44-センノウ-
遅れてしまい申し訳ありません。
彩里はシモーナの発言を冷静に聞いていた。情報操作されているというのは前々から感じていたものだ。対して驚くことでもない。それは颯希も同じようで冷静にそれを聞き止めていた。
「じゃあ王族の能力ってなんなの?」
「洗脳よ」
「……子供たちに向かって、亜妃でやろうとしていたこと?」
シモーナは頷いた。少し考えた後に颯希が言う。
「つまり、洗脳が行われることっで気持ちが良くなると」
「そういうことになるわね」
心の何処かでシモーナを連れてきて正解だと思った。
「ねえ彩里、何かあった?」
先程聞きかけたことの続きだ。彩里が少し、ピリピリしたような感じだったからだ。
「あなたたちが戦っている最中のことよ。この国になぜ能力者がいるのかを聞けたの」
「でも今は関係ないんじゃない? とにかく地球に戻りたいだけだし」
「まあそうなのよ。でも、この国には古くから地球とつながっていることは分かっていたみたいよ。王は、だから先代王女が地球に逃げたのかもと思って地球征服~なんていうのを掲げて行こうとしていたみたいね」
つまり、幼馴染を探したかったのよ。最後に彩里がそう付け加えた。
「それって、どういう」
先程から会話に入ってこないシモーナを確認してから聞く。
「意味?」
「そのままよ。ここにいる王と、あなたの祖母は幼馴染で、王はあなたの祖母を探すために、地球に行きたかったようよ」
「それでなんで、ちょっとピリピリしてるの?」
「ん? ちょっと焦ってんの。あんまり長いこと戦ったことがなくてね。亮と滉はいつの間にかいないし、亜妃とジェラルドは動かないし。リナとドゥッチオは何を話しているのやら」
焦り、か。王が眠りについていて、シモーナがそれについているのを見てから颯希は言った。
「能力者って、なんでいるの?」
「あら、興味があるの?」
「うん、まあ。それが地球から来たあなたたち三人にも備わっているのが不思議なのよね、余計に」
最後含んだような言い方をした颯希に彩里は笑いかけた。
「簡単な話よ。この国はあらゆる賢者によって形成された。例えば、大地を司る賢者、天候を司る賢者、季節を司る賢者、っていう寸法でね。ゲームとかアニメとかでよくある話よ。その賢者の血を継ぐ者が、命の危機に瀕したとき能力は開花するの。体の中に高エネルギーが形成されて、体がぼわっと暖かくなる。それで瀕死の怪我でもなんでも、つまりは死ぬ心配がない状態になる。一度開花した能力は、二度と無くならないし、その能力が変わることもできない」
「ああなるほど、瀕死にならなきゃ能力は開花しないんだね。一応条件とかあるんだ。彩里はいつ?」
「そうね、崖から落ちた時かしら」
聞いたこともない話だが、ここで嘘をつく理由もない。単に明かされていなかっただけだろうと考える。滉は明らかに、ヴィパルに来てしまっときだろう。亜妃は山に狩に行って襲われた時か。
「亮は?」
「さあ、まあ開花しちゃったもんは戻らないのよ。ていうか、私の場合自分で自分の怪我を治せるからその能力がいつからあるのかいまいちわからないっていうか」
「そう……そんでもってなぜか、洗脳っていう、言ってしまえば万能の力が王族にだけ継がれた」
「え、ああそう」
急に話を戻した颯希に一瞬戸惑ったようだったが彩里は頷いた。
「洗脳の能力は賢者たちを動かしたものが持っていたの」
「動かしたものって、命令したってこと?」
「そう、その特徴が王家の印として引き継がれているらしいわ」
それなら、私にも能力って開花するんじゃないかな? そう思ったが、ぼわっと体が暖かくならなかったので能力は使ってないんだろうな~と人ごとのように考える。
