タ―シャ
私は、祈り続ける。
この血を終わらせるために。
第五性【タ―シャ】
私は、売女として生まれ育った。
だから、小さい頃からそれが当たり前だと思っていた。
想いなんてない男性と出会い、ただ身体を与えて、それに見合ったお金をいただく。
男の方だって、そういうものだと思っていた。
私のことが好きなわけではなくて、欲求を満たす為の道具。
「タ―シャちゃんって言うのー?可愛いねー。今日は何してもらおうかなー」
最初は気持ち悪いとしか思わなかった。
だって、卑下た笑みを向けてくるから。
他の売女の方も、何も考えない方が良いと言っていた。
「タ―シャちゃんの黒髪は、本当に綺麗だよねー」
「ありがとうございます」
黒髪のストレートロングに、茶色の目。
特に際立った外見ではないけれど、黒髪が好きな男性も結構いた。
「お疲れさん」
「ルシュ―ムさん、お疲れ様です」
私には、友人と呼べる人がいた。
それが、ルシュ―ムさん。
同じ売女なのに、気高いように感じるのは、ルシュ―ムさんの金色の髪と真っ青な目のせいか。
「あれ?」
「何?」
「ルシュ―ムさん、お腹大きくなってません?」
「あ、バレた?」
へへ、と笑うと、ルシュ―ムさんはお腹に赤ちゃんがいることを教えてくれた。
酒場で出会った男性との間に出来た子のようだ。
「ムーランさん、でしたっけ?」
「そうそう。酒癖悪くってね。困ってるのよ」
そんな文句を言いながらも、ルシュ―ムさんは幸せそうだ。
羨ましいな、なんて思っていると、こんなことを言われた。
「そうだ!今度、気晴らしにコロシアムにでも行かない?仕事抜きで!」
「え、休みもらえますかね?」
「貰うわ!」
最近、コロシアムという競技場が出来た。
その中では、選りすぐりの剣闘士たちが戦い、強さを競っているとか。
勝ち進んで行った上位の人は、また次の戦いに出る。
それによって、お金を貰えるようだ。
「殺し合いなんて、怖いよ」
「殺し合いじゃないわよ。殺すのはご法度だって聞いたわ。だから平気よ」
「そうなの?」
あまり気が進まなかったけど、ルシュ―ムさんと一緒ならと、私はコロシアムに行くことにした。
「すごい人!」
右を見ても左を見ても、人、人、人。
なんとか席には座れたけど、立ったまま観戦する人までいる。
ドキドキしながら、始まりのゴングが鳴るのを待っていた。
ゴ―ン、ゴ―ン・・・
瞬間、周りが一斉におおおおおお!!っと雄叫びを出した。
思わずビクッとなって、目を大きく見開く。
何十人、それ以上の何百人といるだろうか。
何回かに試合を分けて、上位の人達同士でまた戦うようだ。
怪我をして去っていく人が続出する中、私はある一人の人に目を奪われた。
その人は、とても綺麗な銀色の髪をしていた。
背も回りより少し高いので一八〇くらいあるだろうか。
その人は剣を持ち、無駄な動きをせずに相手を倒していく。
楽しそうでもなく、つまらなさそうでもなく、なんというか、淡々と。
でも、蝶のように舞う姿は、剣闘士とは思えない。
日が暮れて、決着は明日にまで伸びてしまった。
「あー、ここしばらく女抱いてねぇな」
会話が、聞こえて来た。
「この辺で女売ってるとこあったか?」
怖くて、顔をあげられなかった。
「おい、あそこに良さそうな女いるじゃねーか」
ルシュ―ムさんも気付いていたのか、男たちの言葉を聞くと、私の手を握った。
そして勢いよく走って逃げようとしたけど、男たちに囲まれてしまった。
「姉ちゃんたち、どうせ売女だろ?」
「一回相手してくれよ」
「あ?そっちの女、腹出てねえか?」
すぐにルシュ―ムさんのお腹に気付くと、男たちは一斉に私を見た。
「腹ボテ女はいらねえよ。おい、こっちの姉ちゃんでいいや」
「ちょっと!この子に触らないで!」
「邪魔だよ!」
「ルシュ―ムさん!!」
地面に叩きつけられるように、ルシュ―ムさんは投げ飛ばされた。
