3-アキ-
「ここについて、って、え?」
「だから、ここ」
そう言いながら亜妃は地面を足でたたいた。長いコートのせいで分からなかったが、亜妃はピンクの少し民族感がある刺繍が入っているTシャツに茶色のふんわりとしたショートパンツ、それに合う黒く長い、長靴のような役割もしそうなブーツを履いていた。手には金色の腕輪をはめており、それには宝石みたいな、亜妃の目と同じ緑色の石が組み込まれていた。
颯希は驚きながらしかし、なお冷静に言葉をつないだ。
「ここって、うーん日本じゃないのは確かだよね」
「まあ」
「そう言えば亜希さんって日本人?」
「そう見える?」
そう言われ、言葉に詰まった。赤い髪、緑の瞳、高い背。亜妃の特徴、どれをとっても日本人とは言い切れない。でも、だからといって純粋な外国人のような彫りの深い顔ではない。ならば、と思い、自分と似たような感じなのかと思う。
「日本語ペラペラだし……ハーフ?」
「正解。……日本語ペラペラってのは、まああんまり確証にはなんないけどね……でも、そういうあんたも純粋な日本人じゃないのよね。その髪、自毛?」
「そっ。目の色ももともとよ」
少し誇らしげに言う。亜妃は軽く目を瞬かせ言った。
「ハーフより少し外国人離れしてる。……クォータ―ってやつ?」
「正解」
颯希はクォーターである。外国人は祖母でどこの国出身か正確には聞いていない。祖母は母方の親で、颯希の母がまだ若かりし頃に亡くなったので颯希は祖母の顔を写真でしか見たことがなく、実際の実感はあまりない。弟がいる颯希だが、颯希の弟は髪は黒だが目が青い。どうも、そこだけ祖母譲りらしくなんだかんだで気に入っているらしい。
「いや~、この容姿のおかげでわたしモテモテって感じなんだよねぇ」
「……そう? あたしは疲れたわ」
それはこの状況に対しても言葉だろうか。それともほかに対してだろうか。一瞬、勘ぐるが特に考えない。
「あ、ごめん」
「ん、まあいいけど」
なんだかんだでずっと洞穴の前に立っていた二人は、亜妃にすすめられ、洞穴の中に入り、そこにあった土でできた椅子に座った。土だというから固いかと思ったが、土の上にはクッションがあり、割と座り心地は良い。
「で、ここについて教えてあげるの続きだけど、まず、あんたは絶対にこっちに来るな。以上」
「はあ?」
変な声が出た。さっきから、同じことの繰り返しのような気がする。
「何でこっちに来ちゃいけないの?」
「あんたがまだ子供だからよ」
そう言われ、少しムカッと来た。見た目からしたらいくら背が高くても亜妃だって子供のように見える。
「亜妃だって子供じゃん」
そう言って、さん付けするのに忘れたことに気が付いた。
「うん、まあ、そうなんだけどあたしはいいの。ていうか、あんたと違うし」
亜妃は言いながら手首の腕輪を触る。一回転したそれは、緑の色をした宝石らしき石の反対側が見え、そこに変な文字が刻まれているのに颯希は気が付いた。
また、どうやら亜妃は〝さん〟付けし忘れたことに怒らない人のようだ。颯希はなら、これからは呼び捨ててしまおうと思った。
「詳しく言うのも面倒だし、言わないけどまあ、ここは日本のっていうか地球の裏側の世界っていうか」
つまり、ここは地球の裏側でここは地球ではないということになる、のか? そこで疑問が生じた。
「これって、現実に起きていることだよね。わたしの魂がこっちに来てひらひらしてる、とかそんなファンタジーみたいなことじゃなくて」
「そう。ま、地球と別世界があること自体あたしはファンタジーだと思うけど」
同感である。確かにそうだ。ただ、大切なのは、これが現実に起きているということ。もしそうなら世紀の大発見である。ここの世界について詳しく知り、写真やここでの生活を記す文献などが見つかればそれは地球と離れた世界で全く違う人種が歴史を紡いできた証。
