5 アルターヌの洞穴へ
朝起きて集結した三人はアルターヌの洞穴へ潜る準備を始めた。
全員がダンジョンに潜るのは初めてだったので、ショップで初級洞穴潜りセット×3を購入し、それぞれ一つずつ持った。セットの中身は、
・回復薬3個(小さい錠剤のような形)
・大回復薬1個(少し大きめの錠剤のような形)
・ヘッドライト(装備品ではないので、防御力はゼロ)
・初級結界用クリスタル(30分だけ、指定されたフィールドに戦闘不可の結界を張る。主に休憩に使う)
で、一セット1500ゴールドと値段が少しお得になっている
また、穴潜りセットに加えて、『アルターヌの洞窟・上級地図』(間違えてカーラが高いやつを買ってしまった。今回は第一層までしか行かないが、深部まで記載)をネズミが持ち、それぞれ手にランク2の剣を握って出発した。
「アルターヌベアを討伐したら、町の中央神殿にひとっとびできるんだよね」
クエストを完了すると、アイテムなしで神殿に転送してもらうことができる。
「うん、帰り道の心配はしなくていい」
切り立った崖にはめこまれた、巨大な木製の扉。ここがアルターヌの洞穴の入り口だ。扉の表面には神秘的な文様が描かれている。
扉に入る前に、三人は鞄の中からヘッドライトをとりだし、各々装着し始めた。が、カーラはポニーテールが邪魔で、固定するのに苦戦しているようだった。彼女の準備を待つ間に、リベネは鞄から占いキャンディをとりだし、口の中に放り込む。心が落ち着くいちごみるく味だ。
包み紙を見ると、また文字が書かれていた。
『今日という日は残りの人生の最初の日である 運勢は末吉』
末吉かあ、と思いながら包み紙を見つめていると、ふと視線を感じてリベネは顔をあげた。眼鏡越しに、ネズミがこちらを見ていたような気がしたが、リベネが確認した時には、すでに彼は別の方向へ目を向けていた。
――いやだって、ほら。ネズミって、リベネに惚れてるじゃん
昨日カーラに言われたことが頭の中によみがえる。
にわかには信じ難いことだった。カーラの言うとおり、ネズミが惚れる、なんてことあるのだろうか?いや、ネズミに限ってないだろう。それにどちらかと言えばおっぱいが大きい方が好きそうだし。うん、きっとそう。そうだと思う。
カラン、と口の中で飴を転がしながら、眼鏡の少年をじいっと凝視する。ネズミは最初気がつかないふりをしていたが、リベネがあまりにも見続けてくるので、とうとう怪訝な顔で尋ねてきた。
「なにか僕の顔についてる?」
「ううん、なにも。ネズミの顔を観察してるだけ」
「な、なんだそれ……」
うろたえるネズミの隣で「よっしゃ、できたー!」とカーラが万歳をした。上手くヘッドライトを固定できたようだ。リベネは少年の顔から視線を外し、ぱちぱちと拍手をした。
「よし、準備できたし、洞穴に進もっか!いやぁ、ダンジョンの中ってどれくらい広いのかなぁ。敵は強いのかなぁ」
あっは!楽しみ、と目を輝かせてカーラが言う。ネズミが地図を片手に扉に手をかけた。カーラと同じように、眼鏡の奥の目が期待で輝いている。
「そうだね。行けばわかるよ」
ギギギ…と軋んだ音をたてて開いていく。
ヘッドライトをオンに切り替えて、三人は深い洞穴の中に足を踏み入れたのだった。
*
『アルターヌの洞穴 第一層』
脳内で無機質な案内音声が流れると同時に、後ろでバタンと扉が閉まる。岩壁がほんのり明るさを放ってるおかげで近くの地面は見えたが、それでも先の方は暗く闇に沈んでいた。
「思ってたよりも、暗いなあ…」
「そして大きい」
歩きながらリベネは興味津々で壁から天井まで広がる岩肌を眺めた。洞穴の中は三人がたやすく並べるほど広く、剣を振り回すための空間は十分にありそうだった。
「この道をまっすぐに進めばいいんだよね?」
「うん。とりあえず、通路をまっすぐに進めば部屋みたいな場所にでる。アポクリファは部屋に大量に潜んでいるって書いてあるから、とりあえず通路は適当に――」
ネズミが、不意に言葉をつぐんで剣に手をかけた。「早速くるぞ」と脳内通信で鋭く伝える。
『キゼブブ ランク1の剣推奨』
脳内で案内音声が響いた直後、ブブブブ、と巨大な羽を鳴らしながらアポクリファ『キゼブブ』4体が飛び出してきた。蠅のような見た目でありながら、カマキリのように堅く鋭い鎌を持っており、羽を広げた時の大きさは人間に匹敵する敵だった。
「形状変化!」
カーラの怒声が洞穴に響く。走り出しながら構えた彼女の剣が、震動音と共にその輪郭を変化させる。
一秒余で出現したバスターソード。手加減なしの一閃が、飛び込んできた2体のキゼブブをまっぷたつに断ち切った。
白い光を放ち、ぱっと小さな光の粒となって散っていくキゼブブ。だが残る2体は空中へ飛翔し、カーラを飛び越えてリベネ達に襲いかかってきた。
リベネとネズミは頭上から振りおろされる凶悪なカマを受け止める、いなす、強く打ちすえる、隙を見て前に進む。時々攻撃を浴びる度にあがる「ウッ」といううめき声と、剣とカマが打ち合うことで鳴るカキン、キンッ、という高らかな金属音が響く。
