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3 ストーカー男

 ストーカー男。


 それが、パーティーを組んだ頃から、カーラを悩ませてきた存在だった。


 彼はもちろんNPCではない。初めはストーカーっぽいな、という疑惑だけだったが、徐々にカーラを狙ってこのパーティーにつきまとっていることが分かっていった。

 リベネ達とカーラが一緒にいる時は遠巻きにじっと見つめてくるだけだが、カーラがアイテムを買うために一人離れると、じわじわと近づいてくるのである。カーラが逃げ出すと無理に追ってこなかったが、その目はひたとカーラだけを見つめていた。はっきり言って、かなり不気味だった。一体何をしようとしているのかわからない。


 しかも、ベータテストが始まって三日目だというのに、やたら強そうな装備を身につけている。チートなのか、早速課金したのか、詳細は不明だがリベネからしても、なんとなく嫌な感じがした。ストーカーされているカーラはもっと気味悪く思っているだろう。


 カーラの言うとおり、右側後方にちらと目配せすると、だいぶ遠くの方、森の中でぽつんとあの男が立っていた。浅黒い肌で、ちりちりの黒髪を持った、背の高い男。深く薄暗い森に一人で立つ男の姿。思わずぞわっと鳥肌が立つ。


「一度宿に戻ろう」


 ネズミが脳内通信で言った。


「剣の試し切りはできたし、もう今日は遅い。ゲームの中でも寝ないと体力切れを起こすってチュートリアルで教えてもらったばかりだし」


「あ、ありがとう、ごめんな。本当にごめん。クソッ、なんなんだ、アイツは…」


 脳内通信でひたすら謝るカーラは、本気で混乱し、おびえているようだった。背中を丸めているせいで、まるで体が一回り小さくなったようだ。リベネがカーラの手をにぎると、彼女が小刻みに震えているのが伝わった。震えながらも彼女はそっと手のひらを握り返してきた。


 私がしっかりしなきゃ、とリベネは思った。ネズミも同じことを思っているようだった。彼はリベネをちらと見てから、マップを開き、町への最短距離を進み始めた。ストーカーの男は相変わらず森の中にたたずみ、こちらを見つめたまま、結局その場を動こうとしなかった。一体何を考えているのだろう。


 城郭都市『チャパタ』に戻る頃には日はだいぶ傾き、石畳はオレンジ色の光で満遍なく濡れていた。他のプレイヤー達とも何度もすれ違ったが、あの男の姿は町中で見かけなかった。それでも彼らは早足で宿に向かって進んだ。


「本当にごめんよ…あたしのせいで。ベータテストの時間は限られてるのに」


 宿に着くなり、しおれきった様子でカーラが言った。ランク2の剣(セカンドソード)の試し切りを中断させてしまったことで相当落ち込んでいるようだった。


「カーラは悪くないよ」


「そうそう、あの変な男が悪いんだよ」


「でも、あたし……」


 ベッドの上で体育座りをしていたカーラは何かを言おうとして唇の形をさまよわせた。しかし、なかなか上手く言語化できないようで、悲しそうに顔を歪めてうつむいてしまった。


「カーラ、大丈夫?」


 リベネがそっと彼女の隣に座り、顔色をうかがった。カーラは首を横に振って、小さな声でささやいた。


「今日のはホント怖かった。ふと視線をずらしたら、あの男が立っててさ。ああいうの、駄目なんだ。あたし、リアルの方で、ストーカーに嫌な目に合わされたことがあって。まあ、そんな、たいしたことはされてないんだけど、ちょっとトラウマでさ」


 あは、と乾いた笑いをカーラがもらす。変な話聞かせてごめんね。上手い飯食べて寝よ寝よ、明日はアルターヌベア討伐に行くわけだし、とカーラが笑顔を浮かべる。


 無理して笑ってる、とリベネは思った。そして同時に、自分よりずっと年上で、笑顔が素敵で、心も広くてあったかい人が、こうして意味の分からない理由で怯えなきゃいけないなんておかしい、とリベネは思った。絶対におかしい。


「ねえ、カーラ。もし次にあの男を見つけたら私が直接聞いてくる。なんでカーラをストーカーするんですかって」


 リベネの言葉に、カーラとネズミがぎょっとした顔をした。


「や、やめときなよ。ろくでもない奴だ、どうせ」


「でも――」


 不服そうに言い返そうとするリベネの言葉を、素早い口調でネズミが遮った。


「カーラさんには悪いけど、アルターヌベアのクエストが終わってから対処を考えようよ。街を離れるとか、いろいろ対処法が増えるだろう。だから、それまで君が変な男に関わる必要はない。いいね?それに、もしストーカーに何か質問するなら君じゃなくて僕がやるべきだ」


「ネズミが言うの?あの怖い男に?」


 目を丸くしてリベネは問い返した。

 ネズミが彼よりも背の高い男に向かって喧嘩腰で話しかける様子を思い浮かべようとしたが、できなかった。この眼鏡の少年は根が優しい人間だ。きっとそういうことに向いているタイプじゃない。


 ネズミはしばらく何かを言おうとしていたが、やがて彼は強く唇をかみ、ふいとそっぽを向いてしまった。鼻から耳先までなぜか真っ赤になっている。怒らせてしまったのだろうか。


「リベネったら、男の子をプライドをへしへしに折っちゃったね」


「へしへしに……?」


 リベネが首をかしげると、カーラはふっと笑った。宿に帰ってきてから、初めて彼女が浮かべた純粋な笑みだった。ネズミは黙り込んだまま、ますます顔を赤くしていた。


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