私は何も出来ず、きっとこのままこの男たちに抱かれるのか。
けど、決して神様は私を見放さなかった。
「女二人に男何人がかりで口説いてんだよ」
「なんだと!?」
ルシュ―ムさんは倒されることなく、金色の髪を靡かせた男性によって支えられていた。
その男性は赤い目をしていて、背もとても高い。
「おい、こいつハボックだ!」
「ハボック=ソワレか!!?やべえ・・・」
私は初めて聞く名だったけど、その名にはルシュ―ムも聞き覚えがあったようだ。
ハボックさんから逃げようと、男たちは走りだそうとしたけど、一瞬にして持っていた剣が、鞘ごと斬られてしまっていた。
何が起きたのかと思っていると、先程自分が見入っていた人がいた。
「・・・何事だ」
「セドル、何事だって聞いてから普通は攻撃するんだぜ」
「やべえ!セドルまで来やがった!!!」
ひいーっと叫びながら、男たちは走り去ってしまった。
セドルさんというようで、目は青くてとても綺麗だった。
「セドル、ほらこの子。あの時の酒場の子だよ」
「・・・・・・」
「何だよ、覚えてねぇのか?酒のんで暴れてた男、いたじゃねーか」
そのハボックさんの言葉でようやく思い出したようだった。
詳しいことを聞いてみると、ルシュ―ムさんとムーランさんが出会った酒場に、ハボックさんとセドルさんが来たことがあるようだ。
その時もムーランさんがお酒を飲んで暴れて、ハボックさんが止めに入ったとか。
セドルさんはじーっとそれを見ていただけのようだ。
「気をつけて帰りなよ。お腹の子もね」
「ありがと。ハボックもセドルも、怪我しないようにね」
「はは、ありがとう」
セドルさんとはあまり話せなかったけど、二人とも良い人だった。
自分が売女であるなんて言えなかったくらい。
いや、知っているのかもしれない。
あの日からしばらく経って、私はまた知らない男性に抱かれようとしていた。
目を瞑って終わるのを待っていると、男性の勘に触ったらしく、怒って帰ってしまった。
ルシュ―ムさんは子を産むために仕事を辞め、ムーランさんのところにいるらしい。
だから、私には誰もいなかった。
私たち売女を取り仕切っている女性に、今日の男性から連絡があったようで、お仕置きされてしまった。
身体のあちこちが痛いし、でも抵抗も出来ない。
手足を縛られ、ただ鞭で叩かれるのを我慢していた。
「あんたら、拾ってやったのになんだい!次から次へと問題起こしやがって!!!」
肌や向けて血が出ても、止めてもらえない。
こんな汚い身体、彼には見せられない。
こんな醜い肌も心も、彼には知られたくない。
ちっぽけな私の意地だったのに。
「そのへんにしてやれ」
「ああ!?」
こんなにも、私の中に留まっている。
「あんた、誰だい」
「名乗るほどのもんじゃぁない」
「はっ。この子に同情でもしてるのかい?なら、金払って買ってやりな。それがこの子のためさね」
もっと綺麗な洋服を着て、もっと綺麗に髪を梳かして、もっと綺麗にお化粧をして、貴方に会いたかったのに。
ジャリン・・・
「なんだい?これは」
「金だ。この女の一生分のな。いいな」
袋に入ったお金を確認すると、女性は嬉しそうに媚びを売り始めた。
無言で私の縄を解くと、私の身体を担いだ。
「え!?」
近くの宿に連れて行かれ、ベッドに座らされる。
私の一生分のお金を払ったということは、きっと一生相手をしろということなのだろうか。
彼も男なのだから仕方ない。
そんなことを一人で思っていると、白い服を投げつけられた。
広げてみれば、きっと彼のものなのだろう大きさのシャツであった。
「(着ろってことかな)」
それにしても、話さない人だ。
「あの、ありがとうございます。えと、私は何をすれば?」
「・・・・・・」
彼は椅子に座って足を組み、手も胸の前で組んだ。
相変わらず、綺麗な髪だ。
「もうあんな仕事しなくていい」
「え?」
「・・・聞いてなかったのか。俺はお前の一生分を買った。もう過去のことは忘れろ。これからは俺といればいい」
