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忘れていた事実

期末テストまで残り一ヶ月を切ったところで、久しぶりにネトゲにログインする。

相変わらずの固定メンバーは変わりなく、お帰り!待ってたよ!とスカイプとゲーム両方から野郎共の熱烈な歓迎を浴びた。

志信の使っていたキャラはログアウトした時のまま、街の真ん中にぼんやりと立っている。

プリースト・シノブの周りをウロウロしている仲間のキャラ達は少し見ない間にレベルが上がってた。

マサを追いかけてきた女の子達は立派なプリーストとして、突然居なくなった志信の代わりに固定メンバーの助けとなっていたようだ。

女子が入った楽しそうなスカイプも身内ネタが多く、かなり親しくなっているようだ。

スカイプはついていけないし、プリーストがいるなら自分は必要ない。もう、ゲームを引退しよう。そう思っている矢先にメンバーの一人がぽつりと呟く。


『シノちゃんがこっちに帰ってきてくれたら、マサも来てくれねーかなあ?』

「え……」


相手にはマイクを入れてないので聞こえないと分かっていつつも、思わず呟いてしまった言葉に志信は慌てて口を塞いだ。


『シノちゃんが居なくなってから、マサも殆どこっち来なくなったし、来ないの?って携帯に連絡したら仕事だって言うしなぁ』

『前だったら多少仕事が立て込んでいても来てたのに……何かあったのかな?』

『あたしなんてぇ、雅臣先生がネットゲームやってるって聞きだしたからコレ始めたのに。もーショック』


――違う。

マサは狩りに行かないのではない……行けないのだ。

俺が、マサの家にほぼ毎日押し掛けて、勉強を教えてもらいに行ってたから……


マサは、相棒の俺が居なくなったからゲームをしなくなったのだろうか?それとも、単純に俺が押しかけてやる暇がないだけなのか。

テストが終わって、俺が家に押しかけなくなったら、マサはこのみんなの輪に戻るのだろうか……?

答えの出ない問いに、項垂れていると仲間の一人がマサにスカイプコールを押していた。

そして勝ち誇ったように笑っている。


『ふっふー。マサのスカイプコールしちゃった。これで来るかな?もし来てくれたら今日はガンガン狩るぞー!!』

『きゃー!トキ君偉い!!先生来るかなぁ?』


はしゃぐ仲間達の声に呼応するかのように、マサはすぐ反応してスカイプを立ち上げた。

しかしゲームの方にはまだログインしていない。


『ごめん、ちょっと電話させて』


マサは手短にみんなに久しぶり、といつもの優しい声で挨拶だけすると、パソコンの前でどこかに電話をしている音が聞こえた。

それとほぼ同時に、ベッドの上に置いてある志信の携帯が鳴り、思わずびくりとする。

こちらはマイクを繋いでいないので、携帯が鳴っている音はみんなには聞こえないが、マサが誰かに電話をかけているという様子はスカイプを介して中継されている。


(ふざけんなよっ……これに出たら……)


赤面しながら1人で慌てていると、仲間達がニヤニヤ楽しそうな声で口笛を吹いていた。


『何だよ~マサ、まさかシノちゃんと愛の電話?』

『そうだよ。ちょっと待ってて』


ふふっと笑いながら、いつものように煙草に火をつけている音が聞こえる。

一体マサはどういう気持ちでこの電話をかけているのだろう……

電話を取ってマサを追いかけてきた女子を牽制したいという気持ちと、このメンバーに自分の素性がばれたら今まで遊んでいたことが、全てネカマとして皆を騙していたことを暴露することになる。

