おまけ①「可愛いベイビー」
おまけ①【可愛いベイビー】
男が、走っていた。
ぜえぜえはあはあ言いながら。
きっと、傍から見れば、「なんか変な男が急いでいた」くらいのことだ。
だが、男にとっては一大事だった。
勢いよくドアを開けると、まずは怒られた。
「もう少し静かにお願いします」
「はあ、はぁ、ああ、すまない」
「どなたの面会ですか?」
「アンナ!アンナだ!」
こちらへ、と案内されるままに男は歩いていく。
一室に辿りつくと、中には赤ちゃんを抱いている女性がいた。
「アンナ!」
「リーダス!早かったわね!」
黒髪の女性、アンナは、ちょうど赤ちゃんにおっぱいをあげている最中だった。
必死になってお乳を吸っている様子に、アンナの夫、リーダスは顔を緩ませる。
吸い終わった赤ちゃんを抱き起こし、小さく「げぽっ」となったのを確認する。
「はい、リーダス」
「え!?」
「抱いてあげて。仕事で出産直後はこの子に会えなかったんだし」
「う、うん」
「見て。私たちに似て、真っ黒な綺麗な髪してるでしょ」
そーっと渡すが、リーダスは普段からは想像できないほどおろおろとしている。
初めて手にした自分の子は、とても繊細ですぐに壊れてしまいそうだ。
「この子が一番可愛いな」
「ふふ。すっかり親馬鹿さんね」
「本当のことだろ?可愛いなー。早く話すようにならないかなー」
「気が早いわよ」
まだ生まれたばかりだというのに、この調子だ。
リーダスは怖くなったのか、すぐにアンナに戻した。
「名前は?決めたのか?」
「まだよ。一緒に決めようと思って」
ぽんぽんと背中を叩いているうちに、すやすやと寝てしまった。
赤ちゃんを横の小さなベッドに寝かせると、アンナはリーダスを見て笑った。
走ってきたからか、髪がとてつもなく乱れていたのだ。
それを手櫛で簡単に直す。
「何がいいかしら?」
「ジェリーとか!コノとか!フィンとか!バーノンとか!ええと、あとは・・・」
「落ち着いて。ゆっくり考えて、良い名前にしましょ」
病院を退院し、アンナとリーダスは二人の家に帰った。
未だに決まらなかった名前。
目もしっかりと開くようになり、よく泣くようにもなった。
朝から夜まで、ひっきりなしに泣く。
そんなある夜、アンナは赤ちゃんを抱きながら夜月を眺めていた。
「どうした?アンナ。そろそろ寝ないと倒れるぞ」
「見て。今夜は満月よ」
「ああ本当だ。綺麗だな」
「あ、そうだ。ねえ、この子の名前、ルナにしましょう」
「ルナ?」
「ええ。この子はルナ。あの満月のように、いつか、みんなを照らす明るさ。暗闇に浮かぶ、灯台。ダメ?」
「いいよ。良い名だね」
そうやって育てられたルナは、二人の願い通りに育っていく。
太陽ほど輝かなくても良い。
ただ、人の弱みを分かってあげられる人になってほしいと。
「アンナ、またルナが怪我したんだって?」
「そうよ。ルナは強いんだから」
「いや、そこじゃなくて」
「友達がいじめられてたんですって。それを助けただけ。なのにルナが悪者なんて、おかしいじゃない?」
「まあ、そうだな。いや、喧嘩なんてさせるんじゃない」
「どうして?」
「大事なルナが嫁に行けなくなったらどうするんだ」
「・・・ああ。そうね。でもそれはそれでリーダスは喜ぶんじゃないの?ずっとルナが家にいてくれるのよ?」
「ああ。そうだな」
少々ズレた会話をしているが、ようするに、二人ともルナを愛しているということ。
まさかこの時は、ルナが結婚して、子供まで産むなんて、きっと想像さえしていなかったんだろう。
だからこそ、この一時を大切に、彼らは今を生きる。
「ルナ、また喧嘩したのか」
「だって、ルナのことブスって言うんだもん!」
「俺が始末してくる」
「お願いだから落ち着いて頂戴」