奴らの飛び方は複雑だった。だが、攻撃の仕方は意外に単調だ。相手のカマを上手くよけた瞬間に、リベネは素早く剣をひらめかせた。バシュッと右側のカマが切断され、体勢が一気にかたむいた相手にとどめの一撃を食らわす。ハエの頭を脳天から切り伏せた。
よし、とつぶやいたところで、ネズミがリベネの肩をぽんと叩いた。
「君もこっちに!」
前方へ走り出すネズミの後を追いながら背後を振り返ると、キゼブブが一体、ブルブルとふるえながら空中に停止していた。なにか凶悪な貯め攻撃をする気だ。
1メートル、2メートル、3メートルほど離れたところで、キゼブブが動きだそうとした瞬間、ネズミが少しだけにやりとしながらささやいた。
「点火」
キゼブブのカマに張り付いた幾何学模様が赤く浮かび上がる。次の瞬間、どかんと音をたてて爆発が起こり、キゼブブが木っ端みじんになった。「さっすがぁ!」とカーラが歓声をあげる。
ネズミのランク2の剣の特殊効果である“トラップ”だ。剣がふれた箇所に爆発する罠を設置することができ、それを好きなタイミングで発動させることができる。最大5個まで置けるようで、それなりに威力も高い。
「また前方から3体くるぞ」
「まかせて」
悪意ある一撃を繰りださんとカマをふりかぶったキゼブブ達の前にリベネが立つ。掲げ持つランク2の剣がエメラルドの輝きを放った。
「拘束!」
カッと緑色の輝きが四方に解き放たれた。
光が通過した瞬間、キゼブブは、まるで時が止まったかのようにその場で硬直する。
「これは仕事が楽だね」
ネズミがすたすたと近づいて、キゼブブ達の頭を剣で叩き、すぐに戻ってくる。不思議な幾何学模様が光を帯びて浮かび上がる。
「あっは!いいね!すばしっこく動く的には、リベネのそれ、ほんと便利だ!」
「また使えるようになるまで何分かかかるみたい。クールタイムって言うんだっけ」
のんきに喋りながら一歩、二歩、三歩と三人は後方へさがる。
ブ…ブブ…とキゼブブの羽が動き出しかけたところで、ネズミが不敵な笑みを浮かべた。
「点火」
どかんと火の柱が立ち上り、敵の体が瞬間的に四散した。
「ナイスファイト」
いえーい、と気の抜けた声をあげてカーラが手をあげた。三人で軽くハイタッチをしてから辺りを見渡す。通路内にはアポクリファからドロップした素材アイテムが散らばって落ちていた。
「さあて、アイテムでも拾うかぁ」
パーティーを組んでいる最中に倒した敵なら、誰が拾っても全員の倉庫に素材アイテムが転送される仕組みになっている。
「キゼブブの羽、キゼブブの羽……こっちもキゼブブの羽かあ……。レア度は全部Cだって」
「あっ、これはキゼブブのカマだって。レア度はBだ。やるじゃん」
ぽんぽんと落ちたアイテムに触れて回る3人だったが、途中でカーラが「あれ」と声をあげた。
「なんだろ、これ。あたしじゃ拾えないんだけど」
カーラが手を伸ばしても、なぜか触れることができず、通り抜けてしまうものがあるようだった。近寄って見てみると、それは透き通った黄土色の石がついたネックレスだった。
なんだろ、他のパーティーが落としたのかな、と思いながらリベネが手に取ると、どういうわけか、軽々と拾うことができてしまった。
「あれ?」
「ありゃりゃ」
「ふむふむ、ドロップした装備品は敵を倒した人だけが拾える、と」
ネズミが眼鏡を光らせながら、ここぞとばかりにノートへメモを書く傍らで、リベネは電子メニューをさっと開いて詳細を確認した。
「えっと……『黄色琥珀のネックレス』、防御数値は10、炎熱耐性大アップで、レア度は……Aだって」
「Aなの!?」「おお、Aは初めてだ!」
リベネはまじまじとネックレスを見つめる。まさか自分が倒した敵からこんな装備品がドロップするとは思わなかった。レア度Aということは、なかなか落ちないアイテムなのだろう。
「いいなー」「いいなー」
「これ、ほんとに私がつけていいのかな」
羨望の眼差しに困惑するリベネ。その肩をぽんぽんとカーラが叩いた。
「リベネが倒した敵からドロップしたんだろ。それならリベネが受け取って当然だ」
でも二個目が出たらあたしに譲ってくれ、と清々しい笑顔でカーラが言う。「なんだそれずるい」と抗議するネズミの声は無視して、「せっかくだから今つけてみなよ」と彼女はリベネに言った。
リベネはうなずいて、ドキドキしながら、首の後ろに手をまわした。レア度Aで、初めて手に入れた装飾品。はやる気持ちを抑えて、慎重にネックレスを身につけようとしたところで――。
『新しい装備はチュートリアル後に装着可能になります』
脳内で響く案内音声が、まるで有罪宣告のような無慈悲な声を響かせた。そういえばそうだった、と固まるリベネの姿にカーラとネズミも事態を察したようだった。
「あー、そっか」「そういえば」
泣く泣くメニューをタップして、ネックレスを神殿の倉庫へと転送させる。まあ、チュートリアルが終わったら着けよう、ホラホラ元気出して、としょんぼりするリベネの背中をまたカーラが叩いた。
その後もキゼブブを始めとするアポクリファを倒しながら三人は洞穴の中をさくさく進んでいった。通路を抜け、部屋で戦い、また通路を抜ける。時々回復薬を飲みながら、やがて彼らはアルターヌベアの出現する部屋の前までたどり着いたのだった。