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7 「くれぐれも丁重に扱え」


 長く狭く、止まることを許さないトンネルを抜けた先で、リベネは、肩から地面に着地した。体全体がしびれるような激痛が走り、リベネは突っ伏したままうめき声をあげた。痛みのあまり、しばらく着地した姿勢のまま動くことができなかった。


『アルターヌの洞穴 第3層』


 案内音声をかき消すほど強く心臓が鳴っている。深呼吸を重ねて、気持ちを落ち着かせる。


 一体あの仕掛けはなんだったんだ。


 しかめ面で肩をおさえながら半身だけ起きあがり、周りを見渡そうとした。だが、何も見えなかった。落下の途中で運悪くヘッドライトがオフになってしまったのだろう。


 降り立った場所は、自分の手先すら見えない程の深い暗黒に包まれていてリベネの背筋に冷たいものが走った。ここがゲームの中の世界だと分かっていても、どれくらいの広さの場所になのか、周りに何がいるのかもわからないとぞっとするものがあった。ひんやりした空気の中で、身体が凍りそうな程の静寂が場を支配していた。


『なんだか静けさに飲み込まれて、あたしの心臓まで自然と止まっちゃいそうな気がするんだよね』


 昨晩のカーラの言葉が脳裏によみがえる。

 今なら彼女の言いたいことがなんとなく理解できた。ここはあまりにも静かすぎて、じっとしていると本当に自分の心臓の音まで止まってしまいそうだった。


 何もかも飲み込みかねない暗闇の中でリベネはなんとかヘッドライトをいじってオンにする。ぱっとついた明かりを見て、それまでずっと無意識に息を止めていたことに気がついた。

 急いで深呼吸をし、素早く右手をはらってメニューから自身の状態を確認する。先ほどのトンネルで打撃を受けたせいでかなり体力が減っていた。タブレット型の回復薬を口に放り込み、ガリッと噛みしめると、生きた心地がようやく蘇ってきた。


 その時、ふいにザザ、と脳内通信がオンになった時のノイズが響いた。やっほー、とのんきなカーラの声を聞いた瞬間、リベネは安堵のあまり泣きそうになってしまった。


『目的地についたよ!あたしが一番遠い場所だったはずだから、もうリベネとネズミは準備できてるかな?』


『僕もトラップ設置完了したよ』


 慌ててリベネは通信に参加する。


『あの、ごめんなさい。私、迷ってなんだか変なところに来ちゃったみたいで――』


『あらら、迎えにいこうか?……って、うわっ!』


 言葉の途中でカーラが叫び声をあげた。間髪入れずに言葉を続ける。


『やばい、アルターヌベアに気づかれた!』


『嘘だろカーラさん!?と、とりあえずこっちに来て!』


『ごめんリベネ!後で必ず迎えにいくから待ってて!』


 そこで脳内通信がぶちっと途切れた。どうやら戦闘が始まってしまったらしい。

 途方もなく役立たずになった気分だった。大事なクエストの途中で一人で迷子になり、意味の分からない空間にいる自分が情けなく、二人に申し訳なかった。


 肩を落としながらも周囲を見渡す。暗い洞穴がほのかに照らされることで、先ほどよりも視界が広がっていた。どうやらリベネは天井の高い、ぽっかり空いた縦穴のような空間にいるようだった。


 この場所に動くものはひとつも存在していなかった。プレイヤーはもちろん、アポクリファの姿もない。ただ、部屋の中央部の床はゆるやかな山のようになっており、その山のてっぺんにはある物が刺さっていた。


 剣だ。


 近づいてよく見てみる。

 黒いシンプルな柄、シンプルにまっすぐな形、刀身にだけほどこされた、豪奢で精密な文様。それらが全体としてすっきりとまとまった銀色のロングソードは、剣の先端を地面に突き刺した姿で、使い手を待つようにそこに鎮座していた。


 なんなんだ、これは。


 吸い寄せられるようにリベネはさらに近寄った。

 不思議な空間の不思議な剣。その柄を手にとろうとした時――


「さわるな」


 がつんと腹を殴りつけられるような、低いとどろき声が響いた。


 リベネは思わず背後を振り返った。それから前を見、天井を見た。ここには確かに誰もいない。誰もいないはずなのに。


 リベネはごくんと唾を飲み込んだ。冷や汗が首筋を流れるのを感じた。やはりここは変だ。初心者の自分が来るような場所ではない、特別なステージなのかもしれない。どうにかしてここから退散した方が自分のためなのかも――そう思ったリベネに、またあの声が響く。


「まずは名前を名乗れ。それが礼儀ってもんだろ」


 声の途中でリベネはあることに気がつき、息をのんだ。

 やたら偉そうな声の発信源。それが何であるか分かってしまったのだ。


「もし名乗った後に俺を持ってみるなら、くれぐれも丁重に扱え。いいな」


 目の前に鎮座する銀色のロングソード。

 その剣身が脈打つように赤い光を放っていた。


 この剣だ。


 今、私に向かって語りかけてきたのは、この剣なのだ。


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