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疑惑

先日鳩山に呼び出された一件で、如月から電話とメールアドレスを教えてもらったが、学校で彼の態度が変わることはなかった。

思えば、副担任とは言え、正直授業以外で関わることが殆どないことと、親衛隊のように常に纏わりついている女生徒達がいるから何かとりわけ個人的な話をするタイミングなんてない。


「……また女連れて歩いてるし、あいつ」

「お、志信ちん珍しくヤキモチ?如月先生かっちょいーもんねぇ。連れて歩いてるっていうか、勝手にD組の女子がくっついてる感じだけど」


ちらっと如月を見ると加奈子が言うように少し困惑した顔をしているようだった。


「ねぇ~先生。こないだの範囲わかんないんだけどぉ」

「あ、ずるーい!ハセコーよりも如月先生に教えてほしくて」


教科書を持ちながら、授業のことが分からないと言いつつも、その流れで如月のプライベートなことを聞き出そうとしている。

……まさかとは思うが、先生!最近の趣味は何ですか?とか訊かれて、この取り巻きにネトゲのことをぽろっと話した挙句、相棒の「シノブちゃん」のことまで言われたら大変だ。

仮にネトゲの話に花が咲いて、如月に志信の素性がばれたとしても問題ないが、あの口の軽そうな女子達にまで知られてしまったら、面倒な教師連中を通して両親に何を吹聴されるかわかったもんじゃない。

……何とか如月の趣味についての話は口止めしなくては。

今日ログインしたらその話でも振ってみようか……





『――珍しいなぁ、シノの方から呼び出しなんて』


如月が学校の仕事を終えて帰ったのを見計らってメッセージを送り、二人でチャットの待ち合わせをすることにした。

一緒にネトゲをしてきたこの3年間、こちらから二人きりの会話を持ちかけたことは一度もない。

それが嬉しかったのか、いつもより少し機嫌の良さそうな如月の声を聴いていると罪悪感を感じる。

俺はキーボードの前で項垂れながらコメントに詰まっていた。


「……何て書いたらいいんだろう……バラしちゃった方がいいのか……それとも」


学校ではネットゲームの話をしないで、とでも言うべきだろうか?

それともストレートにシノブの話題は出さないで欲しいとか――。

出来るだけ穏便にことを済ませられる言葉を探してチャットを戸惑っていると、如月が痺れを切らしたのか、煙草に火をつけて吸っている音が聞こえてくる。

――心地よいそのブレス音と、ゆっくり煙を吐き出す音。


『――大丈夫だよ、俺は学校で”他人のフリ”をしてるはず』


よく考えたら、如月は教師なのだから熱中すると勉強が手につかなくなるゲームの話題など、生徒の前でわざわざ出すわけがない。――心配するだけ無駄だったか。


『……俺は、シノとゲームだけじゃなくて…本当の相棒になりたいんだけどね……』

「え……?」


煙を吐き出す音と共に、切なく呟かれたその言葉に返答する間もなく、いつものメンバーからの呼び出しであるスカイプコールが鳴る。無情にも二人だけの時間はそこでぷつりと途切れた。



今日のゲームは珍しくミスが続いて仲間のキャラがばたばたと敵にやられて倒れてしまった。

魔物に倒されてしまうと強制的に街に戻されるシステムとなっており、全員見事に街の中央に戻って来たところで笑いながら今日はここまで、とお開きとなる。

集中できないのは先ほどの如月の呟きが気になっていたからだが、それだけじゃない。

仲間達が敵にやられたことで持っているゲーム通貨や経験値が減ってしまったことに対して詫びていると、そんな日もあるでしょと笑ってくれた。


「……何、やってんだか」


目頭を押さえ、パソコン前で小さなため息をつく。

ゲームだけじゃなくて、本当の相棒って?一体彼は何をしたいと言うのか。

学校では他人のフリをしているという発言から、いつも傍にいる女子達は”シノブ”ではないと気付いているようだ。

このまま悶々と一人で悩んだところで、本人に聞かない限りあの発言の意図は分からない。

悶々悩んでも仕方がないからもう寝ようと思い、椅子から立ち上がるとベッドに放り投げていた携帯が鳴る。


「…こんな遅い時間に誰だよ……」


――時計を見ると0時を回っていた。

今日は早めにメンバーとゲーム解散となったから既にパソコンのスカイプを落としていたが、この時間はマサとの雑談タイムであり、スカイプチャットをしている。


発信の相手は如月からだった。

出るべきか、出ないべきか……携帯を持ったままベッドの周りをうろうろしている間に着信は切れた。

……もし如月に明日何か言われたらこの時間だし、寝てたことにしておこう……

言い訳を考えることが、どうしてこんなに後ろめたい気持ちになるのか。

心臓に悪い思いをするくらいなら、――いっそのこと、マサやみんなに「今までごめん」って言って男として通してしまった方が楽なのかもしれない。




「失礼しまーす……」


翌日、機材室に呼び出された志信は恐る恐るドアを開けた。

狭い機材室の奥で書類をまとめていた如月はこっち、と志信を手招きする。


「如月センセー、何ですか?」

「あー、昨日は遅い時間に電話してごめんね」


如月はいつもと変わらない態度で接してきてくれたが、電話という言葉に思わず一瞬顔が強張る。

昨日考えた言い訳を言えばいい話なんだから、落ち着け自分。冷静になるよう自分の心を諭す。


「……すいません、先生からの着信気付いたんですけど寝ちゃったんで」

「いや、寝てるよねあの時間だし。日直さんはこれ持って」


手を出せと言われて両手を伸ばすと、その上にドサドサと大量の英語テキストを重ねられる。次のテストに向けて使う教材らしい。なぜこんな時に限って日直が一人なんだと恨めしくなる。


