キャドルス
私は、祈り続ける。
この血を終わらせるために。
第二性【キャドルス】
私は、どうしてこんな暗い場所にいるの?
私の両親は、とても仲が良かった。
母の名はジュエトロといって、栗色の腰あたりまで伸びた髪に、水色の瞳という組み合わせだった。
ジュエトロの母親、っまり私にとっての祖父はワ―カ―といって、ジュエトロとは似ていなかった。
それは、髪の色も白だったし、瞳も茶色だったから。
慎重は多分、一八〇にはちょっと足りないくらいだろうか。
祖母の話によると、とても紳士的な人だったという。
その祖母の名はマナという。
マナは青い髪に茶色の瞳をしていた。
ワーカーによると、マナもおしとやかな性格と見た目であったとか。
実際私が見ているのは、年老いた二人だから、本当かは知らない。
マナとは良く話をした。
マナの親は不思議な出会いだったようだ。
マナの父親はもともと何処かの国のコロシアムで剣闘士として戦っていた。
ある日、コロシアムの試合に出て、大怪我をしてしまったとかで、その時に手当をしたのが、マナの母親だったようだ。
そのマナの母親の名はラヴィといっただろうか。
マナが譲り受けた青い髪は、ラヴィからのものらしい。
ただし、ラヴィは緑の目をしていたみたいだ。
一方で、父親のハボック=ソワレは、金色の髪に赤い目をしてたようだ。
写真も何も残っていないし、マナから聞いただけだが。
そのコロシアムで、ハボックは仲の良い人がいたらしい。
名は忘れてしまったが、銀色の髪で顔の横だけ少し伸びていて、青い目をしていたとか。
その人もコロシアムで出会った女性と結婚をし、子も授かったようだ。
マナが言うには、その人を恨んでいる、同じ剣闘士の男がいたようで、その男は赤い髪に黒い目を持っていた。
そしてその真っ黒な目は片方閉じられていて、いわば隻眼だった。
「どうして仲が悪かったの?」
純粋にマナが聞くと、こう答えたそうだ。
「噂なんだけど、目を閉じてしまったのは、その銀色の髪の男に喧嘩を売って、斬られてしまったからだそうよ」
「ふーん。その人、強かったんだね」
「そうね」
その隻眼の男がエナンという女性と結婚をし、子も生まれた。
だが、男は子を愛することが出来ず、エナンは子を連れて男のもとから去って行った。
そして世代を渡って生きているのが、トワロフという男だ。
トワロフも赤い髪をしていて、私の村にまでその赤い髪の男の噂が広まっていた。
「そのトワロフって男、まだこの村にいるの?」
以前、ジュエトロに聞いたことがある。
「キャドルスと同じくらいの歳の子って話よね。もうこの村から出て行って、樹海の方へ歩いていくのを見たって人がいたわ」
「だって、樹海の奥には魔女がいるんじゃないの?」
「それも昔の話よ。今ではいないわ」
私は結婚することはなかったけど、トワロフという男が魔女との子を産んだ、という噂が多少なりともあったのは事実だ。
いえ、私、魔女といわれる女に会ったことがあるかもしれない。
気のせいかもしれない。
その話はまた後にするとして、とにかく、ジュエトロとは仲が良かったし、マナにも可愛がってもらっていた。
マナが老衰で亡くなってからも、なんとか親子三人で生きてきた。
私は仕事のため、仕事先に出向いていた。
「おはようございます」
「キャドルス、おはよう」
仕事は宝石店での売買だった。
お客が持ってきた宝石類のものを鑑定し、金銭を払って受け取っていた。
また、通常のものよりも安く売っているので、店の方は順調だった。
「いらっしゃいませ」
「ダイヤのネックレスなんてあります?」
「ええ、良いのがございます」
白い手袋をして、ショーケースから小さいながらもダイヤの入ったソレを取り出す。
「まあ、綺麗ね」
ゴールドであしらったバタフライの中に、輝いている。
特に宝石に興味があったわけではないけど、私には合っている仕事だと思っていた。
時折、時代遅れの代物や、錆び始めたものは貰う事も出来て、キャドルスにプレゼントをした。
いつものように出かけ、家に帰ると、そこにキャドルスの姿はなかった。
「あれ?」
何処かに出かけているときは、置き手紙があった。
「どこだろう?」
近所にでも行っているのだろうかと思って、帰りを待つことにした。
しかし、いつまで経っても帰って来ない。
それに、父親も帰って来ない。
ではここで、父親の話でも少ししておこう。
私の父の名はトムという。
どこにでもありそうな名で、トムはその名をあまり好んではいなかったようだ。
本人から聞いたわけではないが、名前を連呼しようものなら、子供でも殴られた。
ジュエトロはどうしてトムと結婚などしたのかと思うほど、二人は衝突ばかりしていた。
私自身、トムは苦手だった。
なぜかと言われると、明確な理由があるわけではない。
だが、紫の短髪に黒の目は、小さいながらに威圧感を感じたのを覚えている。
バタン、その時、部屋の奥から音がした。
もしかして寝ていたのかと思い、私は部屋の奥へと足を進めた。
しかし、向こう側から来た影を見て、足が止まる。
「え?お父さん?」
無言でこちらに向かって歩いてくるトムに、私は本能的に逃げる体制に入った。
トムの手には、血のついた斧があったから。
そして、もう片方の手には、キャドルスの頭を持っていたから。
首から流れ出ている血は、廊下に垂れ、徐々に黒く染まっていく。
以前から感じていたもの。
それは、トムからの愛情がないとか、そんな生易しいものではなく、殺気。
私は、逃げた。