「・・・はい?」
目をぱちくりとさせてしまった。
だってだって、いや、だって。
彼が言った内容はまるで、その、世間一般でいうところの、プロポーズのように聞こえてしまったから。
傷は大丈夫かとか、シャワー浴びてこいとか、とっても不器用に接してくるけど。
無条件に差し伸べられる彼の言葉は、何よりも嬉しかった。
私は思わず泣いてしまったけど、彼はずっと私の背を摩ってくれていた。
それから彼と過ごすことになったけど、コロシアムで剣闘士として戦う彼が心配でないといえば嘘になる。
ルシュ―ムさんには便りを送って、ハボックさんにはなぜか彼とのことがバレていた。
ハボックさんにも大切にしている女性がいるみたいで、名はラヴィをいうらしい。
彼が強いことは分かっているけど。
そう言うと、ハボックさんは笑って、頭を撫でてくれた。
なんでも、コロシアムに出る人達というのは、そのほとんどが、いなくなっても困らない人と言われているそうで。
セドルさんは私に出会えてよかった、なんて言われてしまった。
でも、それは私の方とも言えず。
ある日、彼のことを知りたくて、思い切って聞いてみた。
「あの、セドルさんにはご家族は?」
「母親はもう死んだ。父親は知らない。妹はいる」
「妹さん?」
「ああ。ムーランとルシュ―ムが会った酒場の店主やってた」
「え!?」
どうやら、たまたまハボックさんと行った酒場で、妹さんが働いていたようだった。
しかも店主なんて。
見た目も似ているようで、銀の髪に青い目。
「なんて言うんですか?」
名前・・・と続けると、彼は照れているのか、頭をぽりぽりかきながら答える。
「スカルモ」
「スカルモさん?私も一度会ってみたいです」
なんて、きっとそう簡単には会えないだろうけど。
でも、彼のことをひとつでも多く知りたいの。
それは欲張りなことかしら?
でも、彼はスカルモさんのことを色々話してくれた。
スカルモさんは酒場の店主をしていて、常連客の男性と仲が良かった。
その男性客はロマーレ=ビーといって、青い髪に水色の目をしているという。
顎鬚を携えていて、セドルさんが言うには、自分が思っていたよりも若かったとか。
威厳があるように見えたのか、それとも単に老けて見えたのかは、私にはわからない。
背も彼くらいあって、愛想も良い優しい方のようだ。
「スカルモさんとは、お話出来たんですか?」
「いや」
スカルモさんは、彼のことに気付かなかったようだ。
彼も声をかければ良いのに、と思ったけど、それが出来ないことくらい、私は知っている。
「そのときに、その、ルシュ―ムさんの旦那さんが?」
「ああ。ハボックが止めに入ったから良いものの、下手すりゃ店ん中メチャクチャだっただろうな」
「セドルさんも止めればよかったじゃないですか。そんなに強いんですから」
「ハボックが行ったから大丈夫だと思った」
きっとハボックさんのことを信頼してるんだろう。
彼らしいと言えば彼らしい答えに、私は思わず笑ってしまった。
それにつられてなのか、彼も小さく笑ってくれた。
「そういえば、ハボックさんとは今でも会ってるんですか?」
「たまにな」
コロシアムで色々な剣闘士と出会うようだが、気が合うのはハボックさんくらいらしい。
だが、最近はハボックさんの恋人のラヴィさんのお腹にも子供が出来て、コロシアムの仕事を辞めるかもという話をされたようで。
「寂しいもんだな。知り合いが一人、去っていくだけで」
「また会えますよ」
しばらくすると、ルシュ―ムさんもラヴィさんも次々に出産した。
ルシュ―ムさんのところは男の子が生まれ、トマと名付けられ、ラヴィさんは女の子を産み、マナと名付けた。
そんなことを言っている私にも、ようやく赤ちゃんのいる気配が出てきた。
そのことを彼に伝えると、彼はただ黙って抱きしめてくれた。
不器用な彼の、精一杯の喜びの表現なんだと勝手に解釈して。
