1 三人の剣士
『Bugles World Online』
それは、『青のアポカリプス』という大人気小説をもとにして開発された、フルダイブ型オンラインゲームの名前である。
ビューグルズ・ワールドという舞台で、何度でもよみがえる天界の戦士達の姿を描いた『青のアポカリプス』は、発売当初からじわじわと話題になり、メディアミックスを通じて爆発的に人気が広がった作品だ。登場するキャラクターが老若男女問わない群像劇であったことや、巧みな心理描写、そして息を呑む展開に世代を越えて様々な人が物語に魅了された。
昨中で戦士達が相棒となる「剣」を育てていく様子から、小説を元にしたゲームが開発されるのではないか、との噂は以前よりたっていた。アニメ化が成功した後は、さらに期待が募った状態でゲーム化が待たれていた。
その流れを受け、満を期して発表されたのが『ビューグルズ・ワールド・オンライン』である。
このゲームで使用されることになったのは、流行していた技術――夢をゲームシステムにリンクさせることで、夢の中でゲームが出来、思う存分自分の肉体を仮想世界で動かすことができる――の最新版だった。
かつてこの技術は一人プレイ専用のゲームに使用されていたものだったが、革新的な開発が進むことで、別の人間と夢をリンクさせ、夢の中でありながら、他人と会い、共にゲームをプレイすることができるようになったのである。
夢の中で『青のアポカリプス』の世界を体感できる――少しずつ開示されていくゲームの情報に人々は浮き立ち、一刻も早くプレイすることを熱望した。
そして20××年の夏、20万人を越える応募の中から、先行体験者が選ばれた。その数は、5000人。
夢の中で目覚め、仮想世界を歩くために、選ばれた5000人はゲームへの接続機『シンクロニシティ・ボックス』――その形状から後に『棺桶』などと揶揄されるようになる――の中で横たわり、眠りについたのだった。
*
「なるほど。それではこの3人でパーティーを組み、かの強大な魔物『アルターヌベア』を討伐する、ということでよろしいですね」
胸のあたりまでのびた、真っ白な髭を撫でながら、NPCの神官はそう告げた。しわだらけの顔にぽつんとはまった用心深い小さな瞳で、目の前に立つ三人の剣士を眺める。
「おじいさん、ちょっと説明長いよ。まぁ、チュートリアルって大事だけどさぁ」
赤髪のポニーテールをした女が間延びした口調で言った。
三人の中で一番背が高く、胸も大きく、髪も長く、声量もでかい、町を歩けば誰もが振り返るような、とにかく目立つ女剣士だった。くわ、と特大級のあくびをして、寝ぼけ眼で神官を見つめる。
「いや、僕は足りないくらいだと思う。パーティーシステムをした時のボーナス数値とか、アイテムや経験値の分配法について細かく教えてもらえたいところだな」
ま、後で計算するからいいんだけど。と素早い勢いでノートに何かメモを残しながら、真ん中に立つ少年が言った。
灰色の前髪と赤いフレーム眼鏡の下で、理知的な瞳が仕上がったメモを満足げに見つめる。彼はチュートリアルで『なにかアイテムを買ってみよう』というクエストが提示された時、回復薬などを買わずに、メガネとノート、ペンを真っ先に買った変わり者だった。ちなみにメモをしているノートの中身は頼んでも絶対に見せてくれない。
「“苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む”」
ぽつっと大まじめな顔でつぶやいたのは、短い黒髪の少女。
華奢な手足に、中性的な顔立ちを持った彼女は、横に並ぶ三人の中でもっとも背が小さかった。ここまで神官の話を真面目な顔で聞いていたのだが、話が終わったと悟った瞬間、キャンディの包み紙をポケットから取り出したのだった。
ふっくらとした唇に薄紅色のキャンディを放り込み、好奇心旺盛な眼差しで包み紙を見つめている。
「どうしたの、リベネ。その言葉はなぁに?」
赤髪の女剣士が目をこすりながら、黒髪の少女、リベネに問いかけた。リベネはカランと口の中で飴を転がす。
「“占いキャンディ”の包み紙に書いてあった言葉。運勢は“努力次第では吉”だって」
「あっは!」と赤髪の女は笑い声をあげる。
「なにそれ、意味わかんないね。占いって名前ついてんのに、書いてあるのそれだけなんだ」
「そのアイテム、特殊効果はないんだよね。味はどんなだった?」
眼鏡の少年が閉じたノートを再び開きながら尋ねる。チュートリアルのクエストで買うアイテムを悩んでいたリベネに占いキャンディを勧めたのはこの『ネズミ』という名前の少年だった。彼曰く、「買うものに迷った時は、いちばん意味の分からないものを買うと楽しい」そうだ。
キャンディの入った小さな布袋を差し出して、リベネは人懐っこい笑みを浮かべた。
「いちごみるく味。ネズミも食べる?」
「いや、僕はいい。甘いものは好きじゃないんだ」
断られたリベネは、律儀にもう一人の女剣士『カーラ』に袋を差し出す。
「カーラは食べる?」
「うーん、今はいいかなぁ」
「そっか…」
二人に断られてしまったリベネは少し寂しそうにうつむいた。小袋の口を閉じて、背負ったカバンの中にしまおうとする。
カーラとネズミは顔を一瞬顔を見合わせ、ほとんど同時に口を開いた。
「気が変わった、僕も試しに…」「あー、やっぱりあたしも…」
ウェッホン、と神官のNPCが大きく咳払いをした。三人の視線がぴたりと白髭の老人に集中する。再びおごそかに老人が問いかける。
「それではこの3人でパーティーを組み、かの強大な魔物『アルターヌベア』を討伐する、ということでよろしいですね?」
「これ、一定時間無視すると咳払いする仕組みなのかな…。試しにもうちょっと無視してみたら…」
ひそひそとリベネに囁くネズミ。その言葉を耳ざとく聞きつけたカーラが拳骨で軽く少年を殴る。
「こらっ、そんな可哀想なことするんじゃないよ。すいませんねえ、おじいさん。ちゃんとあたし達3人でパーティーを組むってことで大丈夫なんで」
「いてて……まあ、それで大丈夫です」「お願いします」
神官はその反応を待っていた、というように大きくうなずいた。
「それでは恐れを知らぬ勇敢な戦士に特殊な力を授けよう。腰に下げたランク1の剣を抜き、天に向かって掲げなさい。一時的ではあるが、神の加護が宿り、ランク2の剣に値する力を得るでしょう」
このゲームでは魔法のようなスキルを使って敵を攻撃することはできない。剣を鍛え、何種類ものアイテムを駆使しながら戦うゲームだからである。
しかし、初期装備であるランク1の剣を成長させ、ランク2の剣へと進化させた時、魔法のような特殊能力が発現する。それを一時的に体験させてくれるというのだ。
「そのランク2の力って、どんなものなんですか?いろいろ種類があるんですよね」
「あなた方の剣の潜在能力次第です。私にもどのような能力が発言するか予測がつきません」
「なるほど」
言われた通り全員が剣を掲げると、ぽつっとそれぞれの剣に小さな光がともった。息を呑んで見守る三人の目の前で、光点が剣の上で右へ、左へと素早く走り出す。光の通った痕跡は、金属の上にくっきりと残り、やがて、複雑で美しい模様が剣に現れていった。
「すごい……」
その光景の美しさに感動し、純粋な眼差しで剣を見つめるリベネの横で、ネズミが皮肉めいた表情でつぶやいた。
「なんか、レーザー加工にそっくりだね」
再びカーラに拳骨で殴られた後は、彼も黙ってその行程が終わるのを待つのだった。