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言えない一言

――病院の朝は早く、朝の6時から採血を取られ9時になった途端に頭の検査をするからと言われてCT室へ連れていかれた。

教師達の采配もあり、特別に個室に入院させてもらったお陰で、他の入院患者とはすれ違うこともなく、スムーズに診察してもらうことが出来た。

結果が出そろったところで主治医の医者が看護師と他の医者を引き連れて部屋に入ってくる。

説明があるのかと思いどきどきしながら待っていると、主治医は志信以外の人の姿が無いことに眉を潜めた。


「杉崎君のご両親は来られないのかな?昨日は学校の先生が来ていたけど……」

「うちの両親は海外赴任しているのでいません……僕だけじゃあ、病状説明って駄目なんですか?」

「いや……一応未成年だしなぁ……ちょっと、昨日の先生に今来てもらえるか聞いて?退院の話だから」


主治医の脳外科医師がカルテを横についていた看護師に渡して耳打ちをする。

……一人では退院することすらできない……

また如月に迷惑をかけることになるのかと半ばうんざりしながら、志信は下を向いた。



「いやー、杉崎!本当に何とも無くて安心したよ。とりあえず落ち着くまで学校は無理しなくていいからな。期末テストもお前の分は日程ずらすから」


主治医からの病状説明を聞きに来たのは担任の長谷川だった。

正直、また如月に迷惑をかけないで済んだと思うと少しだけ胸が軽くなる。

わざわざ長谷川を呼んだ割に主治医からの説明内容は、昨日如月から聞いたことと殆ど変わりなく、CT上頭が少し腫れているがいずれ引ける、目の青くなっているのは寝てると腫れていくことはあるが日常生活において支障がないことと数日は無理をしないようにと説明された。

そんな程度の説明だったら伝言ゲームより簡単なのだから、別にわざわざ教師を呼びつけなくたって良かったじゃないかと思う。

退院が決定した後は早々と会計を済ませ、志信は長谷川の運転する車に乗り込んだ。

メタリックブルーが鮮やかなBRZは如月のレガシィとは違い、爽やかな香水の匂いがした。


「ってか、ハセコー。何で昨日来てくれなかったんだよ」

「ん?あぁ……実は俺も杉崎が入院したって聞いたのが講義の後でさぁ。――あ、ごめん一本吸っていい?」

「お気にならさず……」


サンキュと言いながらハイライトを一本取り出し、口に銜えたまま車のエンジンをかける。


「お前がグラウンドでぶっ倒れた時、鳥塚よりも先に如月が駆け寄ったって聞いたから驚きだよ」

「え……?」


それは知らなかった……確かに意識が飛ぶ寸前に「杉崎」と呼ぶ大人の声が聞こえた気がする。

駆け寄ってきたクラスメイトの心配する声よりも、心に響いた声……あの時は誰の手が触れたのか解らなかったけど、あれは如月だったのか。


体育の授業は生徒同士の衝突や怪我も骨折も滅多にないことではない。

柔道やラグビーの授業になると打ち身や打撲痕が絶えないので、今後一切うちの子には危険なことをさせないでくださいというごく一部のモンスターペアレントまで登場するくらいだ。

しかし、普通の状態であればボールが直撃する前に無意識に防衛反応が働いて飛んで来たものから自分を守ろうと手や足でガードすることが多い。

今回志信がサッカーボールを直撃で受けてしまったのは、寝不足で授業に集中出来ず、完全にぼーっとしていたからだ。


「まさか頭にボールが直撃するなんてな。とにかく無事で何よりだ……昨日俺がそっちに行かなかったのは如月が行ってくれたから、こっちは講義の方やってたんだ。付き添い出来なくて悪かったな」

