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46-チカラ-

 亮は木の上ではなく、草陰に隠れた。亮ほどの大きさ・重さを耐えられそうな木が周りを見渡したときないと判断したからだ。丁度いい具合に草の密集地が現れたので、亮はためらわずに地面に横たわるようにしてそこに身を潜めた。

 するとすぐに足音が聞こえてくる。取れた距離が少なかったようだ。しかし亮は構える。狩猟で鍛えた腕前には、超がつくほど自信がある。まずは走ってきた相手の足を狙う。


 姿見えた次の瞬間、静かな森の中に銃声が響く。同時に相手の奇声も上がった。


「くそっ」


 足首を打ち抜かれたマノロはその衝動で地面に倒れていた。打ち抜かれた場所から、鮮血が流れ出る。彼は苦悶に満ちた顔をして打たれた場所を探している。


「どこだ」


 静かで太い声は、殺されるとは微塵も感じていない声だ。殺しはしない。亮はそう思う。それを読み取っているかのように、マノロはこんな状況で驚くほど落ち着いている。


「お前は絶対、殺さない。私は殺される心配はない。だから貴様を、存分に痛目つけられる」


 それができたならな。小さく呟く。マノロには、ちょうど吹いた風によりなびいた草の音で聞こえないはずだ。

 倒れてくれたおかげで狙いやすい。そう思って構える。きっと、滉も足と肩を打ったはずだ。亮はマノロの肩に狙いを定め、引き金を引く。


 銃声がこだました。マノロの叫び声とともに、血が流れる。亮は立ち上がり、睨んでくるマノロに向かい、銃口を向けた。相手は怯えた表情になる。しかしお構いなしに、亮は打った。睡眠弾だ。風で薄くなってから、マノロの腕を持った。彩里のところまで引っ張っていくのだ。


