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第二十一章

右手にリンゴ飴(広義で。たぶん別物)。

左手に王様の手。


活気も、人もあふれているバザール。露店の前で立ち止まる人、物見遊山にのんびりと歩く人、どことなく忙しなく歩く人。

その間を、王様にしてみればかなりゆっくり、わたしにしてみればそこそこの速さで、王様とその半歩後ろを歩くわたし。


警邏がつく前に無事バザールの人たちの中に紛れ込むことのできた、その後。

人ごみに慣れていない…むしろ慣れていないからだと信じたい、わたしは10歩進ごとにぶつかったり、足を取られたりして…結果的にあきれ顔の王様に左手を拿捕された。

不思議なことに王様の進む先には障害物がなくて、その王様の後ろを歩くのだからさっきとは雲泥の差で歩きやすい。

モノ珍しい何かを見つけるたびに、少し歩くのが遅くなるわたしに、律儀に付き合って止まる王様は意外で、どこかおかしい気がするけれど。


歩くのが遅くならないように気をつけながら、右手の戦利品を見る。

棒にささった黄色でつやつやした、細長い形でピンポン玉大の小さな果物。琥珀色の飴に包まれている、からたぶん方向性としてはリンゴ飴に似ていると思う。果物を包んでいる飴が繊細な飴細工になっていることを除けば、だけど。

芸術品に近いそれを、買ってもらった時のことを思い起こす。



その露天に並ぶ品々は、色々な形の果物を飴で包んだもので、果物の形を生かすような細工がされていた。花をかたどっていたり、動物の形をしていたり。

あんまり、綺麗で。

食べ物だとは思えないくらいの、むしろもったいなくて食べれなそうな、品々を見つめているのはわたしだけじゃなくて。沢山の人が近づいて見ていたり、遠巻きに眺めていたりしていた。

値札らしき紙が貼られていて、そういえばこっちの世界に来てから、あんなに読んでいた本を全く読んでいなかったことに気がつく。

本なんて読もうと思わないくらいに、毎日新しいことばかりで。わたしが生きていた世界より、ずっと広くて色鮮やかな世界で、本を読むよりことよりも先に、してみたいこととかさせてもらっていたことが溢れていたって気がついた。

紙に書いてある字は読めないけれど、近くで欲しいとねだる子供を親がなだめている、その言葉からかなり高いらしいことが分かった。

確かにこんなに細かくて、綺麗なんだからリンゴ飴と同じくらいの値段じゃあないよね。

「1つ、もらおう。」

王様も、待たせてしまっているし、そろそろ行かないと、ってそう思っていたのに。

進み出て、何枚かのコインと引き換えに、手にしたそれを差し出される。

「あの…でも……」

どうしよう。

もしかしたらすごく物欲しそうに見ていたのかもしれない。

王様に買わせてしまった。

のうのうと、受け取るなんて、そんなことできなくて。ただでさえ、全部を王様から与えられているのに、申し訳なくて顔が見れない。

「いらないのか。」

差し出されるのは蝶をかたどった細工がされたもの。飴で包まれた果物の胴の部分から、薄くのばされて作られた翅が2対ついている。翅にはアゲハ蝶の独特の模様が浮かび上がっていて、半透明の飴の翅から光がきらきら揺らめいている。

間違えなく、わたしが一番見惚れていたもの。

「いえ、そうではなくて……」

「なあに?お嬢さん!!さっさと受け取ればいいのよ。」

第三者の介入に、それもかなり大きな声の介入に顔を上げる。

明るい赤毛に、そばかすを散らした、はじけたような笑顔が印象的な女の人。顔立ちとかから、たぶん、年はそんなに変わらないだろうけど、わたしよりずっと柔らかな曲線の体。

