6-チュウショク-
この話を抜かしていた。すいません。とりあえず、さっさと投稿
「さあ」
彩里の答えはこれだった。
「こればっかりは、答えられないわ。教えられない」
そう言ってふわりとほほ笑む。
「こればっかりは、あの子に直接聞きなさい」
瞳が、哀しげに揺れたような気がした。
しばらく沈黙が流れた。しかし、ここは図書館なので静かにはならない。音はない。ただ、せわしなく動く従業員、その他の利用者。絶え間なく、周りは変化を続けた。
「さあ颯希。他に質問は?」
彩里が言った。いきなり呼び捨てで驚いた。滉は、初めて会ったときと同じ体勢に落ち着き、何かの本を読んでいる。亮も同様に本を読んでいた。
「ああ、はい」
さっきの質問の時の彩里の顔が頭から離れない。亜妃に質問した時も、こんなことがあった。亜妃は、一体何者なんだ? 疑問と憶測が頭の中を行き来する。でも今は、違う質問をできるチャンスだ。昨日書き出した事柄をゆっくりと思い出し、音を舌に乗せて発する。一応年上だろうから敬語で話すことを忘れない。
「おととい、ここに来た時わたしが住むところはまだ昼だったんですけどなんでこっちが夜だったんですか?」
「特に理由はないわ。毎年、この時期に起こる一日中夜の日があるの。ほら、どっかの国で夜でも日が沈まないところがあるじゃない」
「はい、南極や北極に近い地方で夏に起こる白夜のことですね」
「そうそう、時期は同じじゃないけどその反対で確か」
「極夜」
滉が言った。急に会話に混ざってくるので、驚いた。
「それ」
「でも極夜は確か、陽の光が当たる限界緯度である六十六,六度を超える南極圏や北極圏で起こる現象のことで白夜は夏ごろだけど極夜は冬頃に起きるはずなんですが」
「ああ、詳しいことは気にするな」
亮が言った。この世界が存在していること自体、普通の考えでは思いつかないものだ。ここで起きる現象全て、もしかしたら今の地球の科学力では解説ができないものかもしれないのだ。
「分かりました。あと、亜妃がわたしに対して何度も『来てはいけない』っていうんですけど、どうして?」
彩里は少し悩んだ素振りを見せ、颯希をじっと見た。
「えっと」
「うん、まあ、そうよね。やっぱり」
「はい?」
状況がうまく呑みこめていない。亜妃にも顔を見られて驚いたことがあるので、顔に何かあるのだろうか?
「わたしの顔に、何か?」
「まあ、そうだな」
滉が言った。本からちらりと目をはなし視線を飛ばす。その視線が、妙に刺さった。
「何が、そうなの?」
「調べてみれば。ここは、ヴィパル一の図書館だ。なんでも揃ってる」
そしてにやりと笑う。何と言うか、このちょっと上から目線の性格には疲れる。
「滉って何歳?」
「十三」
「あ、わたしも十三。八月で十四」
同じ年なのに驚いた。中学生と言えば、小学校時代女子より小さかった男子がぐいぐい背を伸ばす時期だ。滉は、明らかに百五十五程度の颯希より小さかった。
「可哀そうでしょう? あの子小っちゃい時からあまり背がのびなくて、あれでも結構がんばってる方らしいのよ。この前、百五十になったー、って喜んでたわ」
彩里が小声で言った。ちらちらと滉を見ているので、視線はわざと飛ばしているらしい。それに気が付いているのか、滉は
「聞こえてますけど」
と、ムカつき気味に言っていた。それを見て、亮が笑って、明らかに亮より小さい滉がむきになって掴みかかって、それを見て彩里が笑って、何とも和やかな雰囲気が流れた。そして颯希は、それを見て驚いた。
