5-トショカン-
次の日の朝、ユウが起きる前に着替え(土日の登校も制服なので出るまでは制服だが、きちんとジャージを持っている)、母に一日ずっと学校に行ってくると告げ、お弁当は自分で買うと言い家を出た。
さっさと学校に行って、さっさとヴィパルに行きたいと思うようになった颯希は自分の変化に気付いた。やっぱり、毎日の生活に刺激は必要だ。
昨日、たっぷり寝たので逆に、今日神木のもとで眠れるか心配になった。というか、神木以外から行けるようなところはないのかと思い少し苛つく。
早足に学校へ行き、更衣室で着替え、荷物をかぎ付きロッカーに入れ神木へ向かった。土日も部活がある生徒はもう登校しているだろう時間帯だ。長く生い茂った草に身を隠し、目を瞑った。
***
眠った気はしていなくて、もしかしなくてもあの場所だった。なるほど、目を瞑ればいいのかと新たな発見をし、亜妃の家へ行ける道を探す。昨日、ぼんやりとした記憶の中で印をつけたような気がしたのだが。
「あった」
朽ちた木の真後ろにあった木には大きくバツ印が書いてあった。さすがわたし、と過去の自分を褒め称えて、ずかずかと進んでいった。
少し歩いて、亜妃の家が見えてきた。というか、昨日亜妃は「帰れば」と言っていたことが気になった。家にいるのに、帰るとは何事か。昨日も思ったが、今度は深く考えてみよう。昨日の誘拐現場に何か関係があるのだろうか。そう思い目を細める。亜妃が誘拐のようなことに肯定的なのかわからないがこの世界も、ここにいる人も、何とも不思議だった。誰かの命令でしているのだろうが、誘拐する意味が分からず、また、その現場に亜妃がいたこと、さらにその現場にいた男たちは亜妃の命令に逆らえないような素振りを見せたことが不思議で、疑問だ。どう考えればいいのか分からないほど、ヒントがなさ過ぎた。
亜妃の家に近づいたとき、中に人影があるのに気が付いた。亜妃かと思い、走っていき中に入った。
「お、颯希」
亜妃は颯希に気付いたように顔を上げた。
手には、昨日のように短いしかし鋭そうなナイフを持っていた。それを訝しげに眺めている颯希に気付いたのか、亜妃は空中に回転させながら投げ、説明した。
「これ、戦闘用」
まったく意味が分からず、首を傾げてしまった。
「えっと、これ戦闘用ってどういう……」
「ああ、ごめん。まあ、文字通り。戦う時使うんだよ」
「誰と?」
亜妃は少し、間を置いた。それからため息交じりで、静かに答えた。
「あんたには関係ないでしょ」
昨日から、亜妃の言動には何かを隠しているとしか感じられない。よし、と思い、ここは思い切って昨日からの疑問をぶつけてみた。
「亜妃、あのさ、ちょっと不思議な」
「そんなことよりさ、図書館、見つかったけど行く?」
颯希は質問が遮られたのは意図的なような気がした。しかし、今日の目的の中に含まれている図書館。今、行かなければもう行けないのだろうか?
そんな思いを読んだように、亜妃は言った。
「颯希。あたし、明日からこっち来ないし行くなら今日が最後のチャンスだけど?」
これは、何とも手厳しい。全てを分かっているような深い緑に見つめられ身動きが取れなくなった。頷くのが精いっぱいだ。
***
亜妃の後をついて歩いて行くうちに、颯希は周りの環境の変化に気付いた。
朽ちた木があるところから抜ければ、川があり、地面には草が生えだし木はたくさんある。また、道から少しずれれば林がありそこの地面はぬかるんでいる。自然豊かなこの土地だが、さらにそこから歩いて行くと(太陽の位置から、きっと北に)生えている木は実をつけはじめ、色豊かな花が咲き始める。周りを見渡すと、遠くにキャンプみたいなテントだって見えた。
この土地に、きちんと人々が生活しているという証拠だ。
しかし亜妃は、そのキャンプに近づくこともなく、きれいに横にそれ、奥へと進んでいった。
急に暗くなったと思ったら、森の中に入ったり、人がいると思ったらそれに軽く会釈して進んだり(会釈された側はかなり深々しい会釈)亜妃は何も言わずに進んでいった。今日は来ていないコートのせいでよく見える亜妃の長いポニーテイルが揺れているのを見ながら進んでいった。途中から、亜妃のポニーテイルしか見ていないので亜妃が突然とまると思いっきり亜妃にぶつかった。
「いった」
「それはこっちのセリフだっての。……ここよ、図書館」
鼻の頭を押さえ、意外と固い亜妃の背中に毒づいた。
そして、亜妃の背中から離れ、図書館を見た。
思わず目を見開いた。大きくて、圧迫してきそうな重厚感。日本にはめったにお目にかからないだろう、石でできた建築物で文明開化時の日本の様子と重なる。そんなデザインや存在感に感動を覚えてしまった。
「亜妃、これ、本当に図書館?」
