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32-過去 アンナ2-

題名ってなに?

 彼女は王宮に連れていかれるとその頭角をめきめきと(あら)わした。小さなころから、読み物や数式が好きだったアンナは王宮の完璧な設備で学問を学べることに興奮していた。あるとき届いた手紙にアンナはそう記していた。ただランダルの家からアンナが住む王宮まではあまりにも遠く、ランダルはそこへの憧れを募らせるばかりだった。


 十の時王宮に連れていかれたアンナは、それでもランダルと連絡を取っていた。現王がいまだに若く、年の差が八歳しかない、王位を継げるのは現王が死んでからだ、と言われたとか学問が楽しいとか、そういうものだ。時折、手紙に書いてあった学問はランダルも惹かれる物があり暇になっては図書館に通い、知識を身に着けていた。


 低級貴族だからと言い、王の部下になれないことはないと書いてあったのを見つけランダルは興奮した。その日から体を鍛えるようになり、軍人になることを夢見た。ちょうどランダルは次男だったのでその夢に反対する者はいなかった。


 八年がたち、アンナもランダルも成人を迎えた。その間二人は連絡を絶つこともなく数日の間隔を置いて手紙を送りあっていた。そしてランダルは、軍の正式な人間として迎え入れられた。十五の時から軍事学校に通っていたため、ランダルは王宮に近い場所に住むことを許された。憧れの王宮に近づき、アンナに近づけた気がしてその夜は眠れなかった。アンナからの手紙は、定期的に家に帰り『忙しかった』とし、一気にまとめて返事を書いた。軍のことは驚かせようと思い、手紙には書かなかったのだ。


 その五年後、ランダルのめまぐらしい努力と東の暴動を自分の隊数人でしかもけが人を最小限に抑え鎮圧した功績を認められ大佐に就任した。驚くべきスピード出世で世間知らずなランダルでも周りの者が気にくわないことを感じていた。


 数日後、アンナから軍の寮宛てに手紙が届いた。王宮からの手紙ではなく、わざとぼろい紙を選んでくるあたり、疑われることを心配してくれていたみたいだ。さすがに五年のスピード出世は王族の耳にも入っているようだ。驚いた、騙された、そしてがんばれという内容が記されていた。ランダルは俄然やる気を出した。そしてその五年後ランダルは准将に任命された。二十八歳だった。あまりの若さに、まわりからは非難を買うこともあったがアンナから届く手紙でランダルは常に笑顔だった。さらに、アンナの近くに、王宮の近くにいたいと思ったランダルはその努力と地位を認められたのかアンフォッシ家の養子に加えられた。家も低級から上級へと位あげし安泰になった。


 准将になり四年の冬、暴動も何も起きずに過ぎたころ、現王が倒れた。それははやり病で冬になると急に広がるものだった。視察に出かけたときにもらったらしく、またその病の生命力と浸食力で王は数日で死亡した。アンナやランダルと八歳離れているので四十という若さだった。


 そこからの王宮は、あわただしかった。幸い、病原菌は王だけを取り込んだので周りの者にうつることなくその病は途切れた。それから数日、アンナは王位を継いだ。当時、三十二歳だった。王位継承式が行われたとき久しぶりに見たアンナはとてもきれいだった。それを下から見上げた時のアンナの輝きは悔しくなるほど眩しかった。



 そこから二年。王となったアンナは手紙を送る暇などなく、ただ淡々と、日々が過ぎていた。めったに現すことのないその姿を脳裏に想像しながらランダルは書類作業に追われた。そして突如、アンナは消えた。

 当時、三十四歳の若さだった。


***


 リナの跡をついて走っていた四人はくねくね曲がる道に酔いかけていた。


『てかまだ?』


 颯希の半切れをイヤホンで聞き取ったリナは冷静に


『もう少しだ』


 と答える。すると突然止まり、リナの後ろを走っていた滉、颯希、彩里、亮の順で前の人の背中に突っ込んだ。一応、背の順である。


「急に止まるなよ」


 滉が小声で言うと、リナが「しっ」と言う。静かにすべきところなのか。リナに押され、細い通路に入ると兵士が通った。明らかに、階段にいた兵士とは格好が違うのが分かる。高級そうな布に身を包んで二人の兵士を見ながら亮が言った。