ここは地球ではない。そして、この未知の空間で多くの人々が生活をしている。それは、普通では考えられないことで、絶対にありえないと思っていた。それがつい先日覆されて、そして今、その世界にしっかりとした両足で立つ自分がいる。そんなところで、地球のような場所を見つけ、地球にいるような安心感に満たされている自分が颯希は不思議でたまらなかった。
***
「俺らも、地球の人だぜ。俺は、あー四年前ぐらいからここにいるけどな。あ、しかも全員、日本人。てか、何気に日本人以外見たことねぇな。日本人しかいないんじゃねぇか?」
「確かに。いいとこに目つけてるね、滉」
「外国から来れないんじゃないか? ここの食材とか、ほぼ米だし」
「ああ、なるほど」
滉と彩里の声が被る。
「え、ちょっと待って」
今は昼時で、颯希の質問が終わった後、今度は颯希に対する質問がされた。身長が何センチだとか百五十はいつ越したとか、日本男児の平均身長はどのぐらいだとか。(おもに滉からである。この質問から察するに滉はどうやら自分が小さいことを気にしているらしい。)そして、図書館で十二時を知らせる鐘が(これまた、学校と同じような音がするから颯希は自分が勝手にこっちに来ていることを自覚した)鳴り、図書館の中にある食堂で昼食を食べている。ちなみに颯希は、自前だ。
「何?」
彩里が答えた。昼食時、颯希は彩里たちにどこで生まれたのかを聞いたのだがそれが先ほどの会話につながった。
「みんな、ヴィパルの人じゃないの?」
「今はな」
滉が答えた。
「今は、って……」
颯希は思ったのだ。もし、意図的にここにとどまっているのなら、それにどんな理由があるのか。颯希が日本とヴィパルの間を自由に行き来できているように、きっとほかの人もできるのだ。でなければ、先ほどの三人の会話が立証できない。
「わたしたちはあなたみたいに日本からやってきた者たちばかりよ」
彩里が追い打ちをかけるように補足を始めた。
「みんな、気づいたらここにいて、ちょっとあってここにとどまってるの」
「……ちょっと、ってなに?」
「ある者はなくし、ある者は得て、ある者は消した」
「何を?」
「それは言えないわ。ただ、それを地球で背負いながら生きていけるのか、という問題なのよ」
彩里は笑う。亜妃の質問の時よりもさらに、哀しげなしかし満ち足りたような笑顔だ。
「わたしたちがここで出会えたのは奇跡。……勿論、亜妃も、颯希も」
「俺はどっちも知らなかったけど」
滉が割り込む。確かに、亜妃も滉のことを知らなかった。
「うるさい」
そして、亮が頭を殴った。どうやら、パターン化しているらしいそのやり取りに、彩里はこれっぽっちも関心を見せなかった。
「その奇跡を大事にして生きていたら、何気にいいこともあるのよ。勿論、辛いことも、かなしいことも。時には、誰かにすべてぶちまかしたいような衝動に駆られる時もあるけどそれはそれ。ここにいることで見えることも、わかることもある」
彩里は半ば自分に言い聞かせるように言った。亮と滉は静かに彩里の話を聞いてそして静かに言った。
「そう、生きることは大切」
「ならまず飯だな」
滉の発言に颯希は思わず吹き出した。
「何だよ」
「ご、ごめん」
自分でもわからなかった。吹きだした原因が。ただ、滉があまりにも子供で、それを見ている彩里と亮をすごいと感じて、そして柄にもなく、彩里が言ったことに少し、感動したのだ。ああ、この人は何てしなやかで強いんだろう。そんなことを思ったのだ。
一度噴き出した笑いは止まらなかった。滉が、「何だよ、ホントのこと言っただけじゃん」といういかにも子供な言い分がさらに拍車をかけたのか、はたまた彩里と亮が、そんな会話と颯希につられたのか二人とも笑って、滉が一人で戸惑っているせいなのか。ただ、滉以外の三人はしばらくの間ずっと笑い続けていたのだ。