ガイア編 二 その身は黒く
大声で戦いの最中、叫んだ大馬鹿者がそこにはいた。
クラス、いや、学年問わず美少女に好かれる男。
そう、荒上 打勝だ。
「何者だ」
ガイアが一旦、手を止めて彼の方を向く。土の塊は変わらず浮遊させ、警戒したまま。
「俺は荒上 打勝。君を救いに来た」
「ほう、私を? 救いに?」
「そうだ。君みたいな可愛い女の子がこんな悲しいことをするべきじゃ......」
瞬間、土塊が凄まじい速度で打勝の方へと射出される。
彼を貫くかと思われた土塊はぶつかる直前に粉々になる。土煙が晴れたそこには紅の武装を身につけた宮野 月乃の姿があった。
「馬鹿! あいつは元暴神の私が言うのもおかしいけど、正真正銘の化物よ。私たちよりも高位の、ね。......くっ、なんて威力、掠っただけなのに」
片膝をついて紅蓮の剣を持つ右腕を抑える。抑えた手の間からは少量とはとても言えない血が流れ、地面を濡らしていた。
「な、なんでだよ。まだ話の途中で、それで、なのにいきなり」
打勝は突然のことに動揺する。理由は簡単で、これまで彼が救ってきた暴神はいきなり襲ってはこなかったからだ。
たったそれだけの理由で動揺しているのだ。
「少し黙ってろ。そいつを軽く治療する」
黒衣を纏い、フルフェイス型の髑髏の仮面を付けた人物が打勝の前に現れ、宮野の治療を始めた。
「お前はいったい......」
「二度は言わん。その女を連れてすぐに去れ」
「でも彼女がまだ!」
「あいつは強く人間を憎んでいる。お前が説得する余地などない」
(ここまでぬるい奴だったとはがっかりだ。暴神二体を無力化したと聞いて見てみれば、このザマだったとはな)
影矢はすぐにその場を離れ、ガイアの目下へと移動する。
「俺が相手をしよう、ガイア。俺がお前の仇だからな。問題はなかろう?」
「私の仇、だと? まさか貴様が私の友を殺したのか?」
「いかにも、俺がルーネスを殺した張本人だ」
ガイアは顔を伏せ、肩を小さく震わせる。
溢れ出る怒気、土塊に宿る黒色のオーラ。あまりの負の感情に彼女は、いや、
ーーーー 地母神ガイアは鳴動し、【黒天】が舞う。
「やっと見つけたぁ、そうかぁ、そうかそうかそうかこうか!! 貴様が私の友を殺した仇かぁ!! 」
数十の土塊が同時に射出。無論、威力今までのものを遥かに超え、一つ一つがこの学校を消し飛ばすには十分な威力を有している。
俺は影の力を極限まで高め、意識をもう一段階上へと切り替える。
人ならざる力。森羅万象の輪から外れた外法。様々な呼ばれ方があるであろう力。
だが、そのすべては命という根源に繋がり、その根源は別次元に置かれている。
俺はその別次元へと適応させるために切り替えなければならない。
【黒天】に対抗する為にデメリットを承知で編み出した原典たる力。
俺はそれを【黒次元】と呼称。
「意識、保てよ。ぐっ、ガァァ!」
【黒次元】から無理やり力を引き出し体内に貯蔵していく。その痛み、苦しみは体が四散するよりもさらに上をいく。
そこへガイアが射出した土塊が降り注ぐ。これで間違いなく一帯が更地になる、はずだった。
黒が、たった一つの黒点がすべての土塊を粉微塵へと変えていくではないか。ガイアは【黒天】に至ってもなお恐怖を感じた。
その存在は明らかに異質で、世界の理とは全く異なるナニカであった。
「殺しはしない。とっとと尻尾巻いて逃げるがいい。二度は言わんぞ?」
黒色の塊の中に浮かぶ髑髏からそう発せられた言葉にはこの世のものとは思えないほどの死という概念が圧縮されたようだった。それを直接受けたガイアの歯はカチカチと音を立て、脳が命を危機だと言わんばかりに警鐘を鳴らす。
「何、者、だ。なぜ、人間が、いや、貴様はそれ以前に人間、か?」
「さあな、人の形をした死かもしれんし、そうじゃないかもしれない。生憎と俺にも俺が分からん」
ガイアはこれまでないくらいに恐怖し、その場から離れた。
ガイアが去ったのを確認した影矢は衣以外の全ての力を解き、全身から力を抜くとこう言った。
「やっべぇ、怖かったぁ。あんな土の塊をよく全部防げたもんだ。自分を褒めてやりたい」
誰も居なくなった校庭で一人、彼は雲一つない青空に向かってため息をついた。