ただ、ソルガ―=ウィンという男にだけは気をつけろと言われた。
なんでも、彼とソルガ―さんは過去に一度だけ戦ったことがあり、その時にソルガ―さんに負わせた傷のことで、今でも彼は恨まれているという。
どうしてそうなったとか、詳しいことはわからないけど、ソルガ―さんは片目を失うことになったらしい。
でも、それが心配になったのかは定かではないけど、彼はコロシアムを止めて、田舎暮らしを決めた。
のんびりとした場所で、美味しい空気を吸いながらの生活は、私には合っている。
「母親って、すごいんですね」
「なにがだ?」
「自分のお腹の中に、別の命を持っているんですよ?まさしく一心同体です」
正直なことを言うと、折角剣闘士として名を馳せていた彼を、こんなところで働かせて良いのかと思っていた。
でも、彼は以前よりも表情が柔らかくなっていた。
本人が言うには、ピリピリしていない、ということらしい。
「また大きくなったな」
「ええ」
彼は私の隣に座って、お腹を摩る。
時々お腹の子が動くと、彼はピクッと反応を示す。
それが面白いだなんて、言えないけど。
「セドルさんのお母さんは、どんな方だったんですか?」
「・・・・・・」
急に黙ってしまった彼に、聞いてはいけなかったのかと、慌てて謝った。
けど、彼は怒っているわけではなかった。
「もう、話しても良いと思うんだ」
「?」
その時は、何のことかわからなかった。
だって、彼はいつだって真っ直ぐに生きていて、いつだって輝いていた。
まるで私とは違うその生き様に、憧れさえ持っていたのだから。
彼は私の前に椅子を持ってきて、その椅子に座ると、正面を向きあった。
ちょっとだけ、鼓動が高鳴る。
「俺の母親は、サウトゥーレ。俺の髪も目も、母親からきた」
サウトゥーレさんは街で出会った男性と結ばれた。
男性は栗色の髪をしていて、アルドレーヌというようだ。
そのアルドレーヌという人との間に産まれたのが、セドルさんとスカルモさんの二人だった。
でも、アルドレーヌという人はとても女癖が悪くて、他にも関係を持った女の人がいたらしい。
一度だけ、サウトゥーレさんはアルドレーヌさんが女の人と会っているのを見たことがあった。
その人は品性があり、紫の綺麗な艶の髪に、オレンジのぷっくりとした唇をしていた。
それでもサウトゥーレさんは、二人の子が生きるためにも別れないでいた。
そんなある日、アルドレーヌさんを少し咎めたところ、頬を叩かれてしまった。
豹変したアルドレーヌさんは、サウトゥーレさんを床に押し倒し、何度も何度も、血が出ても叩き続けていたそうだ。
セドルさんとスカルモさんが止めに入って、ようやく手が止まった。
頭を下げて謝ってきたけど、もうすでに愛情が冷めきっていたため、二人を連れて家を出て行ったようだ。
その後ろから、罵声を浴びせられたけど、サウトゥーレさんは何も言い返さなかった。
二人が大人になって、サウトゥーレさんのもとを離れるときにも、涙目になりながらも、何も言わなかったという。
「俺は何も返せていない」
「・・・セドルさん」
彼は、後悔の念にかられているように見えた。
「あ」
その日、ハボックさんから便りが届いた。
「セドルさん、ハボックさんからですよ」
それは、二人の子もマナのことだった。
『マナはラヴィに似ていて、青い綺麗な髪をしている。きっと将来、もっと美人になるだろう』
ざっと、そんな内容のことが書かれていた。
「親馬鹿か」
「ふふふ。よっぽど可愛いんでしょうね」
その便りから数ヵ月後、私たちにも子が誕生した。
名付けるとき、色々と候補を出したけど、彼は呼びやすいのが良いと聞かなかった。
母親の名が長かったからなのか、それともハボックさんの娘さんの名が余程呼びやすかったのか。
セナ、と名付けることにした。
ちなみに、セドルさんのセ、である。
銀の髪に青い目、セドルさんに似た整った顔立ちの女の子。