二つの相反する気持ちに板挟みされて息が詰まりそうだった……早く電話が切れてほしい――

如月が煙草の煙をふぅーっと吐き出し、パタンと携帯を閉じた音と共に志信の携帯にかかっていた着信も切れた。


『……さて、久しぶりに狩るとしますか』


何事もなかったかのようにそう話すマサの声に、スカイプの先で今日は狩るぞーと楽しそうに叫ぶ仲間の声が聞こえた。

無敵プリースト・シノブとそのナイト・マサのコンビが帰ってきたことは、この3年間つるんできた仲間達を大いに沸かせていた。



一ヶ月以上のブランクがあっても、身体というものはゲームを「感覚」で覚えているらしい。

久しぶりだというのに、容赦ない仲間達はいきなり面倒な魔物達の多い迷宮にワープする。

遭遇した大ボスを狩りに行っても、マサのナイトと志信のプリーストの動きは阿吽の呼吸で動ける。

その動きをみて惚れ惚れすると仲間達から感嘆の声が上がった。


『やっぱ、マサとシノのコンビは最強だよなあ……安心して背中を任せられる……』

『ちょっとぉ~あたしじゃ力不足だっていうのー?もう頑張ってシノちゃんのレベル30も超えたのよ?』

『いやぁ……レベルとかの問題じゃなくて…デスネ』


女子というのは負けず嫌いが多いらしい……あれだけ面倒なレベル上げをよくもまあ好んでやると思う。

それも全て、シノブのレベルを超えて、マサのレベルと一緒になれば一緒に冒険できる相棒にしてもらえると思っているのかも知れない。

確かにキャラが強いことはありがたいが、数ヶ月の付き合い程度では彼らがどう動くかなんて把握できないだろう。


「……残念だけど、マサは俺の相棒なんだよ……」


マイクもつけず、相手に聞こえないとわかっているから、残酷にそう呟く。

例え俺がネトゲを引退して、マサがそこに残ったとしても……あいつは間違いなく俺を選ぶだろう――



ネトゲをわいわいみんなで行うのは楽しい時間ではあるが、今はマサに勉強を教えてもらっているのに、いつまでもこうやってゲームをしているわけにもいかない。

4匹ボスを倒したところで志信は慌ててそろそろ落ちますとチャットをいれた。まだ冒険をしていた仲間達に「お疲れ、またな」とか「おやすみ」と優しい言葉が飛ぶ。

パソコンを閉じて、ベッドの上でごろごろしていると、枕元に置いていた携帯が再び鳴った。

発信者を確認するとマサからだった。もうスカイプも落としているので、この電話に出ても誰かにばれる心配はない。


「……もしもし……」

『杉崎?今日は勉強に来ないのか?』

「毎日先生のトコ行って申し訳ないから……今日は家でおとなしく自主学習します」


電話越しで如月はへぇ、と笑いながら煙草に火をつけていた。ふぅーっと静かに煙を吐き出す音が聞こえる。


『ゲームでもしてたのかな?』

「なっ……!?」


図星を突かれて思わず上擦った声を上げてしまった。落ち着け、まだマサに志信がシノブと同一人物だってばれてるわけじゃない。


『ははっ。別にゲームすることをダメだなんて言わないよ?杉崎はきちんと勉強してるし、結果に出してくれるなら息抜きは必要だろ。あと、明日の英語は小テストするからいい点取れよ』

「え、テストの問題教えてくれるんですか?」

『おい……それじゃあ抜き打ちの意味無いだろう。俺が杉崎に教えた部分をもう一度復習しておけば、いい点数取れるんじゃないかな』


苦笑する電話越しからは猫の小さな鳴き声が聞こえた。それにトントンと灰を落とす音と、もう一口煙草を吸う音――……


「…先生に毎日勉強教えてもらってるのに、いい点数取れないとメンツ立たないよね。頑張ります」

『ははっ。いい点数取れたら何かご褒美をやるから考えておけよ』



英語の抜き打ち小テストにクラス全体からどんよりしたため息が漏れていたが、昨日如月から電話をもらっていた志信は、言われた通り個別授業で教えてもらった部分を重点的に復習していた。

そのお陰で、クラスでもかなり順位が高いテスト結果を出し、自己採点をしていた加奈子がこの答案用紙間違いじゃない?と後ろの席でぼやいている。


「前回赤点クラスの志信ちんとは思えない上がりっぷりね。ねぇねぇ、一体何してたの?まさか……カンニング?」

「それ、すげぇ失礼。俺も勉強しなきゃなって悟ったのだよ。んじゃ昼飯買いに行ってくる」


軽くドヤ顔しながら加奈子にそう告げ、昼食用のパンを買うために一階の購買部へ足を向ける。

点数がよかったのは昨日如月から事前に小テストがあると教えてもらったし、範囲を教えないと言ってたくせに個別授業でやっていた部分をやれと暗に言ってくれたからだ。

あの情報がなければ、きっとネトゲの後寝ていただろうしいい点なんて取れるわけない。

小テストとは言え、前回より20点も上がった結果に少し上機嫌になりながら、如月に何のご褒美をもらおうかぼんやり考える。

軽い足取りのまま階段を半分程下りた所で、廊下を歩く如月の後ろ姿が視界に入った。


「あ、先――」


昨日のお礼も兼ねて如月に声をかけようとしたが、担任の長谷川と歩きながら何か話をしていたので声を噤んで咄嗟に柱の陰に身を隠す。


(……何で俺隠れてるんだろ……)


「――……如月先生が副担任になってくれたお陰で、生徒達の成績が伸びて助かっています」

「いえ、私に出来ることは生徒の話を聞くくらいですし」

「特に杉崎の成績はすごく伸びてますよ。彼は家庭環境が特殊でして…ご両親がずっと海外にいらっしゃるから、なかなか難しくて」



ドクリ



心臓が嫌なリズムを奏でていた。

――俺の、こと。



それ以上二人の会話は何も聞こえなかった……

志信は目の前が真っ暗になり、足元がひたひたと少しずつ冷えていくのを感じた。

そうだ、元々マサは……


「父さんに頼まれて、俺に特別授業をしてくれてるんだっけ……」


マサとの個別授業があまりにも楽しくてすっかり忘れていた。あいつは俺に好意でこんなことをしているわけじゃない。

そもそも、最初から父からメールが来たって言ってたじゃないか。介入してこない親の身代わりに、俺を監視の目的も兼ねてきっと家庭教師みたいなことを引き受けてくれたんだ……


忘れていた事実に気付き、階段に座り込んだまま志信の身体は動けなくなっていた。

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