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第二十章


朝、起きたら珍しく王様がいた。

珍しく、っていうのはちょっとおかしいかもしれない。

こっちにきて…というか王様に会ってから、朝わたしが起きた時に王様がいたことがなかった。

なんでも王様は朝早くに起きて、剣の鍛錬をしてから政務へ赴くっていう、あっちの世界の中世の貴族が聞いたらひっくり返るんじゃないかっていうスケジュールをこなしている、らしい。

わたしの体は病院の規則正しい生活に順応しているし、感覚的にこっちとあっちとではそんなに時間にずれがあるようには感じなかったから、わたしがすごく寝坊、っていうことはないみたい…シーラさんももっと寝ないかっていつも聞くし。だから、それ以上に王様が早起き何だと思う。


そんなこんなで。

朝は一人で起きて、用意してある服に着替えて、そのうちにシーラさんがやってくる、っていうことがルーチンになりつつあるわたしは朝から心臓が止まるかと思った。


目を開けたら、至近距離に王様の麗しいご尊顔。

なおかつ、今日に限って寝ぼけて、状況把握ができずにじぃ、って見つめること数分。

余すところなくその素敵なお顔を堪能して、何かおかしいことに気がついた時には…自分の血の気が引いていく音がした、気がする。

こんな広いベッドなのになんでそんな距離にいるんですか、とか。

鍛練と政務はどうしたんですか、とか。

そんなに見ているってことは、よだれでも垂れているんじゃないか、とか。

頭の中がぐるぐるして、飽和状態で放心していたら王様が溜息をついて無言でベッドから出て行った。


転がったまま、固まっているわたしをシーラさんが回収して、しばらくしてから漸くまともな思考が復旧した。

散々だ。





でも、今日は厄日みたいで。

いつもと方向性の違う服をシーラさんが用意してくれていた時点でちょっとは考えるべきだった。何しろ起きた時の精神的ダメージが大きすぎて、上質だけど、なんか高そうな石…たぶん宝石、がついてなくて、刺繍が当社比70%減の服に何の疑問も持たなかった。…あんなに簡素な服にほしいっていう要望を受け入れてもらえなかったんだから、この時点で気がついても良かった。

もしくは、いつもは丁寧に櫛を通して、何やら高そうな装飾品を散りばめられて、ベールやら被せられるところなのに、初めて、結いあげられてちょっと複雑なポニーテールにされて、終わったところで気がついても良かった。

せめて王様がわたしに合わせてゆっくり朝食をとったところで、気がついて欲しかった。

駄目押しで、シーラさんが明らかに今までとは違う道を案内して、後宮を出たところで気がつくべきだった。




目の前に立派な馬を出されて初めて『今日は絶対に何かおかしい』ことに気がつくなんて。



「何をしている?」

馬を実際に見たことがないわたしでも、絶対に立派って言い切れる大きな黒毛の馬が、気品を漂わせつつ、わたしを見下ろしている。心なしか…若干見下されている感じもする。漆黒の髪に黒曜石の瞳をもつ王様が横に立てば、見栄えといい、風格といい、しっくりとくる1枚の絵になる光景のできあがり。馬は王様に絶大の信頼と、王様の馬であることの誇りを滲ませた、わたしに対してとは打って変わった煌めく瞳を王様に向けている。

「何を…すればいいんでしょう?」

本当に、どうすればいいだろう。

半歩後ろににこにこと控えるシーラさん。

目の前に不機嫌そうな王様、と馬。

王様は、まっすぐわたしを見据えて。

「街へ行く。」

道理で。

いつもとは違って、刺繍が少なくて、装飾性をそぎ落とした代わりに機能性を付加した服。刀を帯びてはいるものの、いつか見たものとは違って簡素なもの。

御忍び、っていうものなのだろう。

「いって…らっしゃい、ませ?」

とりあえず、無難に見送りの言葉を言ってみた…ものの。

王様の溜息と、なにこの理解力の少ない生き物っていう馬の蔑みの表情で、何かを間違えていることに気がつく。

にっこり、と。戸惑うわたしの背中を、物理的にも、心理的にも押して、シーラさんが驚くべきことを言う。

「アスカ様も御一緒ですわよ?」



なんでも、王様は定期的におしのびで城下を偵察しに行くらしい。それは自分の目で民の暮らしぶりを見たりする上でとても重要だろうし、必要なことだと思う。

けど、わたしが行く必要はない、と思う。というか行く理由が良く分からない。

城下町って気になるし、異世界の、本当の意味での外を見てみたい気持ちはあるし、連れて行ってくれるなら嬉しいし、楽しみ。

でも、王様と一緒?