気付けば、樹海へと向かっていた。
どうしてこうなったのか、いつからこうなったのか、今はどうでも良かった。
「助けて!助けて!」
魔女でも悪魔でも、今この場を助けてくれるなら、誰でも。
トムは、自分の名も、髪の色も、好きではなかった。
母親から受け継いだその色を見るだけで、吐き気がするのだ。
「ねえママ、どうして僕にはパパがいないの?」
「ねえママ、どうしてパパと遊べないの?」
家にいても、ほとんど一人だった。
母親は紫色の髪に茶色の目をして、真っ赤な口紅をつけて出かける。
女性らしい身体のラインが出る服を着て、僕を置いて出かけてしまう。
パンとミルクを置いて、出かけてしまう。
「トム、良い子にしててね」
「ママ、行っちゃうの?」
「もうこんな時間。じゃあね」
無機質な音だけが、耳に響く。
二、三日帰って来ないことなんて、珍しくなかった。
きっとママだって忙しいんだと、自分にそう言い聞かせていた。
だから、ママが知らない男の人を連れて帰ってきたときは、何も言わずに地下室へと行った。
地下室は暗いし臭いし好きじゃない。
でも、ここにいるだけで、ママは僕が良い子だって言って褒めてくれる。
だから僕は、膝に顔をうずめて、ただ待っている。
「おい、ガキがいるんじゃないのか?」
「いいのよ、気にしないで?それとも、子供がいたら嫌?」
「俺はモナファを抱けりゃあいいぜ」
「なら、問題無いわね」
いつ男の人が帰るのかなんて分からない。
だから、ママが次に出かけるときまで待つんだ。
ママが出かけるとき、必ず地下室の上にあるシャワー室に入る。
その音を聞いて、少し経ってから出て行くと、男の人は大抵いなくなっている。
ママが出かけたとき、寂しくなってママの部屋に入るときがある。
ベッドの横にあるクローゼット。
その中には洋服がいっぱいあるんだけど、そこに紛れて小さな箱がひとつある。
埃も被っているその箱を開けると、ママと男の人が一緒に写っている紙が一枚だけある。
名前は知らないけど、太陽みたいな金色の髪に、茶色の目。
きっと、ママが大好きな人なんだと思う。
だって、ママは時々、この人を見て泣いているから。
だから、聞かなければ良かったんだ。
「ねえ母さん、この人、俺の父さんなの?」
「!!!それ」
「ごめん。母さんがたまに見ているの知ってたんだ」
ある程度大人になったと思っていた俺は、考えが甘かったんだ。
母さんが苦労したんだとか、可哀そうな想いをしたんだとか。
それさえ妄想だったんだ。
「・・・そうよ。その男があんたの父親。でもね、そいつには別に女がいたの。しかもその女との間には、私より先に子供がいてね。ま、その子供が病死したって聞いたときは、心から喜んだわ!ああ、これで彼は私のものになるんだってね!!!・・・でも、彼は私を棄てたの。あんたを棄てたの。本当は堕ろそうかとも思ったんだけどね、もう堕ろせる時期は過ぎてたし、お金もかかるっていうから、仕方ない、産んだのよ」
「と、父さんは、今、何処にいるの?」
「土の中よ。殺したの」
「え?」
正直、何を言われているのか、すぐには理解出来なかった。
「あんただって、彼と似てたら殺してやろうかとも思ったけど。その髪だからね。まあ、そのうちあんたにも適当に女の相手してもらって、お金もらってきて貰わないとね」
そこから俺は、どうしたんだろう。
きっと逃げてきたんだ。
真っ直ぐな愛情ではないと分かった瞬間、自分の中の愛情の定義というやつがおかしくなったんだ。
人を愛することも、愛されることも、全部疑ってしまうんだ。
だから、俺がこうなったのは、あいつのせいなんだ。
視界に、赤が滲んでいた。
「はあっ・・・」
私は、トムに殺される。いや、もうこれは殺されたに等しい。
樹海に逃げ込んだ私は、必死になって足を動かした。
でも、日頃から鍛えてなどいないし、簡単に捕まってしまった。
トムは狂気に満ちた瞳を私に向け、斧を振りかざしてきた。
薄れて行った意識は、二度と戻ることはないと確信した。
狂ったように斧を回し、トムは私の身体を壊していった。
満足したのか、血塗れた斧を持ったまま、樹海から消えてしまった。
もう私は死んでいるはずなのに、こんなにも記憶が残っている。
その時、ザッザッ、と足音が聞こえた。
「・・・・・・」
自分に近づいてくるその影は、トムのものではない。
目は閉じているのに、はっきりとそこにいる。
暗闇なのに、わかる色彩。
銀色の短いカールに、綺麗な青い瞳。
「どうしたんだい、サンヴォ―ル」
「サンディ、この子のお墓を作っておへないと」
「おや、可哀そうに」
「ソミルとメルテルは寝ました?」
「ああ、寝たよ。サンヴォ―ルとトワロフの子だからか、良く寝てるよ」
「褒められた気がしないわ」
「トワロフも早く死んじまったもんだね」
「ええ」
サンディと呼ばれた、私よりも年上の女性も、銀色の髪と青い目をしていた。
でも髪の毛はとても長くて、後ろでひとつに縛っていた。
私は二人によって冷たい土に埋められた。
最期に私の脳裏に焼きついたのは、他でもないトマの顔。
でも、心はどこか軽やかだった。
ああ、そうよ。
どうしてこんな暗いところにいるのかって、私は、殺されたんだったわ。
私の父親に―――
「あら?」
「どうしたんだい?」
「ソミル、知らない?」
「外で遊んでるんじゃないのかい?」
「いないのよ、どこにも」
「もしかしたら、人攫いに・・・」
「ソミル!ソミル!」
「ねえママ」
「メルテル、あのね今」
「パパはどこにいるの?」