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エルサリオン物語  作者: 明星ユウ
第一章 彼は訪問せし古の賢者
3/4

3 緑蒼の師弟

またまたお待たせ致しました!




 ――夜。

 暗い空に月と星々が輝くその時間に見るものはどれも、わずかな影を落としていた。

 背中の半ばでまとめられている、イズレンディアの明るい緑の髪もまた、今はわずかにその明度を落としているように見える。

 だが、そんな彼の深い緑の視線の先にある巨大な建物には、その常識は通用しないようであった。


「……王城」


 思わず、と言ったようにこぼした彼の言葉に、しかし、彼を囲む三人の騎士は、無言をつらぬいた。それはどこか、彼がそう感嘆めいた呟きを零すことに、喜びを感じたかのような沈黙であった。


 建国より三百年弱の歴史を持つこのシルベリア王国の王城は、その歳月に反するかのような若々しい輝きを有している。銀と青で飾られた白亜の巨体は、夜闇にあってなお、この国の象徴であろうと煌めいているのだ。この国の民であるならば、その姿を誇りに思うことは、当然であろう。

 騎士たちの沈黙もまた、そういう思いがあったがゆえのものであった。


「――こちらです」


 依然硬くもよく通る声音で導く近衛騎士と、それに付き従う他二人の騎士の思いを理解したイズレンディアは、浮かべていた微笑みをわずかに深めて、その指示に従う。

 裏口なのであろう、目立たない場所にある扉から中へと足を踏み入れたイズレンディアは、まずその雰囲気に驚かされた。

 夜もだいぶふけてきたこともあるのだろうが、そこは外形の華やかさに対して、あまりにも穏やかであったのだ。

 一瞬、何かしらの魔法がかかっているのだろうかと、確認のために薄く放った魔力は、しかし強力な結界魔法と、その他いくつかの、こういった国にとって重要な場所には必要不可欠といえる防御と排除を目的とした魔法しか感知することができなかった。

 ガシャガシャという金属音をつれて歩む騎士たちもまた、特に気にした様子もなく、自然とここはそういう雰囲気を宿す場所であるのだと理解したイズレンディアもまた、時折好奇心の赴くままにその深い色の瞳をさまよわせるにとどめ、先を目指す。


 長く美しい廊下は、しだいにその美しさを威厳あるものへと変えてゆき、長寿のエルフの中でも豊富な体験を持つイズレンディアは、とある予感を胸に抱いた。

 静かな、それでいてどこか緊張をはらんだ騎士たちに導かれ、ついにたどり着いた目的の場所を見て、イズレンディアは彼らに気付かれぬよう、そっと小さな苦笑を零す。


 今、彼の目の前にあるもの。

 それは、青いマントをはおった白銀の騎士を左右に飾り、守護させた、最後の砦。

 青玉をちりばめた、薄い紫の巨大な扉。

 それは、どう見ても、その先にある美しくも威厳あふれる部屋――〝玉座の間〟へと続く扉であったのだ。


「……」


 無言のまま、今までと何一つ変わりない微笑みを浮かべているように見えるイズレンディアは、先の予感が当たったと、内心では少々困っていた。

 イズレンディアの人生経験上、突然の王城召喚かつ、真っ先に導かれた先が国王の元であった場合は、間違いなく少なくとも平凡ではない状況が、必ずと言っていいほど用意されていた。