「くっそ重い……」

「半分持つよ」


くくっと笑う如月はネトゲのことや、昨日の電話の要件について何も言ってこなかった。それどころか、本来日直である志信がやるべきテキストの運搬を半分持ってくれる上に、空いた片手にはヒアリング用のCDプレイヤーと別に使う英語のテキストと機材を小脇に抱えている。


機材室から教室までの道のりを二人で静かに歩く。これは、如月の口止めのチャンスではないか。

……でもその話をするなら自分が「シノブ」です。騙すつもりは全くなかったけど、偶然女キャラを作ってしまったのでそのままネカマやってました、と白状しなくてはならない。

……第一、如月はシノブが女だと思っているはずだ。そうでなければ3年もの間毎日毎日愛してるなんて言うわけがない。

この隣にいる男に、お前は三年間ガキに騙されていたんだよと伝えるのはあまりにも酷な気がする。


「――俺の顔に何かついてる?」

「いえ……何でもないです」


如月の距離感は絶妙で、初対面や慣れない相手には自分のことを「私」や「僕」と話すが、時折こうして「俺」と言うことがある。

それを聞くと、先生がネットのマサとかぶってしまい、それ以上何も言えなくなってしまう。

気まずい沈黙のまま教室に入る。ざわついていたクラスも如月が流暢な英語で挨拶しながら中に入ってくると静かにみんなも席につく。

始業の鐘と共に、本場のような英語の授業が始まった。





「……で、これがマサに惚れ込んでついてきた女達ってわけか」


帰宅していつものようにスカイプを起動すると、何やら嬉しそうな仲間達の声が聞こえてくる。

その背後からは黄色い声が聞こえる。最初は仲間の誰かが連れ込んだ彼女の声か?と思ったがどうやら違うようだ。

よく見ると、いつものグループメンバーに新しく3人の女性が増えていた。

名前は忘れたが確か隣のD組の中核的存在で、いつも如月の周囲にくっついている女子だ。


『喜べシノちゃん!女の子の仲間が増えたぞ!』

『勧誘した俺っちちょー偉いじゃん。マサの学校の生徒さんなんだってよ?』


……あぁ、なるほど。

この子達は如月がこのMMORPGをやっているという情報を何かから聞き出したのだろう。

全体チャットや街の中でアピールすりゃ大体人の目に止まる。

同じ名前を作ることは出来ないのだから、学校の名前や、マサの名前を出せば誰かしら反応するだろう。

志信の固定メンバーがマサの名前に反応して、この子達をスカイプのグループにスカウトしたというわけだ……


『シノちゃんってー、マイクないのぉ?話しながら遊ぶ方がチョー楽しいじゃん?』

『何、何?家庭の事情的な。』


「……俺はお前らみたいに男漁りにゲームしてんじゃねーんだよ…」


――ネットの世界なのだから、少しくらい言葉を気を付けるべきだと思う。

いきなりはじめましてもなく参加してきた上、人の個人的な事に無神経に介入してくる。

相槌を打ってる仲間達のトークにケラケラ笑う女達の声を面倒だと思いながらも、ヒーラーとしての仕事をしながらスカイプにいちいちタイピングするのはかなり難しい。

幸か、不幸か新しく入ったメンバーは3人共プリーストだった。これで自分の役目も終わると思い、この面倒になってしまったグループから出たいことを告げるが、他の仲間にシノちゃんが居ないとダメだとあっさり却下された。

1時間程近場で冒険したところでスカイプのオンラインが光る。


『あ、雅臣先生きたー』

『お待ちしてましたぁ~』


後から遅れてきたマサに対し、女達はきゃあきゃあと盛り上がり、ログインしてきたレベルの高いマサのキャラに纏わりついてハートマークのエモーションを出している。

話に自分の言葉で参加することの出来ないグループチャットに、居場所がないような気がした。


『マサお帰り~!狩り行こうぜ』

『……あぁ……』


志信が反応しないことが気がかりだったのか、如月のテンションはいつもより相当低かった。

纏わりついている女子達の会話に適当に相槌を打っているものの、その話もあまり聞いていなさそうだ。

無言で仲間キャラの回復に専念している志信の横に個別チャットメッセージが送られてくる。


(ただいま、シノ。元気ないのか?)


……わざわざそこまで気を使わなくていいのに、学校と変わらないマサの優しさに思わず涙が出そうになる。

どんな時でも、こいつは相棒のシノブを第一に考えているのだ。

三年間ずっと変わりない愛を囁いてきた対象の「シノブ」が男でしたなんて今更言えるわけがない……

志信は「何ともない、大丈夫」と個別チャットを送り気持ちを切り替えた。

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