「そんなことないよ…全部ぼーっとしてた俺の不注意だから。あ、ハセコー、悪いけど学校寄って」


志信の家の方角に車を走らせていた長谷川は訝し気に志信の顔を見た。口に煙草を銜えたままハンドルを切りなおす。


「学校ぉ?お前の荷物ならちゃんと後で届けてやるよ。退院したばっかりなのにそんな無理しなくても――」

「今学校に行かないと……先生、頼みます」

「へいへい、お前も見かけによらず人の扱いが上手いこと」


ハセコーは先生と言われると気分が良いのか、それ以上尋ねてくることもなく車を学校の方へと切りなおした。


――色々、謝らないといけない。そしてきちんとお礼を言わないと。


軽快な音楽のかかる長谷川の車内で、志信はこれから如月へどう話しかけようか話題の切り口を考えていた。

期末テストが終わったら覚えてろと言い、自分の方から強引に会話を打ち切ったのに、それからこうも連日世話になりっぱなしでは立つ瀬がない。

答えの出ない考え事をしている間に、スピードの早いスポーツカーは校内へと進んでいた。

車を降りて裏口から学校に入り、長谷川に続いて志信も教室に入った瞬間、当事者の男子達が囲むように近づいてきた。


「志信っ!まじごめんっ!お前、大丈夫か!?」

「あ……篠崎、ごめんな。俺がぼーっとしてたせいだから」


クラスメイトの篠崎が蹴ったボールを直撃で喰らった右側頭部を触られる。

まだ腫れが残っており目尻も少し青紫になっていたが、視界に全く障害はない。

心底申し訳ない顔で何度もそこを触られると皮膚が少しだけピリピリ痛んだ。


「志信の美人が台無しだな……ほんっと、マジごめんしか言えねぇ」

「ははっ。俺は女子じゃないんだから、顔が紫になろうと誰も困らないよ」


他の子にぶつけなくて良かったな?と言うと引きつった笑いでそれな?と言われた。

志信の家は両親が日本に居ないので学校まで文句を言いに来る人はいない。しかし、同じ日本にいる親であれば頭にサッカーボール直撃食らいましたなんて言ったら学校まで確実に文句を言いに来るだろう。


「志信、帰るのか?」

「うん。ハセコーがとりあえず家まで送ってくれっから」


青ざめた顔で何度も頭を下げてくる篠崎の肩をもういいってと笑いながらたたき、自分の机の中にある荷物をバックの中にまとめ始めた。

家までは責任をもって送るという長谷川が入口で待っている為、教室に長居はできない。


「ん……?」


カバンに入れようとした英語の教科書がチャリと金属音を鳴らす。

本の隙間を確認すると、小さい紙切れと可愛い猫のキーホルダーがついた鍵が入っていた。


「”Wait a moment at an apartment until work ends.”……仕事が終わるまでマンションで、待て……?」


この綺麗な筆記体は間違いなく如月の字だ。

宛先も何も書いてないが、この鍵とメモは間違いなく志信宛てのはず。

今日彼は7限目までびっしり授業が入っている為、今教室で待っていても会えないだろう。


――どうして、俺が教室に寄ると気付いたのだろう?ってか、このメモを知らない奴が取ったらどうするつもりだったのだろうか……


「荷物取ったかー?家に送るぞ杉崎」

「あ、ハイ……」


長谷川に催促されて教室を後にする。

志信の顔を見てぐすぐす泣いている加奈子の頭をぽんと撫で、教室を出るまで何度も詫びる篠崎にはもう一度気にするなと言い、手を振る。




*********************************************




「……よし、これで変装は完璧」


家まで長谷川に送ってもらった後、志信は帽子とジャンバーで変装して如月のマンションに向かっていた。

にゃん吉を家に連れて帰らないといけないし、メモと鍵がわざわざ置いてあったということは、勝手に部屋の中に上がっていいということなのだろう。

エントランスにある二重扉はセキュリティロックがかかっているが、如月の残した合い鍵を差し込めば簡単に開くようになっている。

それはわかっていたのだが、鍵を差し込んだ瞬間、ドアがいきなり開いて思わずびくりとしてしまう。


……別に悪いことをしているわけではないのだが、家主不在の家に入るのはかなり気が引ける。

如月のメモを手に持ちながら、意を決してエレベーターの15階のボタンを押す。見慣れたフロアを歩き、二つしかないドアの片側に鍵を差し込んだ。

カチャリとドアを開けた瞬間、部屋の中から2匹の猫が勢いよく飛びついてきた。

その二匹の衝撃で後ろに転びそうになるが、猫を部屋から逃がしてはいけないのでドアに掴まり体勢を整える。


「にゃん吉、留守にしてごめんな……シノブも、一緒に居てくれてありがとう」


猫二匹を肩に乗せて、お邪魔しますと言いながら室内に入った。

真っ白で綺麗な部屋は、相変わらず男の一人暮らしとは思えないくらい整頓されている。

いつも勉強しているガラステーブルの前にあるソファに腰掛けて、持って来た荷物をソファー横に置いてみるが、家主が居ない分何となく落ち着かない。


「あ、そうだ……マンションにお邪魔してること言わなきゃ」


カチカチと携帯のメールを送信し、ふと視界に入った如月の仕事用のパソコンを見やると、そこは前よりも書類が増えているように感じた。

……そういえば、自分の勉強を見てくれている間は如月が家で学校の仕事をしていない気がする。

最初メモをくれた時は殆ど家で仕事をしていると言ったのに、もし自分がいるせいで仕事ができないのであれば、今後はもうここに来るべきではない気がする。


「ハセコーには期末もずらすって言われたし……テストが関係ないなら、もう此処に来ることも無くなるかな……」


心の中にぽっかり穴が開いたようだった。

ずっと如月と一緒に個別授業をしてもらい、他愛ない話をしている時間はものすごく楽しかった。

――そんな魔法のような時間も、そろそろ終わりを告げようとしている。

親が側にいなくて一人は楽だと思っていたのに、如月との個別授業が無くなってしまったら一体何を楽しみに頑張ればいいんだろう。

もうネトゲには十分使えるプリーストが居て、固定メンバーも困っていない。あそこには自分の居場所がないのだ。

今度は期末テストという期間が終わろうとしているので、如月の側にだって自分の居場所があるわけじゃない。

それに気づいてしまった志信は重いため息をついて、まだずきずき痛む頭を押さえながら重たい瞳を閉じた。

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