「セナ、またトマト残してー」
「おいちくないっ!」
「美味しくないじゃないでしょ」
「やー!」
先が思いやられると思ったけど、楽しかった。
一日一日、成長するのがとても早くて、自分が早く歳を取ってる気分。
私と彼もそれなりの歳になって、セナが一人前の女性となった。
それはあっという間の時間。
こういうのを、確か何処かの国の言葉で、光陰矢のごとし、といったような。
セナの髪はお尻まで届くほど長くなり、背も私より高くなった。
「アレン?」
「そう。結婚しようって言われてるの。今度お母さんたちにも会いたいって。連れてきても良いでしょ?」
「まあ、いいけど。お父さんには聞いたの?」
「お父さん、喋らないから」
年頃の子というのは、父親が苦手なのか。
とはいえ、セナの性格にお付き合い出来る男性がいるのかと、そっちに感心した。
小さい頃から活発で、木のぼりやかけっこ、水遊びなんかが大好き。
それに、普通の女の子ではあまり見かけない、虫や昆虫などを平気で触れる子だった。
蛇を手掴みで持ってきたときは、私は思わず発狂してしまった。
「いいわ。連れて来なさい」
セナは喜んで、ベッドへと入った。
私は彼の部屋に行って、二人でゆっくり話をした。
「そろそろセナも家庭を持つ歳ですかね。ちょっと早い気もするけど」
「セナの人生だ」
「そうね」
それからわずか二年後のこと、セナはアレンと二人で家を出て行った。
アレンは金色の髪に、セナと同じ目をしていて、綺麗だった。
にこりと笑うアレンは、彼とは違う優しさを持っているように感じた。
「いつでも帰ってきなさい」
とだけ伝えて、セナとアレンを見送る。
彼は終始黙っていたけど、その横顔はなんだか切ないもので。
きっと、これは彼にとっての三度目の別れだから。
「身体に、気をつけてな」
やっと口を開いた彼は、セナのことをじっと見つめていた。
そして、今度はアレンを見た。
「セナのこと、頼むぞ」
「はい」
女の私には分からないけど、彼とアレンの間には、見えない絆があるのだろう。
セナとアレンがどんどん遠のいていく。
そんな背中を見ているだけで、こんなにも悲しくなるのはなんでだろう。
「寂しくなりますね」
「・・・ああ」
本当に、不器用な人だ。
さらに数年の月日が経つ頃には、セナとアレンの間に子供が出来た。
名をセシウスとつけ、セドルさんのセ、とつけたよ、と便りに書いてあった。
髪も目も、セドルさんにそっくりの女の子だそうだ。
「良かったですね」
この時、彼は初めて、泣きそうな顔をして笑っていたのを覚えてる。
一方で、スカルモさんにも子供がいた。
男の子でスノンといい、大きくなって結婚をすると、二人子供を産んだという。
ストゥーボとサンディと名付けたようで、男の子一人と女の子一人だ。
セナがアレンと家を出てしばらくした時、スカルモさんから便りが届いたのだ。
彼は始め、読むことを拒んだけど、私が勝手に読んでしまった。
酒場に来ていたことも知っていたし、自分を気遣って声をかけなかったこと、人づてに彼が結婚したことを知り、便りを送ったことなどが書かれていた。
「セドルさん、返事書かないんですか?」
「・・・苦手だ」
「そんな感じしますけど」
「代わりに頼む」
「私が書いたって仕方ないじゃないですか。文章云々、内容云々よりも、書くということが重要なんです。気持ちです。さ、ペンを持ってください」
「・・・・・・」
彼に軽く睨まれた。
昔からきっと怯んでしまっただろうけど、今は怖くない。
彼が本気で怒っているか、それとも拗ねているだけかなんて、すぐにわかってしまうから。
母親になると、こうも強くなれるものか。
彼は渋々ペンを持ち、頭を抱えながらテーブルに向かっていた。
かつての剣闘士も、今ではただの父親。
「ふふ」
丸くなったその姿に、愛おしさが込み上げてくる。
ねえ、私、今とても幸せです。