颯希はそう考えいくつかの事実確認が必要だと思った。
「いくつか質問」
「どうぞ」
亜妃が許してくれたので五本の指を亜妃の顔に突き出し、質問をする。
「まず一つ目。ここは地球の裏側と言うのは本当?」
「正確には地球と表裏一体になったパラレルワールド的な感じ」
「二つ目。ここに名前はある? その名前は?」
「ある。えっと、ヴィパルだったけな」
「三つ目。ここはどのぐらい歴史があるところ?」
「さあ、知らない」
そう言って肩をすくめる。しかし、すぐに言葉を付け足す。
「多分、地球と同じぐらい」
納得し、颯希は四つ目の質問をする。
「四つ目。ここに、それを知れるような場所はある? その数は」
「あるっちゃある。数は知らないけど、図書館もあるし、遺跡も何個か残ってるし」
五本のうち、親指から順に閉じていき最後に残った小指を閉じた。これが一番聞きたくて、これが一番大切だ。
「最後。あなた、何者?」
亜妃は途端に口を閉じた。しかし、少し間が開いてから亜妃は答えた。
「何者でしょう?」
その時の亜妃のにやりと上がった口角は、まるでいたずらを考える子供の様で、でも妙に寂しそうで頭の底にこびりついた。
***
ふと外見ると、太陽が高い位置に来ていた。そして、おなかも鳴っていた。昨日の経験から、地球と個々の時間の流れは同じじゃないと思っていた颯希は、夜に戻っても夕方に戻れるだろうと思い亜妃に提案した。
「ね、亜妃、これから図書館に行きたいんだけど」
亜妃は驚いたように、こちらを見る。今迄亜妃は、棚に入っていたナイフの手入れをしていたのだ。
「ごめん、あたしその場所知らないし」
そう聞いて、肩を落とす。
あからさまに落ち込んだ颯希を見てあわてたのか、亜妃はこう付け足した。
「あ、あたしの知り合いがよく図書館に入り浸ってるからもしかしたらわかるかも」
「本当!」
「うーん、でも知り合いっつてもここ最近連絡取ってないしなぁ。あ、一回帰ればわかるかも」
亜妃の言葉に、今すぐにいけないのだとわかった。
帰る、ってここが亜妃の家ではないのか?
少しがっかりしたが、行ける希望はまだある。
「じゃあ、亜妃。さようなら」
その言葉を聞いた亜妃は颯希に冷たい視線を飛ばした。ぞくっとした颯希だが構わず続ける。
「早く帰って来て教えてちょーだい」
すると亜妃はため息をつき、床に投げ捨てていたコートをきて、フードをかぶった。
「じゃあ、あたし帰るけど。言っとくけど、ここと地球――日本の時間は同じだよ? ここは、正確に言えば地球の中の日本と言う地点の裏側なんだからさ」
それを聞き、颯希は血の気が引いて行くのを感じた。
「それ先に言ってよ!」
そう言うが早いが、颯希はさっさと洞穴から出て行った。今日、颯希は学校にいることになっていて昼前には帰る約束をしていたのだ。そうしなければ、教育ママである颯希のお母さんは次の日――つまり日曜日――には颯希が勉強机から離れることを許さないだろう。
勢いよく駆け出した颯希を見て、亜妃は一息をついた。
途中で颯希は振り向いて、教えてくれてありがとうと叫びながら亜妃に向かって手を振った。場所が分かるのか、はじめに会ったとき帰り方を知らないといったのは誰なんだと突っ込みたくなるほど一目散に駆けて行った。
「ありがとう、ねぇ」
と言い、微かに微笑む。
「久しぶりに言われたわ」
そんなこと。
そう言って、洞穴を後にした亜妃の顔にはかすかに微笑みが残っていた。
***
颯希は急いで走り、朽ちた木を見つけその根元に飛び込んだ。帰り方は知らないが、昨日も帰れたので多分、帰れるはずだ。
昨日は気づかなかったが、穴の中は真っ暗と言うわけでもなく、明るい空の色をしていた。まるで空を飛んでいるようなそんな清々しさを感じるのだ。
誤字脱字とか多分ないと思いますがあったら教えてください。
その他なんでも来たらめっちゃ喜ぶと思いますので(笑)