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41-ジョウホウ-

 麻痺が取れていくのを確認しながら、颯希は起き上がった。体中を縛らっていたツタのおかげで全身もれなくひりひりしたり、赤くなっている。起き上がるのも軽く痛みが走るが、それを堪える。


「痛み止めの薬とか無いかな?」


 近くにいたシモーナに言うと、エルシリアの方に行きそそくさと薬を貰って帰ってきた。


「何なの、あいつ」

「いざという時のためにあらゆる薬を持っているのよ、エルシリアは」

「いざという時って?」

「取引とか、かな」


 シモーナに渡された水筒の水を飲みながら、薬を流し込んだ。粉薬なんて、飲み方忘れた。とか思っていたが、案外忘れていないものだ。


「ありがとう。……シモーナ、どうやってあいつを倒したの? トラウマを見せたってあのあれでしょ? 王の病室であった亮と滉の過去が見えるような」


 立ち上がって、エルシリアに近づく。意識はきちんとあるようで、いつ作ったのか、やわらかい草のベッドの上に寝ていた。

 シモーナは軽く頷く。


「さっきも言ったようにわたしが彼女のトラウマを見せた。心が読める能力って結構辛いのよ」


 それはつまり、知りたくないことでも知ってしまうということだろうか。


「能力発動に条件ってないわけ?」


 例えば滉が額をくっつけるように。彩里が右手で数秒傷口に触れるように。


「人の目を見て睨む。――気持ちならそれで読めるわ。ただ相手にとってそれがとても辛いものだったりしたら無条件でわたしに流れ込んでくるのよ。それがまた、とても気持ち悪いわ」


 颯希は息を吐いた。シモーナを見てから、つまりエルシリアは思わず倒れてしまうほどのトラウマを持っているというわけだ。

 颯希がじっと見ているとエルシリアは顔をそむけた。


「颯希よね、あなたも彼女のトラウマ見てみる?」


 そう言われて首を振った。人の過去など知る必要はない。亮と滉のものは見てしまったが。


「あなたもわたしには気をつけなさいよ? やったことはないけど、きっと心を操ってみせるわ」


 さらっと言っているがかなり怖い能力だ。使いようによっては、全ての人間を支配できるのではないだろうか。シモーナを盗み見て、颯希は完全にシモーナが相手を裏切っていることを確信した。しかしこちら側についたという確証はない。状況を見てころりとジェラルドという男の側に、七人才側につくかもしれない。

 颯希は一人でも、シモーナを見張っていようと思った。


***


 彩里は、耳にイヤホンをつけていることを確認するとエルシリアと戦っているはずの颯希に言った。


『颯希、聞こえる?』


 しばらく間が開いたのちに返ってきた。


『聞こえる聞こえる。イヤホンの事すっかり忘れてた』


 安心したのと同時に不安になった。後ろが見えないからだ。


『今の状況はどう?』


 後ろにいる亜妃とジェラルドは先ほどから不穏な空気が漂っているようで、後ろを振り向く勇気がなかった。だから、そのほかの状況が理解できない。


『わたしは勝ったよ、エルシリアは今目の前にいる』

『よかった、他は? 亜妃に亮と滉とリナ、今どんな状況?』

『そうだね』


 そこでいったん切れ、すぐに再開した。


『亮と滉はいい感じ。二人より、敵さんの方が傷を負ってるような気がする。強いね。リナはなんか話しているっぽい。内容はさすがにわからないけど、二人とも距離がすごく近い。でも攻撃しないから、何か警戒を解くような話でもしているのかな。亜妃はなんかよく見えない』


 そう。わかった、ありがとう。息を吐いて颯希に言った。エルシリアが前にいるなら、薬草を取って来てもらおうか。


『颯希、今から言う薬草をエルシリアから貰って、ここまで持ってきてもらうってのはできる?』

『あ、……うん、なるべく森伝いに行けばできる』

『そう、じゃあお願い、えっと……』


 頭の中で薬草の名前を言いながら彩里はギュッと拳を握った。地球に戻るには、ヴィパルの人の能力が最低でも必要だ。仮に戻ったとして、この世界がどうなる。次期王がいない今、誰が、王位を継ぐ?