オンナノヒト。


久しぶりに頭から血が引けていく感覚にとらわれる。

どうして、忘れてしまっていたんだろう。

ううん、どうして忘れてしまえていたんだろう。

わたしが、この世界に来た理由を。


「ほら、そんな顔しないの!せーっかく色っぽいお兄さんが買ってくれたんじゃないの。」

王様を、振り仰ぐ。頭が、重い。

錆びついた鉄のハンドルを回すみたいに、首がギシギシ音を立てそうな気すらする。


あっけないほど。

王様は軽く女の人を見たけど、剣も抜かず、勿論血に視界が染まることもなく、ただ飴を差し出している。

「…受け取れ。」

「そうそう!もらえるものは、もらえばいいのよ。大体いくら綺麗っていったってお兄さんにこの飴は似合わないわ。」

機能停止した頭は、ただ促されるまま、手を伸ばして飴を受け取る指令を出す。

「あ、りがとう、ございます。」

小さな言葉がこぼれおちる。

「そうそう。やっぱり甲斐性の有る男っていいわねぇ。まったく、それに比べて貴方は。」

良く見れば、女の人は背の高い男の人と腕を組んでいて、とても近い距離で言い争いをしている。

それはきっと、恋人同士の距離。

「行くぞ。」

王様が背を向けて歩き出す。

引っ張られるまま、歩き出したその時。

「んふふ、可愛らしいお嬢さん。ああいう時は、ほっぺに軽くキスでもしてにっこりほほ笑んで受け取ればいいのよ。」

女の人はわたしの耳元で、囁くように言って、ぱちん、って音がしそうな完璧なウィンクをした。

…キス?

あの人の中でどんな方程式が成立したのかぜんっぜん分からない。

……容量オーバーでパンクしそう。




引きずられるように、歩いて、今に至るわけだけど。

何度見ても蝶は綺麗。

帰ったらシーラさんに見せよう。

考えると頭がいっぱいになるもろもろことは、とりあえず思考の片隅に追いやって。でも、絶対に忘れないように。

「疲れたか?」

ふと、王様の歩みが遅くなって、わたしと王様が並ぶ形になった。

「いえ。」

どことなく気遣わしげな王様の視線に、首を振る。

いまさらだけど、王様はかなり無表情の領域に入ると思う。感情をあらわにしていたのは、初めて会った、あのときだけ。

「…どうかしたか」

今、考える時じゃない。

「いえ。」

「…そうか。」

右手にある、蝶は光を浴びてキラキラ綺麗に輝いている。


「あの」

視線をわたしから外した王様が、再びわたしを見る。

「この…蝶、ありがとうございます。とっても、綺麗です。」

わたしが忘れてしまっていたことはとても大切で、重要なことだけど。今は。

この蝶を買ってくれた、そのことはとても嬉しくて、幸せなことに思うから。

できる精一杯の笑顔を浮かべて、ちゃんとお礼を言いたい。

「……気に入ったならそれでいい。」

僅かに、驚いた表情を見せて、王様はそっけない言葉を落とす。

…少しだけ、口元が緩んだように見えたのはわたしの気のせいかもしれない。


「疲れていないなら、さっさと進むぞ。…先は長い。」

「はい。…それにしても、長いですねぇ。」

見渡す限り、人だらけで、先は見えないけど。声とか音の感じからして、まだまだ続いていそう。

「……まだ1割も見ていないぞ。」

…1割?けっこう、歩いたと、思うんだけど。大体、2時間くらいは。

「この国で最も大きなバザールの1つだ。扱う品によって大体の区画が決まっているから、実際に目当ての物がある者は裏道を利用する。…最も、そちらであっても多少混雑することに変わりはないが。」

言われて、見てみれば確かにこのあたりは食品を扱う店がほとんどだと気がつく。大きな荷物を抱えた人が、店と店の間に滑り込んでいくから、きっとそこが裏道に続いているんだろう。

「本当に、にぎやかですね。」

バザールには、活気があふれている。もちろん、国全体がこんなに賑やかで、楽しげなわけではないと思うけど、それでもすごいことだと思う。

「…これが、守るべきものだ。」

決して、大きくはない王様の声。

でも、周りの喧騒に溶け込んでしまうことはなく、強く心に響いた気がした。

わたしが生きていた、あっちの世界のあの国には、王様がいなかったから分からないけど。

きっとこんな人を王者、と人は呼ぶのだろう。




「さぁ、行くぞ。」




王様の守るべき、人々の暮らし。その喧騒の中にもぐりこみながら。

わたしが忘れてしまっていたこと。もう、忘れないこと。


それらが頭からあふれだすその前に。

今だけはこの温かな左手の導く中で。



この小説を訪れてくださってありがとうございます。

活動報告なるものを付けております。裏話などをつらつら書いているだけですが、興味のある方は作者名をクリックするなどで、理央のユーザページまでお越しください。

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