***


「王、洗脳の力を使うとどのような感じになりますか?」


 亜妃の日記には、体がぼわっと熱くなると書いてあった。それは能力者全員に当てはまるものなのか。

 彩里に起こされた王は、未だ眠そうでトロンとした目を颯希に向けた。たっぷりと間を使ってから、


「能力発生時と同じく、体が熱くなる」


 と答える。ならば、わたしに能力はないか。そう思ったとき、王は言葉を続けた。


「……だがそれは、普通の能力者の話じゃ」


 驚いて颯希は王の瞳を見つめた。それから少し考えて、彩里とシモーナにも同じ質問をする。


「どうなる?」

「わたしは、体が熱くなる、けど」


 彩里が答えて、シモーナが頷く。洗脳の能力者だけ違うというのか。


「洗脳の能力者は、意図せずにその能力を使える、ということですか?」


 そうなると、不安だ。


「そうじゃ」


 やばい、これは。

 荒くなる呼吸を抑え、颯希は拳を握った。


「しかし、能力を使ったのはわかる」

「そうじゃな。ただ、使ったその時にはわからない」


 王は軽く咳き込んだ。シモーナが心配そうに見つめる。彩里は颯希を見ていた。


「なぜ、使ったとわかるのですか?」


 颯希の声が、少し震える。


「使い終わったあと、立っているのも辛いほどの疲労に襲われたり、急病を患ったり、するからのお」


 嫌だと思う反面、そうだと認識しているものがあった。


 颯希は、能力を使っている、ということだ。


 ヴィパルから帰ってくるといつも、とてつもない睡魔に襲われる。重なるのはそれだけだが、颯希が王家の印を持つ次期王だということを考えるとそういう考えを持つ。


「本当に、使ったときはわからないのですか? 能力が発動する条件は?」


 王は少し眠りかけていた。老体には病で倒れているところに質問攻めされたら、たまったものではないだろう。シモーナに軽く睨まれつつ颯希は王に質問する。


「使ったとき、ぼわーと熱くなることがある。……条件、そうじゃな……目を、しっかりと、見つめることじゃろうか」


 そう言って、王は空を見る。


 目を見つめて話すのは、颯希にとって日常茶飯事だった。


 仮に能力があるとして、洗脳の能力を使ったのはいつか。第一、洗脳を使っていたのか。それはどんなふうに、颯希が望んだふうに洗脳されるのだろうか。


「洗脳というのは、つまり、自分の思い通りに動かせるというわけですよね」


 王は静かに頷いた。

 颯希は考えた。今まで、ヴィパルに来てからであった人達に、こうなって欲しいと思いながら目を見つめたことはない。そうだとして、それならば颯希は一度も洗脳の力を使ってはいないこととなる。しかし颯希には、思い当たる節があった。ある程度の会話を交わしたことのあるものに、その力を使っていないと断言できる要素はない。ただ、もしかしたら。そんな可能性だけがある。目を見て話していたとき、何かを強く、思っていたことはないだろうか。例えば――滉と王宮に向かう時川岸で話した時とか。


「彩里、多分、わたし、洗脳の能力、あると思う」


 言葉がつながらない。王との会話で颯希は確信した。洗脳の能力を持っている、と。

 そして、確信を得てしまったからずっと思っていたことを試さずにはいられない。


「それでさ、少し思ったんだけどわたしの能力使って、ドゥッチオだっけ? そいつも、ジェラルドも言う事を聞かせられるんじゃないかなって」

「それはできないわ」


 すぐに、彩里ではなくシモーナに反対された。


「なぜ?」

「ドゥッチオはともかく、ジェラルドは無理。あいつは、王の命令しか聞かない」

「王に洗脳されている、ということ?」

「そう。というか、王宮に働く人、王都に住む人はたいてい洗脳が完了している」


 簡単に、支配下における。


 シモーナはそう続けた。


 人とはかなり嫌な生き物らしい。力をつけたら、支配欲が体中から湧き上がる。それはきっと、颯希も例外ではない。確信を得てから――しかし、それは未だに不特定だが――力を使いたくて、ウズウズしている。違う意味で、体が熱を帯びていた。


「その洗脳の上から、洗脳をかける。自分の存在が、絶対だと相手に上書きはできないの?」

「さあ、やってみないとわからないけれどきっとできないわ」


 能力の上書き。それは果たして、可能なのか。


「……少しいいかしら?」


 彩里が言った。


「ドゥッチオはともかく、というのはどう言う意味? 彼は洗脳されていないの?」

「……」


 シモーナは目を細める。そして言った。


「あいつの洗脳はとっくに解けている。どうやったかは知らないけど、力に怯えて洗脳されているふりをしているだけ」

「なぜわかったの?」

「あいつだけいつも、言う事を聞かないのよ」

「亜妃は? あの子も洗脳されているの? リナも?」

「そうかもね。詳しくは知らないわよ。けど亜妃は王に、というよりどちらかというとジェラルドに洗脳された、って感じかしら。リナも亜妃に、という感じよ」


 シモーナの白い髪が風に揺れる。


 〝どちらかというとジェラルドに洗脳された、って感じよ〟


 声が、頭の中に反響した。亜妃もリナも、直接的に王からの洗脳を受けていないのか。

 シモーナと目が合う。


「それは、どう言う意味?」


 彩里が聞いた。再び、少し強い風が吹く。


「颯希が思っているとおり、亜妃もリナも、直接的に王からの洗脳を受けていない。だから、こんな反逆を起こせるの」


 心が読まれた。そういえば,シモーナは心を読む能力者だ。


「……洗脳を受けていたら?」

「そういう考えに、まず至らない。世界の中心を王だと考えるのだからそれに逆らおうなんて、ね。それが解けちゃったドゥッチオは、どうやらどうなってもいいみたいだけど」


 シモーナはどうやら視線をずらして、ドゥッチオを見ているようだ。後ろ姿で分からないが、彼女は初めから知っていたのだろう。シモーナの力で、ドゥッチオの心を読んでおけば考えが読み取れる。


「つまりシモーナ、あなたは初めから知っていたのよね?」


 颯希が言う。彩里がシモーナに見えないようにナイフを構えた。しかし、心を読める能力の前に戦う事は無謀だ。

 シモーナはビクッと肩を動かし、颯希の目だけをじっくりと見つめた。



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