 今回とて、その常から外れた例外ではないだろうと確信したイズレンディアが、心なしか、その英知をたたえる瞳を呆然と揺らすのも、無理からぬ事である。

 が、しかし。

 先頭にいた近衛騎士が青いマントをはおった騎士――守護騎士と呼ばれる者の一人と何ごとかの言葉を交わした、直後。

 突如として扉の向こう側から感じた魔力に、イズレンディアはつとその深い緑の瞳を、まっすぐに薄紫の扉へと固定した。


 ……それは、彼自身がよく見知った魔力であった。

 懐かしさと同時に、確かな愛しさを感じさせる、強い力。輝き燃える炎のような、明るく力強い、蒼光の力を宿す、魔力。

 ふっ――と、浮かぶ微笑みが、これまで以上の優しさでゆるむ。同時に、騎士たちの誰も語ることのなかったこの王城召喚の意味を、彼は正しく理解した。

 笑顔の前で、あれほど固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いてゆく。


「どうぞ、中へ」


 開きつつある扉の奥へと、今度は近衛騎士一人が彼を導く。

 思ったとおりに白亜で煌くその部屋には、幾人かの姿があった。

 ゆったりとした動作ながらも速い歩みを刻むイズレンディアと近衛騎士のまっすぐ先には、白い部屋によく映える、青いイスに腰掛けた人物。イズレンディアから見た場合、その人物の左に立つのは、これまた白い部屋では目立つ黒衣の人物。そして……。


「っ!」


 抑えきれない衝動を、むりやり押し込むかのように言葉をつめ。しかしその足は、やはり止められないとこちら側へと駆けだした、玉座と同程度に映える、青のローブをまとった、その姿。


「お久しぶりです!」


 とん、と足を止めたイズレンディアをみやり、これで仕事は完了したと言わんばかりにその足をさらに先へと進める近衛騎士と交差し、通り過ぎ――勢いよくイズレンディアへと抱きついた、その人物。


「お師匠様っ!!」


 それは、肩にかからない程度で整えられた見事な金髪と、幼いながらも端正な顔にそろう濁りのない蒼瞳を煌めかせた、十五歳程の外見をした美しいエルフの少年だった。

 痛いくらいに抱きつく彼を見るイズレンディアは、その懐かしく、嬉しさをあふれさせる者の名を、柔らかな声音で告げる。


「――Rumil(ルーミル)君」


 途端に元気よく、「はい!」と返事をする彼――ルーミルに、イズレンディアはその鮮やかな金の髪に包まれた頭を、そっと撫でた。


「お久しぶりです。以前に貴方とこの地で別れた時には、まだこの国は建国されていませんでしたから……えぇっと」


 と、流れた歳月を思い出しながらその年月を考え出したイズレンディアに、ルーミルは若干頬をふくらました不満げな表情で、素早く答えた。


「約三百年ぶりですよ! お師匠様!」

「あぁ、もうそんなになるんですね」


 のほほん、とうなずいたイズレンディアに、ルーミルはその身体をがっくりとうなだれさせた。

 ぐっと体勢を引き上げてなおした後も、その澄んだ蒼の瞳は不満ありげに細められている。


「酷いですよ、お師匠様! いくら一人前になったからって、まだまだ幼い愛弟子に三百年も知らんふり、なんて!」


 ぶぅーと腰に手を当てて抗議するその姿は、少なくとも三百年は生きているのであろう存在には、どうひいき目に見ても、見えない。ともすれば、十五歳程度の外見年齢よりもなお、幼げな雰囲気がある。

 と、その時。


「失礼ながら、御二方」


 よく通る、優しげな声に二人して声のした方を見やると、そこには何か信じられないものを見たかのような顔をして二人を見つめる玉座の主と、つい先ほどまでイズレンディアを導いていた近衛騎士が兜を外し、黒衣の人物とは反対側の玉座の隣へと立った姿。

 そして、優しげな声の持ち主である、美しい微笑みを浮かべる黒衣の人物。


「問題がないようでしたら、色々と御話しを聞かせて頂きたいのですが……よろしいでしょうか?」


 と、やはり美しい微笑みを浮かべて尋ねる黒衣の人物のその微笑みは、イズレンディアとは本質的に異なるものを秘めているようであった。

 あいもかわらず優しげな、しかしイズレンディアにはどこか冴えた声に聞こえる彼の問いかけに、慌てたようにうなずいたのは、ルーミルだ。


「す、すみません、クロス閣下。セリオ陛下も! それと、アーフェル団長」


 ついと移動させた視線の先、その素顔をさらした近衛騎士へと、ルーミルが軽く頭を下げる。


「お師匠様を連れてきてくださって、ありがとうございました!」

「いえ。ルーミル様の頼みとあれば」


 丁寧なお礼に、丁寧な返答。それに、穏やかな声が続く。


「あぁ、やはり私を王城(ここ)へ呼んだのは、ルーミル君だったんですね」


 にこにこと嬉しそうな表情でそう言葉を紡いだイズレンディアに対し、若干申し訳なさそうな表情でルーミルがうなずいた。


「昨晩から気付いていたのですけど、僕自身色々とすることがあって……。本当は僕が一人でお師匠様に会いに行けば良かったのですが、僕の知り合いのエルフなら呼んでも良いと、セリオ陛下が許可して下さったので――思い切って呼んじゃいました!」