「洗脳の能力ってのは、使ったあとすごく疲れるものなのよ。自分の言葉を相手にそのまま刷り込ませてどんな真実でもその人に言われた通りに記憶を改ざんしてしまう。亜妃の能力は洗脳に一番近い。ただ違うのが、洗脳者は相手の目を見るだけで能力が発動すること。そしてその力は絶対に変わることのできない、誰かに上書きもされないものだってこと」
王の手を握っていたシモーナは言った。
それを聞いたとき颯希は、自分がヴィパルから家に、地球に帰ったとき、ものすごく眠くなるのを思い出した。これはつまり、洗脳と同じく疲れているということだろうか。
「疲れるって、すごく眠くなるってこと?」
「それもあるわ。その症状は人によって違うのよ。急に倒れたり、風邪を引いたり色々ね」
少し疑問が出来てしまった。自分はもしかしたら、という気持ちも芽生えた。ただ、その能力を得たとしても、何一ついいことはないだろう。
***
リナはドゥッチオの言い分に納得した。亜妃も逃れたいと、いつか言っていた。この国と、自分の立場から。
「……いいだろう。それが本心だという証拠はあるか?」
「……そうだな、これはどうだ?」
そう言うとおもむろにりなからナイフを奪い取った。咄嗟に距離を撮り攻撃に構える態度になったリナだが、ドゥッチオは予想に反し、自分で自分の頬を切った。
「時を戻せば、お前の体など元通りのはずだ」
最後の武器を取られたリナはしくじったと思った。自傷行為は彼単品で時間を戻せばなかったこととなるからだ。
「そう簡単に使えねえよ。俺がお前との戦いで使わなかったように俺の能力は、発動条件がある。……例えば、自身の時だけ戻すというのはできない、とかな」
リナは目を細めた。訝しげに相手を見た。
「どうだか。貴様は昔から信用ならん。亜妃様に無駄に突っかかるあたりがな」
リナの喧嘩腰の態度にドゥッチオはイラついた。交渉をしていた頃の態度とは明らかに違う敵意がリナから出ていた。ギラギラとした痛いほどのものだ。亜妃に陶酔しているのがよくわかる。
「それは、俺と同じラド家を選択したからだ。ジェラルドが好きなら、素直に同じ家にしておけって言うもんだ」
「選べるのは三家しかない。誰かしらとかぶるのは仕方がないだろう。なんだ貴様? そんなこともわかんなかったのか?」
敵とみなしたように、リナはつらつらとドゥッチオが言い返せないようなことを言った。つまり、ドゥッチオにとってそれは、正論だったのだ。
「……黙れ。お前が亜妃に、命を救われたのは知っている。だから亜妃はラド家を選んだのも分かっている」
「なら何をそんなに気が立っている? 貴様だってラド家を選んだ者だ。私の立場にとってはもうひとりの主といったところだな。貴様なんかには死んでも奉仕したくないが」
リナは頭の冷静な部分で理解していた。これは、ただの八つ当たりだと。ここでリナがうまいように気を回せれば亜妃たちの記憶が綺麗になくなり、今までそばで見てきた成長も元に戻る。亜妃のためだとわかっているのになぜ、こうも、ドゥッチオを見下したような、子供じみた敵意を相手に向けてしまっているのか。
ドゥッチオは無言で、リナを見つめた。その視線は重く、しかし負けじとリナを見つめ返した。だがその視線から先に逃れようとしたのはリナだった。
「…………すまない。済んだことを蒸し返しても意味はない。私達は今、貴様が我々の時を戻してくれるのか否かを話していたのだ」
半分言い聞かせるように、落ち着かせるように、リナは深く息を吸いながら言った。
「貴様も地球へ行くというのは、私一人の判断では決められないことだ。……直接言ってくれ」
ヴィパルから逃れたいためなら単純に、この国以外の土地に行けばいい。だがそれが、必ずしも地球でなければならない理由はない。リナはふと思った。この国以外に、今自分がいるこの世界には場所がないのかと。
「なあ、聞きたいことがあるのだが」
「なんだ?」
「この国は、今私が立っているこの国はどのぐらいの広さなのだ?」