思わず聞いてしまうようなその見た目は、颯希が想像していた図書館とはかけ離れた外見だった。窓に、「みんな仲良く」をテーマにしたかのような動物たちの戯れる様子の画用紙とかそんなのはこれっぽっちもなくてとにかく大きく、図書館とは思いつかないような外装なのだ。
「うん、そう。あたしも昨日聞いたときには驚いたわ」
というか、これを聞いたのは昨日が初めてなのか。少し呆れた。しかし、ここを紹介してくれた亜妃には感謝だ。
「あ、そうそう中にあたしの知り合いがいて、その人が今日いろいろ教えてくれるっていうからあたしはもう帰るけど」
「せめてその人の外見とか教えてよ」
困ったように颯希がそう言って、亜妃は納得するように手を叩く。
「中までは一緒に行くから」
そう言う亜妃をしり目に、颯希はさっさと歩いて、入口の前に立った。
どうやらここには自動扉というものがないらしく、扉もガラスではなく木製で手動だ。亜妃が追い付いてくるのを待って、颯希はその扉を開けた。
中には、とても広い世界が広がっていた。
天井の一歩手前まで敷き詰められた本の数々、もちろん、一番下まで本棚は続いており、一階・二階・三階というように分かれていた。峡を上がるのには階段を使うらしく、階段が入口側と反対側に一つずつ整備されていた。真っ赤な絨毯の上にも本棚がたくさんあり、なんだかんだで一階の蔵書が一番多いそうだ。
ここで利用者は入口の紙に名前を書くらしく亜妃がそそくさと二人の名前を書いた。ただ、使ったペンが羽ペンのようにしか見えなかったが。
「こっち」
行きかうたくさんの人々は、タキシードみたいな服を着た人がいっぱいいた。彼らはどうやらここの従業員らしく、忙しくあちこちを動き回ってる。
「あー、いた」
周りに見惚れている間に、亜妃はあっという間に奥に行っていた。手招きされた方へ行く途中、本棚の分類を見ると「歴史」のところだった。
亜妃がいたと思われる棚のところに入ると、女の人が一人、男の人が一人、男の子が一人いてその子だけ棚と棚の間の狭いところに足と背を持たれかけていた。いや、最後の男の子はもしかしたら女の子かも知れない。見間違えるほど、その子はきれいだった。
「紹介するね。こっちの人が」
そう言って示したのは女の人だ。
「彩里です。よろしくね、颯希ちゃん」
そう言って彩里は柔らかそうな手を差し出した。優しそうな笑みを浮かべる、お母さんを連想してしまう人だ。髪の毛が栗色で長い癖毛だった。
「で、こっちが」
「亮。よろしく」
次は、男の人でこちらはごつごつした手で颯希の手を握った。大きくて、角刈りの頭は思わずついて行きたくなるようなリーダー性を感じた。
「で、誰?」
亜妃がそう言って驚いた。どうやら最後の子供は亜妃が知らない子の様だ。ぱちくりしてその子を見ていると、自分から名乗った。
「滉」
何とも無愛想な子だ。小さくて、黒い髪、黒い目をしていた。声の質から男の子のようだが見た目からしたらぱっと見、女と間違えてしまう。
「滉君? よろしく。園枝颯希です」
そう言って手を差し伸べる。すると滉は鋭い視線をぶつけて言った。
「……苗字は名乗るな。ここでの鉄則だ」
そうなのか。驚いて謝る。
「ごめん。わたしまだここに不慣れで」
「なら来るな」
すとん、と降りて床に立った。強気の割りに、颯希より小さいので年齢的には小学生かなと感じた。
「こらっ」
すると、亮が頭を殴ったようで滉の頭はがくんと下がる。
「いってー! 何すんだよ亮ちゃん!!」
「そんな大口叩くんじゃない。滉だって初めの方はだめだめだっただろうが」
「俺こっちに来た時一番初めに会ったの彩里さんだからな!」
「うるさいわよ二人共」
そう言って、彩里も滉を叩いた。滉は、二人から二度も殴られるとは思ってもみなかったらしく、頭を押さえて涙目になっていた。
「何で彩里さんも!?」
とっても驚いているようだが、亮は冷静に答えた。
「うるさいからだ」
ちょっと災難だった滉だ。何とも騒がしい三人を見て颯希は苦笑いを浮かべ、亜妃にポンと肩を叩かれた。
***
じゃあ、あたしもう行くけど。亜妃がそう言ったのは数分前だ。三人は落ち着いたようで(滉はいまだに仏頂面)颯希に何が目的なのか聞いた。
「目的、っていうか、ちょっと聞きたいことがいくつかあって」
「何?」
「彩里さんたちは、亜妃のことよく知ってますか? この国のことも」
「……そうね。まあ、少なくともあなたよりは」
「じゃあ質問です」
昨日、亜妃に答えてもらえなかったものだ。いくつも聞きたいことがある中で、これが一番、聞きたかった。
「亜妃って何者ですか?」
おーなんか、三度目となると勢いがなくなるきがします(推敲)
うん、まあ、頑張って連載しよう←
誤字とかあったら教えてください。