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6 地図に無い道

「あれ、なんか人の声がするね」


 先頭のカーラがそう言いながら部屋の中に入ろうとして、はっと息をのんだ。彼女に続けてリベネとネズミも部屋の中をのぞきこむ。

 巨大な部屋の中のアポクリファは、もうほとんど退治された後だった。部屋の奥の方で、白い光の粒となったアポクリファの残骸と、アルターヌベアらしき大きな影、ヘッドライトをつけた四人の剣士の姿が見える。


「別のパーティーに先をこされたみたいだね」


 うーん残念、とリベネがつぶやいた。だがオンラインゲームではよくあることだ。落ち着いた口調でネズミが言った。


「討伐されたアポクリファがもう一度出現するまでにはしばらく時間がかかるから、別の出現ポイントに行こう。カーラさんが間違えて上級地図を買ったおかげで、ずいぶん詳しく敵の出現ポイントが描いてあるからね、大丈夫だ」


「ふふふ、あたしの地図(・・・・・・)が役に立つ時がきたようだね」


 えっへん、と巨大な胸を誇らしげにそらすカーラに対し、ネズミがじと目になって言った。


僕たちの(・・・・)お金で買った地図だからね」


 三人は少し通路を戻ったところで、初級結界用クリスタルをひとつ地面に置き、白い円型の魔法陣を地面に展開させた。大きさは3人がなんとか座れる程度。少し窮屈だったが、身を寄せあうことでなんとか全員がその中に入り込めた。30分間はこれでアポクリファに襲われることはない。

 ネズミは鞄から地図を取り出し、真ん中に広げ置いて人差し指で一点を指さした。


「いま僕たちがいるのはここだ。さっきのぞいてきた部屋はこれ。そしてここから一番近いアルターヌベアの出現ポイントはここだ」


 ヘッドライトの光で照らされた地図をふんふんとリベネは眺める。地図には詳しい地形とモンスターのマークが描かれており、キゼブブやアルゴブリン、アルターヌベアなどの出現ポイントが一目で分かるようになっていた。


「この3つ入り口がある部屋?」


「そうだ。そこでアルターヌベアを討伐する作戦を考えたから、ちょっと聞いてもらいたいんだ」


 カーラとリベネはこくこくとうなずいた。


「僕たちは防具が紙みたいなものだから、あまり攻撃を食らわずにしとめたいな、と思って考えた作戦だ。まず僕たちは三人に別れる。僕はこっちの入り口にトラップを置いて、君たち二人はこちらの入り口に回り込む。まず、僕が誘導してトラップでダメージを負わせ、君たちがその間に背後から攻撃するという感じだ。幸い、この部屋は小さいし、他の雑魚敵もあまり出現しないみたいだから挟み撃ちしやすそうかなって」


「なるほど、三人とも分かれて待機ね……。いいんじゃないかな」


「えっと、カーラがこっちで、私は…?」


「きみはここから、この道をまっすぐ辿っていく感じかな」


 ネズミの手が邪魔でよく道筋が見えない。のぞき込もうと身を乗り出したリベネは、こつんと額を何かにぶつけてしまったーーその瞬間。


 ビクッとネズミが大きく身体をふるわせ、のけぞった。


 どうやら彼の頬にぶつかったらしい。ぶつかってごめんと言うべきだったが、その反応に思わずリベネはあっけにとられてしまった。


「あらあら~ネズミくん大丈夫~?」


 なぜか含みをもった様子でカーラがにやにやする。

 しまった!という顔つきになるネズミ。なぜか(・・・)彼の顔がみるみるうちに赤くなっていく。なぜか(・・・)意味不明に鞄を開いたり何か落としてないか確認し始める。なぜか(・・・)彼はいつもより早口になって言い訳がましくつぶやく。


「ちょ、ちょっと、暗いから少しびっくりして……ほら、アポクリファとか、危ないしさ」


「結界の中だから安全なんだけどね~」


 にたにたと笑うカーラは無視して、ネズミはごほん、とわざとらしくせきばらいをした。君のルートはこっちだ、分かれ道はないからそのまま進んで最後の曲がり角で右に行けばいい、とリベネに焦ったように説明をする。

 その顔は耳まで真っ赤なままだったが、さっきのことを掘り下げると、また『男の子のプライド』というものをへしへしに折ってしまうだろう、と思ってリベネは何も言わずにうんうんとうなずいた。


 それから三人は回復薬を飲んで、最終打ち合わせを終えると、結界の外にでた。リベネは左の道へ、カーラは真ん中の道、ネズミは右の方の曲がった道へとそれぞれ進んでいった。


