「・・・先輩、走りますよ」
「え・・・うわっ、ちょっと待・・・」
健二の手を取り走り出す希・・・それはまぎれもなく陸上部のエースの走りだった。
・・・しかし健二も、引き篭もり時代の運動不足ではない。
希に引っ張られないように全力で走り出す。
「先輩、ちょっと見ないうちに・・・」
「へへっ、残念だったか?」
「いいえ・・・嬉しいです、先輩と一緒に走れて・・・」
時刻は 08:27
予鈴が鳴り響く中、二人が校門の向こうに消えていく。
その手は硬く握られていた・・・もう二度と離さないかのように・・・
過去に日記に書いた作品を修正、改題。
文量がちょうど良かったので、今回のショートストーリーコンテストに応募しました。
「学校・学園を舞台にした恋の短編小説」というコンテスト要求テーマに対して、ここまでギリギリの内容で出してくる作品はそうそうないに違いない・・・選考対象外にならないといいな・・・
さ、最初と最後は学園恋愛物してるよ!