真っ暗だったあの場所から、こんな陽のあたる場所に連れてきてくれた貴方が、大好きです。
強いところも、弱いところも、照れ屋なところも、強がりなところも、不器用なところも、真っ直ぐなところも。
そしてなにより、私を導いてくれた、その輝く髪も。
「セドルさん」
「なんだ?まだ書き終わってないぞ」
「違います。そっちは頑張ってください」
「・・・・・・」
あ、少し膨れた。
「セドルさん、折角ふたりに戻ったんですから、私、少しだけ旅がしたいです」
「旅?」
「ええ。遠くなくて良いんです。セドルさんと、色んな景色を見たいんです。色んなところに行って、もっともっと、一緒にいたいんです」
「・・・・・・」
少しだけ動きを止めて私を見てくれたのに、またテーブルに戻ってしまった。
ちょっとだけ便りにジェラシーなんて。
邪魔にならないように部屋を出て行こうとしたら、彼に呼びとめられた。
「決めておけ」
「え?」
「どのあたりに行くか、決めておけ」
「はい!」
やっぱり私は、あなたが大好きです。
あなたがいてくれる限り、私は幸せでいられます。
だからどうか、私よりも長く生きてくださいね。
「タ―シャ?」
ベッドに横になって、眠ってしまったのだろうか。
タ―シャは規則正しく呼吸を繰り返しながら、気持ちよさそうに寝ていた。
「はあ。風邪ひくだろうが」
布団をタ―シャにかけて、ベッドの端に座る。
俺にはない、綺麗で艶やかな黒髪を撫でる。
「ゆっくりおやすみ」
次に目を開けたとき、きっとタ―シャは驚くのだろう。
銀髪の男がぐーすかと目の前で寝ているのだから。
かつて、白魔女と呼ばれた女がいた。
彼女は何をしたわけでもないのだが、人々から恐れられていた。
彼女は決して、男性を許すことがなかった。
彼女は一生を純血の処女で貫き通し、その身体に宿っている血を途絶えさせようとしていた。
そのことからも、『最後の白魔女』と呼ばれていた。
彼女の名は、サブリナ=ジュノドワ―レ。
銀に輝く髪はうねりながらも伸び、背中を隠すほどだった。
そして空よりも青い真っ青な瞳は、彼女の冷静さを現すようだ。
彼女は樹海の森の奥に住み、一人で生活をしていた。
彼女が魔女と呼ばれることになってしまった、決定的な出来事がたった一つ。
それまで普通の人間と変わらぬ生活をしていた彼女のもとに、衛兵を引き連れた若い夫婦がおとずれた。
「あなたが魔女のサブリナね!?お願い!!私達の子を助けて!!!」
「恐れ入りますが、私は魔女ではありません」
「どうか!お助けください!」
夫婦の必死の姿に、彼女は話だけでも聞くことにした。
夫婦の腕の中にいる、まだ生まれた間も無い子はすでに、冷たくなっていた。
「ようやく出来た子なんです!」
どうやら、夫婦は何度も何度も夜を共にしているというのに、なかなか子が出来ない体質なようだ。
出来たと思っても、すぐに流れてしまう。
結婚してから早九年、ようやく子をお腹から取り出すことが出来た。
だが、その子もすぐに息を引き取り、そのことが受け入れられないでいるそうだ。
「何度も申し上げますが、私にはどうすることもできません」
彼女の言葉は真実だった。
だが、魔女だと信じ切っている彼らからしてみれば、嘘偽りを述べられているのと同じことだった。
彼らは彼女が自分たちの子を殺したのだと喚きだし、彼女を火炙りにすべく、連れ出そうとした。
だが、天候が急変し、雨風が吹き荒れ、雷も鳴りだした。
彼女はそれに乗じて逃げ出した。
当然のように衛兵は彼女を追いかけてきたが、大木に雷が落ち、彼らの行く手を妨げた。
丸一日ほど走り、彼女は疲れ果てた。
一度は街に行こうかとも思った彼女だが、行けばきっと子を殺した罪人としてすぐに捕まってしまうだろう。
彼らを見てすぐ、王子と王妃だと分かった。
死んだ人間を生き返らせるなど、神だろうと悪魔だろうと魔女だろうと、出来るはずはない。