『あれは?』


 イヤホンから流れる亮の問いにリナが答えた。


『あれが、アンフォッシ家だ』


 アンフォッシ家の兵士は颯希達から見て左に進んだ。


『どうやら、王室に行くようだな』


 リナの言葉に颯希はふと子供たちのことを思い出した。やっべ、と一つ行動を忘れていたのだ。


『こんな時に言うのもあれだけどさ、子供たちって鍵つけて牢屋に入れとかなくてよかったかな?』

『そりゃそうだろ』


 亮の即答にすかさず滉と彩里が反対を入れる。


『いや、やばいだろ』

『そうよ、元通りにしてこなかったんだから』


 もし、倒れている子供たちが見つかったら、というか階段にいた兵士に子供のことで呼び止められたし……。

 颯希が考えていたことは、イヤホンにダダ漏れだった。


『聞こえてるわよ』


 彩里に言ってもらえなければさらにヒートアップしていただろう。というか、考えていることだだ漏れなら何も考えることができないのだが。と自分につっこでみる。


『どうするよ』

『ここまで来たらもう戻れない』


 滉の問いにリナが言った。言いながら後ろに向かい親指を立てて示すので四人はそろって振り向いた。


「まて、貴様ら!!」

「子供たちが暴れ出したぞ! 最後に入ったのは貴様らだよな!」


 兵士が軍団で、追って来ていた。四人そろって青い顔になり思わず叫ぶ。


「えぇ―――――――!?」


***


 七人才の部屋の中には沈黙が流れていた。


「アイリ、ねえ。そりゃまた、可愛らしい名前なことで」


 ジェラルドが顎に手を置きながらそう言った。何かを考えるときのジェラルドの癖だ。シモーナはいまだに咳き込んでいる。


「てか亜妃、さっき、こいつの首を離さなきゃしゃべれないって、あれ、自分の仲間売ったよな。こんな女のために」


 途端にジェラルドは腹を抱えて笑い出した。亜妃は息を吐き、口の中にたまり始めた血を吐き出す。ジェラルドは黙った。


「お前も、裏切ってるじゃねえか」


 そう言いながら亜妃に近づく。


 裏切っている。確かにそうだった。何も話さなければ、何も言わなければいやそれ以前に何も考えなければ彩里は無事かもしれない。しかしそれは、現在の話ではなく未来の話だ。第一、彩里が負ける前提で話しているのも気にくわない。一応彩里は、亜妃にナイフの扱いを教えた張本人である。


 つかつかと音を響かせながら歩いてくるジェラルドは恐怖しか感じさせないものだ。だがもう、亜妃はジェラルドの言いなりにはならないと決めていたので何とも晴れやかな気持ちだった。状況は最悪だが、自分がこんな奴の言いなり――言うことに何も考えずに従っていたのかと思うと驚いてしまう。ただ少し、どこかでジェラルドに対する憧れと(よく)が残っているのを感じた。


「裏切っているって……裏切られているあんたが言うことでもないでしょ」


 かすかに聞こえる争いの音。七人才の部屋に何かが近づいてきていた。誰かの叫び声が聞こえるが、それは悲鳴と言うより驚きに近かった。リナ達だ。とっさにそう思い、ジェラルドを見た。


「何言ってんだっ!」


 蹴られる。そう思い腹を守るように体勢を変えた。その瞬間、激痛が走る。勢いよく動かした腹と、丸めてあらわになった背中にだ。


 遠くで銃声も聞こえる。もうすぐだ。もうすぐ、こっちにくる。それまで時間稼ぎだ。


「何度でも言ってやるわよ。あんたは、元から、ここにいる全員に、裏切られているってね」


 口の端から血が垂れているのが分かった。むかついたのかジェラルドは亜妃に近づき、髪の毛を持ち上げた。この距離ならナイフで攻撃できるか。そう考えるがすぐに自分の考えを否定する。いや、さっきのように空間を歪められ自分の手の方が重傷になる。


「さらには、あんた何て利用されたり、してるのよ」


 背中の痛みに耐えながら亜妃は言った。骨がきしんでいる。こりゃ、ひびでも入ったかと思うと身体全身、ぼろぼろだと感じた。


「うるっせぇ! てめえは、分かって」


 ドォン!


 確実に銃声が聞こえた。いつの間にか開かれていたドアから銃口が二つ出る。


「よし、OK!」


 颯希の声。


「せーのっ」


 これは彩里。

 また銃声が聞こえる。ドアの近くにいた亜妃に攻撃しているジェラルドはもちろんドアの近くにいる。住を構えた者からしたら狙いやすいにもほどがあった。


 銃弾がジェラルドに向かい飛ぶ。ジェラルドは目を見開くことでその銃弾の道を変えた。亜妃のナイフを、亜妃に向けたときのように銃弾を飛ばしてきた方に戻す。


「やべっ」

「彩里!」


 滉の声と亮の声が聞こえる。――来た! 体が興奮する。


 彩里と言う名にジェラルドが反応した。戻る銃弾に、二本のナイフが見事に命中する。


「へえ」


 楽しそうに顔をほころばせると、リナと颯希達四人の姿が現れた。


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