第十四章
「い、嫌です!無理です。」
なんでこんなことになっちゃたんだろ。駄々っ子みたいだろうと何だろうとこれだけはゆずれない。
「そう言われましても…どうしましょう?」
どうしましょって…諦めてください。
「一人で大丈夫ですから!!」
叫ぶっていう慣れない行為に頭がくらくらする。
「あら、そうはいきませんわ。ねぇ、陛下。」
シーラさんの言葉に王様を仰ぐ。ご飯のときにソファじゃなくて、沢山敷き詰められたクッションの間に座っていたからいい感じに見下ろされる形になってしまっている。
さっきからずっとワインを飲んでいたのに王様の顔色は全く変わっていない。ちなみにワインを勧められたけど断った。…差し出されたワインからすごいアルコールの匂いがしていた。
冴え冴えとした黒い瞳に見下ろされる。
居心地が悪い。
「…さっさとしろ。」
見下ろされて、目をそらされて。転がった言葉はさっさと『一人で入ってこい』、なのかさっさと『洗われてろ』なのか分からない。
結果。
『洗われる』ことに決まってしまった。
さっさと『一人で入ってこい』を実行したかったけど、蛇口をひねったらちょうどいい具合なお湯が出てくるわけないし、そもそもお風呂場の場所を知らないし、はたして電気がないこの世界でわたしがさっとお風呂を完遂できるか分からなかったからどうしようもなかった。
…そもそもシーラさんのあの勢いじゃ逆らえないし。
それでも「今度」に備えて一人で入ってこれるように、いろいろ覚えようと連行されながら思った。
そしてお風呂に着く前に早くも決心が砕けて、着いたころにはかなり疲れていた。
王様の部屋からお風呂までは想像以上に長くて複雑な道が必要だった。…なんで宮殿とかってこんな広くて難しいんだろ。これだけ広いのにやっぱりここでも誰にも会わなかった。それなのに廊下には煌々と光が灯されていて、廊下の大理石っぽい床はぴかぴか。
「さぁ、では失礼しますね。」
広々としたその部屋には台とか観葉植物とかが沢山あって…シーラさんに服をはぎ取られるまで何をする場所か分からなかった。
何人で入ることを前提にしているのか全く分からない広さのお風呂。ふんわりと漂ってくる香に何となく和んだけど、そんなことしてる場合じゃなかった。
ごしごしと…いや丁寧になんだけど、細菌撲滅っていう感じで洗われて。
お湯につかれば差し出される冷たい飲み物。
病院では、特に病状が心配な時に看護婦さんがついてくれるくらいで。倒れそうになったときに助けてもらうことはあっても洗われたことはない。
至れり、尽くせり。なのかもしれない。
でも現代日本の一般庶民にとっては心砕ける時間だった。
肋骨が浮き出た貧相な体。服に覆われない分病的な白さが目立って、たぶん気持ち悪いだろう皮膚。
それでもシーラさんは態度を変えることなくるんるんと洗ってくれた。
それから。さっき見た台の上に寝かせられてこれまたとてもいい匂いがする…ボディオイル…たぶん、を塗られた。思ったよりもべたべたしないそれをこれでもかって塗りこまれて、すごくもったいない気がした。シーラさんに言ったら「献上品ですから」って言われて逆に真っ青になった。……すみません。献上したみなさん。
髪の毛も乾かされて櫛を入れられて。
自分のだって信じられないくらいつやつやになった髪の毛に、いい匂いがする自分のじゃないみたいな肌。
紺色のワンピースを着て完成したころにはかなりの時間がたっていた。
「完成いたしましたわ。」
達成感に満ち溢れた顔でシーラさんは笑みを浮かべる。
「我ながら完璧ですわね。かわいらしいですわ、アスカ様。」
遠目から確認して、満足したようにうなずくシーラさん。
「お召しものの方はいかがですか?」
紺色のワンピースは胸の下くらいの位置で切り替えが入っていて、ひざ下くらいまで丈がある。悪い意味で平均的な体型と比べると細いのに、胴周りも長さも、ふわふわした半透明な素材でできたそでの感じもちょうどいい。
「ぴったりです。」
「それはよろしゅうございました。かなり急がせたので刺繍がかなり少ないですが…もう何日かしましたらもっと納得のいかれるものが届くと思いますからお持ちくださいね。」
…………
もう何も言いません。
ところで。
「シーラさん、わたしどこで寝ればいいんですか?」
来た道をたぶん戻りながら、前を進むシーラさんに聞いた。
実は自分の意思でベッドに入るのはこっちでは今回が初めて、になりそう。窓から見える空は真夜中って感じだし、あっちに戻りそうな気配もとりあえずない。