 少し狭い通路を、リベネはすたすたと進む。途中で、小さなアルゴブリンというアポクリファと出会ったが、問答無用で切り伏せた。そして、それよりも少し先の場所でリベネはおや、と立ち止まった。


『分かれ道はないからそのまま進んで最後の曲がり角で右に行けばいい。』


 たしかネズミはそう説明していたはずだ。だが、今、どういうわけか目の前の道が二つに分かれていたのだった。


「ネズミ、私の道はまっすぐ一本道だよね?」


 脳内通信で尋ねると、「ああ、そうだよ」すぐにネズミが答えてくれた。礼を言って通信を切る。


 つまり地図に載ってない道があるということなのだろうか?


 これは間違った道を選んでも面白そうだ、と思った。だが、カーラとネズミを必要以上に待たせたくはなかったので、まっすぐ続いてるように見える道の方へ進んだ。この道が違うと分かったら、すぐに戻ってもう一つの道を選べばいい。


 数分間かけて歩いた結果、その道の先は行き止まりになっているとわかった。


ーーいや、よく見たら違う。


 偶然ヘッドライトの光が右の下部を照らしたことで、リベネはその小さな入り口を発見することができた。右側の壁に空いている穴。這うようにして入り込めば、なんとか進んでいけそうなくらいの大きさ。普通じゃ気がつかないような、暗がりの中でも最も見えにくく闇に沈んだところにそれはあった。


 この穴をくぐり抜けたら、アルターヌベアの部屋に行けるのだろうか?これが正しい道?それとも間違った道なのだろうか?


 たぶん、間違った道だ、とリベネは思った。ここがアルターヌベアのいる部屋に繋がっているとは思えない。何故なら地図にはもっと大きく道が描かれていたからだ。しかし、目の前にこの秘密の隠し穴のようなものを見つけた時点で、リベネの好奇心が抑えきれないほど膨れ上がってしまった。とびきり怪しく、用心深く隠された穴だ。気にならないはずがない。


 少しだけでいい、覗いてみたい。もしかしたら、レアアイテムがあるかもしれない。あのネックレスよりももっとレア度の高いような。


 ほんの少し、ほんの少しだけでいいからーー歯止めの利かないほどの強い思いが、リベネの身体を動かした。

 穴に手をかけ、身体を押し込むように穴の中に入っていった。


(意外と、この横穴は長いかもしれない)


 ずりずりと全身を使いながら這い進む。右手で壁を持ち、よいしょと身体を進める。そしてまた這い進む。閉所恐怖症の人がこの道を進むのは無理だろう、と思うくらいの狭い道。進めば進むほど、壁が自分に迫り、道が狭くなってくるのではないかと思えてくる。


(どこまで、続くんだろう。出口はあるのかな)


 進むにつれて、穴の向こうへの好奇心は段々と小さくなっていた。それほどにこの横穴は長かった。好奇心のかわりに、それをかき消すほどの恐怖ーー自分一人の力で、あの入り口まで戻ることは無理なんじゃないかという恐怖ーーが喉元にまでこみあげてきた。


 このままこの狭い道の中で動けなくなり、誰にも見つけてもらえず、戻ることもできず、取り残されてしまうのではないか。


 やがて、右手がトンと前方の壁に触れた。天井、左右、床、すべてに手をのばして触れてみる。岩壁、岩壁、岩壁。独特の冷たい感触が手に伝わる。


 出口がどこにもない(・・・・・・・・・)。 


 狭い横穴の中で、一人恐怖ですくみそうになった。私は間違った道に来てしまったのだ。すぐに戻ればよかったのに、こんな横穴に身体を押し込んでしまったのだ。やってしまった。後悔と恐怖がないまぜになった苦い味が口元にこみあげる。ああ、どうしよう、ちゃんと戻ることができるかなーー。


 その時、ウォン、というなにかの機動音が響いた。


 にわかに肌に触れた空気が動く。異変を感じて身じろぎしようとした時、ガコッと大きな音をたてて地面が斜めに傾いた。


「えっ」


 ぽかんとしている間に、床の傾きは容赦なく急になっていく。息をのんだリベネだったが、結局なすすべもなくトンネルのような空間へと投げ落とされてしまった。


「わ……わああああああああああ」


 リベネは壁に尻を強打し、その後も足、頭、腕と全身の様々なところをしたたかに打ちつけながら、叫び声もろとも下へ下へと落ちていった。



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