***


 立つことと座ることで相手を見据える両者は、立っているものが先に音を上げた。


「ねえ、ジェラルド、もう戦わなくていい?」


 自分でも何を言っているのだ、と思った。痛む鳩尾、終わったであろう王の治療。戦いたくなかった。ジェラルドが、亜妃たちを全員もれなく地球に戻してくれればそれで十分なのだ。


「何言ってんだ? 戦いを仕掛けたのはそっちだ。お前らは反乱分子として裁かれる」

「断るわ。裁かれる前に、あんたの能力で地球に帰ってあたし達は幸せに暮らすから」


 亜妃はペロッと、舌をだし乾いた血を舐める。唇が切れていて、少し痛い。

 ジェラルドは言いながらも興味がないようで上を向きながら言った。


「俺の力を使うってか?」

「そうよ。早くしなさいよ、あたし達全員を元の場所に戻せっての」


 右手にナイフを持ったまま、亜妃は言う。ジェラルドは亜妃の方を見て、笑いながら言った。


「嫌だ」


***


 取引の内容と言うのは、ジェラルドの能力が使えた場合、自分の能力を使いヴィパルと地球の時間を戻し、ここに来たという事実と、ジェラルドが引き入れるかもしれないことを阻止する、というものだった。時間を戻し、記憶がなくなったら、ジェラルドがまた同じことをするかもしれないという懸念によるものだった。ただ、この条件ではドゥッチオに不利なもので、彼はもう一つ、自分に有利になる条件を提示した。

 下を向き、ドゥッチオは言った。その声が、小さかったが力強、リナに届いた。


「俺も地球に行く」


 一瞬の間。リナは眉間に皺を寄せる。そして先ほどの条件と矛盾していることを感づいた。


「なぜだ?」


 するとドゥッチオは顔を上げ、言った。表情がない。


「この国の、王族の能力を知っているか?」


 それは前々、亜妃から聞いた「気持ちが良くなる」ということだろうか。否定も肯定もせずにリナはドゥッチオの続きの言葉を待った。


「俺はそれから、(のが)れたいんだ」


***


 この国は不思議と成り立っていると、颯希は考えた。

 彩里から言われた薬草を調合した薬を持って、颯希は森に身を隠しながら移動していた。途中、リナとドゥッチオや滉の戦いを確認しながら進んでいた。森がかなり広範囲にあったためか、誰にも見つかることのなく颯希は彩里のもとへとたどり着いた。エルシリアを引っ張っているシモーナとともに。


「彩里、これ」

「あ、颯希。……ありがとう」


 一応、人質ですよのアピールでエルシリアを、水を持ってはいないからとシモーナを連れてきた。本当は見張るためだがそれは絶対に言わない。心を読まれたらおしまいかもしれないけども。

 シモーナから手渡された水筒を受け取った彩里は、王を起こしてから王の口に薬を添えて流しこんだ。


「粉薬で少し飲みにくいかもしれませんが、頑張ってください」


 王は無言でうなずき、飲み干した。そしてすぐに眠りについた。

 颯希はちらりと後ろを振り向いた。亜妃とジェラルドがたがいに見つめあう形で戦いを止めていた。滉と男の戦いが一番激しいようでその二人がいるところだけ地面が焦げたり血が大量に垂れていた。


「結局、王族の能力ってなんなの?」


 彩里がポツリとこぼす。一瞬、理解が出来なかったが、いつか本で読んだ「気持ちが良くなる」というものだろう。なぜ今急に言ったのか、少々疑問だが。


「何で?」


 丁度、目の前には王と隣には王の直結の孫がいる。颯希に聞いて分かるようなものではないだろう。


「わたしが、王を治療しているとき一度も気持ちが良いと感じなかったから」


 その言葉には微かに、冷たさがあった。彩里が何かに、怒っているようにも感じた。


「彩里、何かあっ」

「王族の能力は、気持ちが良くなるものではない」


 颯希が彩里に話しかけるとき、シモーナが言った。驚いて口をつぐんだが、シモーナの言っていることにも驚かされた。


「なぜ? 本には、そう書いてあったけど」


 彩里が言うと、シモーナは答えた。


「本なんてあてにならないわよ、あんなの王族が情報操作しているに決まっているでしょ」


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