ましてや彼女は魔女などではないはずなのだから。
水を吸い込んで重くなった洋服を脱いで、彼女は洋服を絞った。
洋服が乾くまでの少しの間、身体を洗う事にした。
とは言っても、川で身体を清めただけ。
その時、不思議なことがあった。
川の流れに逆らいながら、海蛇ならぬ川蛇が現れた。
「珍しい」
その蛇に触れようとすると、蛇は彼女に牙を向けてきた。
―裁きの刻だ。サブリナ=ジュノドワ―レ。
「裁き?一体、何のことだ?」
―神に選ばれし者よ。その身に血を宿らせるのだ。
「何を言っている?」
蛇は彼女に近づくと、彼女の周りをぐるっと一周した。
すると、突如、彼女の身体は異変を感じ取った。
「!!!ぐっ!!」
下腹部に強烈な痛みをもよおし、気を失ってしまいそうになる。
その間、蛇は彼女の様子を見ているだけ。
「!?そんな・・・!!!」
彼女のお腹はみるみる大きくなっていき、重みも出てきた。
お腹に何か詰まれたにしては、どこか温かさを感じる。
「何をした!?」
彼女にしては珍しく、声を荒げて叫んだ。
―神からの贈物さ。
「!!!いらない!」
―いいかい。もしもそのお腹の子を殺そうものなら、お前は一生死ぬことが許されない。もしも棄てようものなら、お前は一生俺のものになる。だがもしも・・・愛情を持って育てたのなら、きっとお前は、幸福を覚えて生涯を終えることが出来るだろう。
「・・・!!?」
―忠告はした。あとは己の心に従え。
今度は、蛇は川の流れに流されながら去って行った。
「馬鹿な!」
彼女は腹立たしげに水浴びを止め、まだ半分ほどしか渇いていない洋服を着る。
樹海の森の奥、もっともっと奥深くまで行くと、誰も住んでいない小屋があった。
とりあえずそこに身を顰めることにし、彼女はどうやってお腹の子を殺そうかと考えていた。
枝でお腹を刺そうか、お腹に衝撃を与えれば良いのか、色々と考えてみた。
だが、いざ行動に移そうとすると、空耳が聞こえてくるのだ。
まだ生まれてもいない、子の声が。
「うっ・・・!!!」
ようやく、この穢れに満ちた血を終わらせることが出来ると思っていたのに。
ようやく、自由になれると思っていたのに。
結局、彼女は子を産んだ。
自らの手で抱きしめた子は、とても小さく、とても温かかった。
「ごめんね・・・」
彼女は泣いて謝った。
こんな私のもとに産まれてきてしまったことに対して。
こんな無情な世に解き放ってしまって。
こんな穢れた血を受け継がせてしまって。
彼女の血を引いた子は、銀色の髪に青い目をしていた。
「愛しているわ、サウトゥーレ」
交わりもなく子を産んだ女の噂は、瞬く間に街に広まった。
彼女は子を守る為に、自らを殺す。
子を教会に置きざりにし、彼女は名だけを記した。
そして、きっとまたいつか、彼女の意志を受け継ぐ者が生まれると信じて。
一人の少女に、男が近寄っていく。
「サブワロール」
名を呼ばれても、少女は男の方を見ない。
「また、祈っているのかい?」
「ええ、神父様」
「いつも何を祈っているんだい?」
教会の中、天井にぶら下がる大きな十字架の下、一人の少女が膝をついて祈っている。
「私の罪を」
「君の罪とは?」
「それは神のみぞ知る、よ」
少女は、毎日教会に通っていた。
銀色の綺麗な髪は長く、少女は膝をついているため、床にまで伸びていた。
ゆっくりと目を開ければ、そこに見える血のような赤い目。
神父が奥の部屋に行くと、少女は言葉を紡ぐ。
「主よ。私の血は穢れています。どうか、この血が私で終わりますように」
少女は、ただ祈る。
少女は知っている。
自分の身体の中には、様々な人間の血が入り混じっていることを。
両親の目は青いのに、なぜ自分は赤い目で産まれてきたのかを。
少女は新しい血筋の誕生ともいえる。
血に飢えた獣の血、愛した男を殺した女の血、子を殺した男の血、欲望に塗れた人間の血。
「主よ。どうか」
最も穢れた血であることを。
「私に裁きを」