疑問符を浮かべているわたしを余所に、王様が問答無用でわたしを担ぎあげて、馬に横座りで乗せる。温かな、生き物の感触に驚いて身じろげば、バランスを崩して落ちそうになった。慌てて手綱を掴んでしがみつけば、振り返った馬に何してんの?っていう呆れの表情を浮かべられた挙句、本当は乗せたくないけど王様の言うことだから乗せてやってる、感謝しろ、的な視線を向けられた。踏んだり蹴ったりだ。


ひらり、と王様が後ろに乗って、もう全てがおかしいとしか言いようがないお出掛けがはじまった。



道を埋め尽くす人、人、人。

怒号にも聞こえる、店主たちの商品を売る口上。

「す、ごい」

熱気があふれている光景に、ちょっとの恐怖を混ぜ込んだ、大きな期待と好奇心で胸が高鳴る。

すごい、すごい、すごい。

こんなにたくさんの人、生まれてから初めて見た。

何て、言うんだろう?市場?風土を考えればバザール、っていうところなのかな?

見た感じ、野菜とか果物とかが目立つけど、それに交じって、服を売っている店とか、剣を売ってる店とかもある。


「ぼぅ、っとしてんな!!邪魔だ!」

背伸びをして見ていたら、すぐ近くから大きくて鋭い声を浴びせかけられる。

「す、すみません!!」

反射的に謝ってから、声の先を見れば人相の悪そうなスキンヘッドの巨体。

王様みたいなしなやかな筋肉じゃなくて…サイードさんみたいな筋骨隆々な感じで、しかも上半身が裸だから威圧感がひしひしと伝わってくる。

怒鳴るだけじゃ足りなかったみたいで、その大きな手を伸ばしてきて、わたしの腕が掴まれる。

並より十分に大きなその人が腕を持ち上げれば、並より十分に小さいらしいわたしは引きずられるようにして持ち上げられる。

どうしよう、痛くて、怖い。

「へぇ、良く見れば上等そうな服着てんじゃねぇか。」

へらり、と嫌な笑い…きっとこういうのを下卑た笑いって言うんだと思うけど…痛くて、怖い上に、気持ち悪い。

「顔もよく見りゃ、それほど悪かぁねぇし…どうしてくれようか?」

顔を近付けられて、息を吹きかけられる。

……体中が、目の前の、この男を拒絶している。声にならない悲鳴が咽喉の奥から洩れでる。

「その手を放してもらおう。」

この状況には似つかわしくないほど、冷静で、温度を感じさせない声が響く。

絶対零度の、威圧感に男の腕を掴む強さが弱まる。でも、放されない。

「…誰でぇ?」

男が少し、見下ろすようにして王様を見る。

「手を放すよう言ったはずだが?」

質問には答えずに、王様は巨体を見据える。

その風格に、取り巻く空気に、気圧されたように男の覇気が弱まった気がする。

今、王様は、服は確かに上等だけど、それでも十分にこの街並みに馴染むもので。それでも確かにその姿は『王者』と呼ぶのにふさわしくて、状況を忘れて見とれる。

「ぶ、部外者は黙ってくれねぇか?今、このお嬢さんと話しつけてるとこだからよぅ。」

少しだけ、上ずった声で男は反論した。

ふわり、と風を感じるとともに、騒々しかった周りが一瞬にして静まる。

遠くの喧騒が何故か耳に痛い。

「それは俺の連れだ。……ここで切り捨てられたいか?」

質量のあるはずの三日月刀を一瞬で抜き去って、男の首元に寸止めをした王様。

少しでも、少しでも動けば、その刀は簡単にそののどを切り開いてしまうような、そんな距離。

男の手から力が抜けて、わたしの体がずれ落ちる。

足を踏ん張ったつもりだけど、立てなくて、床にそのまま落ちた。

「…二度はない。消えろ。」

鋭く男を睨んで、王様は刀を納める。

もはや一瞥もくれずに王様はまっすぐわたしの元へ歩いてきて、小さく息を吐いた。

「何故こうも面倒事を引き起こす?」

「…ごめんなさい。」

さすがに、自分でもあんまりだと思う。

着いて、王様が馬を預けに行ったその数分でこんなことになるなんて、言い訳のしようもない。

「とりあえず、ここを離れるぞ。すぐに警邏が来る。そうなれば面倒だ。」

今日はおしのびだもんね。確かに面倒なことになりそう。

これ以上面倒をかけないように、王様の伸ばしてくれた手につかまって、立ち上がる。

その時に、腕にくっきり残った、紫色に変色しつつある指の痕に王様が目を止めて、険悪な気配を漂わせる。

「大丈夫です。こんなの、すぐに消えます。…行きましょう?」

何となく、王様がまた男に刀を突き付けそうで。逆にその手を引っ張って、喧騒の方へと歩いていく。





目の前のバザールは変わらずの活気。

今ので頭が冷えたから、同じことはしない、はず。しちゃいけない。


……どうか面倒事に巻き込まれませんように、本当にお願いします。




前途、多難。

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