今まではどこであっちに戻ってしまっていても、いつの間にか…なぜか王様のベッドに運ばれていたけど。普通、こんな不審人物を一国の王様の隣では寝かせない…と思う。こんなに部屋が有り余ってるんだし、シーラさんと初めて会った部屋もあるし。
「あら、陛下の寝所でございますでしょう?」
…そんな『何をいまさら』って感じに言われても。
確かにいまさら、かもしれないけど。ジンニーだからかもしれないけど。…むしろ不審人物だからいつ何があっても切り捨てられるから、のほうがしっくりくる。けど、それにしてもその役目は王様のものじゃあないでしょう。
唸ってもみても考えもつかない。
「アスカ様が陛下に寝物語をするというように伺っていますが。」
あぁ、あの一言。
頭に赤い血と真っ青な…美幸さんに似た女の人の姿がひらめく。
あの絞り出した一言で王様はわたしを隣に寝かせるって決めた、のかな。そういえば夜中にこっちに来たときも話せっていわれたっけ。
「ジンニーたるアスカ様のお話は大変面白いとこぼされておりましたわ。」
にっこりとほほ笑んだシーラさん。
…林檎で口論になった記憶がどう転がったのかは不思議だけど。
「わたしが毎晩王様の部屋にいたら…その。」
女の人は来ませんよね?そしてその人に王様が剣をふるうこともないですよね。
でも、そんなこと言葉にできない。
曇った顔でシーラさんから目をそらせば、何かに気がついたようにその笑顔も凍ったのが気配で分かる。
「え…えぇ。そのようなことは起きませんわ。…必ず。」
何かを思い起こすように断定するシーラさん。そこに寂しさと悲しさが混ざっていた気がしたけど、すぐにかき消えた。
「さぁ、陛下が待ちくたびれているかもしれませんわ。戻りましょう。」
さっきご飯を食べた場所…気持ち的にはリビング、な部屋までわたしを案内してシーラさんは下がってしまった。
王様はもう寝室なのか、部屋の蝋燭はいくつかしか灯ってなくて暗くなっている。
綺麗に片づけられたテーブル。シーラさんはわたしにかかりっきりだったし、王様がやったなんてことは。うん、たぶん絶対ない、から他に使用人がいるんだろうけど…なんで昼間もさっきも全然会えなかったんだろう。
ちらり、とみれば王様が座っていたソファ。なんというか、さすが王様の部屋って感じのものでわたしだったら十分に寝れそう。寝違えもしなそうな幅がある。
「…何をしている。」
じぃ、とソファを見つめていて…完全に寝室の方に背を向けていたら背後から低い声が聞こえた。
慌てて振り返れば、さっきよりも簡素な服を着た不機嫌そうな王様。簡素で…若干肌蹴ている分ただでさえ異常な色気がダダ漏れになっていて、目に毒。
こういう時はどんな反応をすればいいんだろう…
そもそも王様とどんな風に話せばいいかが分からない。わたしは口数が多い方じゃないと思うけど、王様はそれよりもっと少ない。…というか今日は少ない、のかな。確か前はここまで寡黙じゃなかったはずだけど。
どうしていいか分からなくて。ただ無表情な夜みたいな瞳を見つめていた。
「ふぇ…」
情けない気の抜けた声が唇から洩れる。
小さく溜息をついてつかつかと王様が近づいてくる。
自然と顔が上向きになる。こんな風に見上げたことはなかったけど、やっぱりすごく背が高い。
ひょろり、って感じじゃなくて、しなやかな筋肉がついた体が目の前まで来て。
視界が急にずれた。
「お、降ろしてくりゃさい!」
焦りすぎて変な感じに噛んだ。でも王様は一瞥もくれないままさっさと歩きだす。
足をばたばたさせても一向に降ろしてくれないし、「暴れるな」とも言わない。そもそもわたしが暴れても王様には障害になってないみたい。
諦めて黙ってお姫様だっこされる。
……お姫様だっこっていう響き自体なんか恥ずかしい。
顔の隣に見える褐色の肌を意識の外に追いやりながら、不思議な近視感を覚える。初めてお姫様だっこされたはずなのにどこかに残る記憶。
必死に思いだそうとしたけどやっぱり思い出せないまま、はじまりの急激さとは違ってふわりと終わった。
目に映ったのは豪華な天蓋。
あぁ、ベッドか。
少なくとも初めてではない場所に少し安心する。
隣がへこんだって感じればそこに王様。
うん、ここ王様のベッドだもんね。
座り込んだわたしを意に介することなく、王様はそこに寝そべる。
漆黒の髪の毛がまだ、少し濡れている。
それをぼぅ、っと見ていると少しだけ不機嫌そうな色をした瞳に見上げられる。
「さぁ、前の続きを。」
それは寝物語の始まりの合図。