 そう、申し訳なさそうながらも、心底嬉しそうな笑顔で語るルーミルに対し、そうでしたか、と微笑むイズレンディアも、やはり嬉しそうであった。

 二人のエルフの穏やかな笑顔によって思わずゆるみかけた空気を正したのは、やはり、ルーミルにクロス閣下と呼ばれた、黒衣の人物だ。


「さて、とりあえず双方共にまずは自己紹介から……と言う事で」


 改めて、と言うように、やはり美しい……というよりは、いっそう恐ろしいほどに綺麗(・・)な微笑みを浮かべ直した彼は、優雅な礼でもって、自らの名を告げた。


「私の名は、クロス・ラト・エルゼリア。このシルベリア王国の宰相を勤めている者です」


 頭の後ろで束ねた、艶やかな黒の長髪。女性的な雰囲気をかもし出す美貌にそろうのは、どこか氷を連想させる、薄い水色の瞳。黒の黒衣は、よく見ると綺麗に着込まれている。

 依然よく通る優しげな声で言葉を並べた宰相クロスに、イズレンディアは彼とは決定的に違う、穏やかな笑みを浮かべて、首肯でもってそれに応えた。


「――次に、貴方を連れてきた近衛騎士ですが……」


 次の言葉を発するまでにわずかな間があったのは、自身とは正反対の笑顔を見せられたがゆえのものであったのだろう。

 しかしそれも、彼の後を次いだ硬い声によって流された。


「アーフェル・ロス・リムブス、と申します。今回は諸事情により一介の近衛騎士の姿をとっていますが、本来は近衛騎士団の団長を勤めています」


 わずかに癖がある、灰色の髪。整ってはいるが険が目立つ顔に、それを一層引き立てる刃の如き銀の瞳。

 硬い声に見合った無表情で告げる近衛騎士団長、アーフェルの言葉に、イズレンディアは再度、ゆるりとうなずいた。近衛騎士というだけで、城下の宿屋の人々はあれほどまでに驚いていたのだ。さらにその上の存在が目の前に現れた場合、彼らの反応はあれの比ではなかっただろう。


「賢明な判断ですね」


 思わずにこやかに言葉を発したイズレンディアに、ルーミルはうんうんと数回うなずき、他の三人はわずかに視線をさまよわせた。

 しかし、そこはさすが国のかなめを担う者たち。すぐに意識をもとに戻し、そして最も重要な人物の紹介へと移った。


「そして、こちらにお座りの御方が――」


 クロスがそっと、その水色の視線を注ぐ。受けた人物は、鷹揚にうなずき、自らその迷いのない、若くも威厳を含んだ声で、名を名乗った。


「私の名は、セリオ・シルベリア。――現シルベリア王国、国王だ」


 青みがかった美しい銀の髪。端正だが、男らしさを忘れていない美貌。そこにそろう、シルベリア王族特有の紫の瞳。白を基調とした国王にふさわしき衣装をまとったその姿は、まさしく一国の主たるにふさわしきものであった。

 言葉が続く。


「ルーミルの師というならば、歓迎させてもらおう。しばらくはこの王城にて、ゆっくりしていかれると良い」


 実際は、いまだイズレンディアがルーミルの師という以外に、どういう存在であるのかが明確にされていないにも関わらず、ルーミルを信じているから、といった言葉で滞在を許すのは、彼がまだ若いからこその甘さか。

 ――それとも、自らの弟子であるこの澄んだ瞳をもつ同族が、国王がこれほどまでに信頼をよせるに値する功績を、この国に積んだのか。

 真偽のほどは後で聞ける、とばかりにうなずいたイズレンディアは、実に簡単に礼を述べた。

 ……一国の、国王に対して。


「ありがとうございます、セリオさん(・・)


 ――瞬間、部屋の温度が確実に下がった。




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