慢心
俺は街から出て森へ向かっていた。まあ森と言っても小さい林みたいなものだが。
目的は小型の魔物、チューを倒すためだ。
チューは鼠の魔物で残飯を漁ったりする魔物だ。特に害はないがいたずらに刺激すると尖った前歯で攻撃してくる。
街の中にもいるのだが、倒しても倒しても湧くので無視されている。むしろ街で手を出すと民間人に危険が及ぶ可能性があるため手を出さないようになっている。
そのためおれはチューが出るという林へ向かっていた。
もらった食料…のような携帯食を食べながら徒歩半刻程度の草原を歩いていると、チューに出くわした。そう、街に出るという事はそこら中にいるということ。林まで行かずとも中間地点でバッタリ出くわすこともあるのだ。
俺は慌てて剣を抜く。
まだ気づかれてないようだ。
「まあ気づかれたところで襲ってはこないけど…」
とはいえ慢心は良くない。油断せずチューの後ろに回り込んで後ろから剣で払うとあっさりチューは真っ二つになり魔石を落とし消滅した。
あまりにもあっさりしすぎていた為タレントの「神の」の効力の程が分からなかった。
ただ、剣道部でもなかった俺が剣を振るうことができ、手に馴染んだ感覚があったので、やはり「神の」の効力は発揮されているのだろう。
おれはチューが落とした魔石を拾い背負っていた背嚢に入れて歩き出す。チューは魔石の他に前歯を落とすが必ず落とすわけではない…やはり図書館は万能だな。知りたいことは大体載ってる。
思わぬところでチューと出会ったが目的は達成された。帰っても良かったのだが、魔石は売れる為もう少し稼いでおこうと欲をかいた。
そしてそのまま俺は林へと到着する。
その林は広くなかった。その為チューの群れを見つけるのも大したことなかったし、倒すのも大したことなかった。
運動のため走って移動していたところでたまたまチューと出くわしそのまま蹴ってしまい絶命したチューには同情したが…他は概ね順調だった。
途中で視線を感じたが、魔物に見つかったと思いすぐに場所を移した。
「拾ったチューの魔石は8個。草原が1個、林の手前で蹴ったのが1個、群で6個…結構集まったな」
俺は相場を知らないが、後々調べたところチューの魔石は1つ100ルフで売れるらしい。ちなみに日本円で換算すると1ルフ=約1円ほどだ。分かりやすくていい。
集まったといっても800円。街から出てここまでの3時間、バイトでもしていた方がまだマシだった。時給換算すると約3倍だし。
そんな事はつゆ知らず喜ぶ俺。
声には出てなかったが、態度には出ていた。例えば慎重さを欠いて躓いてしまったりとか。
そんなことを何回かしてると、当然不思議に思った魔物が寄ってくる。
驚いたことにこの林にはチュー以外の魔物がいる。チョキンだ。黒いカニの様な魔物で装甲がとにかく堅い。その為魔法や打撃武器で倒すのが得策だろう…と言われている。
最近棲みついたらしく、本には載っていなかったため、驚いて剣をブンブンしてたら真っ二つになってしまった。
剣が凄いのか「神の」が凄いのかチョキンの装甲が意外とそうでもないのか分からなかった。
呆けていた俺は物音に目を覚まされ急いでチョキンの魔石だけ拾い林から出る。
しかしチョキンは素早く反応し、こちらを取り囲んでくる。
俺は息を飲み、剣を構えチョキンと相対する。
しかし、全方向から狙ってくるチョキンに対応しきれず、チョキンを数体斬り伏せた頃にはこちらも傷を負っていた。
本来ならこれだけチョキンに攻撃されたら生身の体では到底耐えきれない。「神の」は防御力を底上げするものでもないので、体を頑丈にしてもらったお陰だと言えるだろう。
そんなことには頭が回らず、とにかく一体一体倒して包囲網を突破しようと考えた。
俺は傷を負ったという事実のせいか、判断力が鈍った俺は、目の前のチョキンに突進した。
さらに傷を負いながらも、チョキンを全滅させた俺はようやく我にかえった。
俺は自分の思慮の浅さを悔やみ、大事に至らなかったことに安堵し、その場にへたり込んだ。
「…ってえ」
傷が服と擦れて鋭い痛みが走る。
「こういう時こそ治癒魔法だ…」
俺は身体が治るように念じて治癒魔法を発動させた。
傷は治ったが、流石に心労までは無くならず、少し息を整える事にした。
その間チョキンの魔石を拾った。最初の一体も含めて計13体分のチョキンの魔石を集めることができた。
これを換金すれば当面の生活費もなんとかなるだろう。
怪我をした甲斐があったというものだ。
全ての魔石を拾い終わり、息も整った俺は、今度こそ慎重に林の出口へと歩き出した。
「そろそろ出られると思うけど…」
俺は魔物を避けて出口を目指していた。
そのため時間はかかったが、ようやく林から出る事に成功する。幸いチョキンやチュー達はこちらを追ってくる様子はなく林からこちらを見ているだけだ。
俺は早く街に戻って宿で横になりたかった。
俺はちらりと林を一瞥するとすぐに街へと引き返した。
「…」
ずっとタツヤを見張っていた人影はタツヤの後姿を一瞥し、街とは真逆の方向に歩き出した。