29-ダメダ-
題名が行方不明なのでとりあえずセリフから抜粋
「知ってると思うわ。わたしは、顔も、名前も、どこにいるのかも知らないけど亜妃は全部知ってるみたいだし」
そう言って唇を舐める。こいつ、あたしの心を読んでやがるな。亜妃はゆっくりと立ち上がり、反論の言葉を考えた。
「知らない。あんたこそ、どっかの宿に何時間も兵を置いてたじゃない。そこにいるんじゃないの?」
「はあ? あなた、そこにいたわたしの兵を蹴散らしたじゃない」
「言ったでしょ。長時間の兵の放置はご法度だ、って」
シモーナは睨んできた。シモーナが睨むことは基本、能力発動の時に限る。今何か読まれてるのか、と思いながら亜妃はドアの前に座り込んだ。
「ねえ、ジェラルド。亜妃は本当のことを言ってると思う?」
猫なでな声でシモーナが言った。ジェラルドは大きな瞳を細め、亜妃を見た。
「さあ、分からねえな」
片手に耳を当てながらジェラルドが言った。亜妃も真似して、イヤホンがある耳に触れる。今日はイヤホンを隠すために髪を下していた。
『なあ、亜妃』
口だけ動かされた言葉はイヤホンを通じて聞こえた。しまった。思ったらもう、遅い。
七人才に手渡されているイヤホンは七人才全員と連絡が取れるようになっている。普通、イヤホンと言うのは自らが選んだ家の者に与えられる。軍団長、隊長、隊員同士か隊を選んだ七人才としか会話ができないようになっているのだ。また、イヤホンで会話をするとき自分が伝えたい相手の顔を思い浮かべる必要がある。それが大勢存在する戦闘要員に渡されているから仕方のないことなのだが、一度相手がイヤホンを持っていると知った時点でそのイヤホンの会話を盗み着くことも可能なのだ。ジェラルドは普段から付けており、七人才の動向を事細かにチェックしている。だからきっと、ジェラルドは亜妃の思考と計画をすべてわかっているはず。
『亜妃様!』
リナの声が聞こえる。基本的にほかの隊員同士のやり取りはその隊員たちの許しがなければ聞くことができない。だがジェラルドは残念なことに全ての家の会話を盗み着くことが可能だ。ジェラルドがそれを狙っていないことを祈るだけだ。
『どうした?』
なるべく表情を崩さないように。
『……襲撃です』
おかしい。そんなはずはない。先ほど、城に入ったと連絡が来ていた。城の中での争いなど、起きるはずがない。
『どこで?』
めいっぱいため込んでから、リナは言った。
『牢屋です。子供たちが、襲ってきます……!!』
***
なぜだ。リナは思っていた。ラド家の者はよく見慣れているはずだ。子供たちの洗脳は亜妃の仕事なのだから。そして驚いたことに、ここで鍛え上げられた筋肉や腕力は、王宮に来る前と同等かそれ以前に退化していた。
力も弱い、頭も悪い、全体的に劣っているものの、子供たちのほうが圧倒的に数が多かった。こちら五人に対し相手は百人を超えている。
一人、また一人と倒していく中、四人も奮闘していた。
銃を持っていなかった亮と、もともと空手が得意な颯希は素手で、彩里と滉はリナが子供たちに投げつけたナイフを拾い、闘っていた。子供たちは武器がないのか、戦い方を知らないないのか、ただ乱暴に暴れるだけで一人倒すのにそれほど苦にはならないのだ。
一人を回し蹴りで仕留めた颯希はふと周りを見渡した。そして、試しに亜妃に連絡を取ってみる。先ほど、リナが連絡を取ると言っていたのだからリナのコピーのイヤホンできっとできるはずだ。
『亜妃、聞こえる?』
しばらくして、やはり濁ったノイズの後に
『……颯希? よかった。状況を』
と返ってきた。しかしその先は続かない。
『亜妃、亜妃? どうしたの? 大丈夫?』
何度呼びかけても、ノイズが返ってくるだけだった。
滉は遠目から颯希の行動を見ていた。耳に手を当て緊迫した状況で叫んでいる。イヤホンも何も、あったもんじゃねえなと思いながら向かって来た子供たちを刺す気にはなれず見えた首筋に思いっきりナイフの峰を叩きつけた。
『颯希』
声に出さずイヤホンで呼びかける。
『滉、聞こえる?』
『ああ、どうした? 亜妃に何かあったか?』
走ってきた子供を今度は右蹴りで倒すと颯希が言った。もちろん、イヤホンでだが。
『亜妃から返答が返ってこない。きっと何かあった』
言いながら、颯希は後ろにいた子供の腹を殴った。
『それ、リナに言ったか?』
颯希が首を振るのを見て、滉が近づいて言った。イヤホンではなく、口だ。
「お前な、行動するのも途中で叫ぶのも、イヤホンの意味がないだろ。せっかくリナが出してくれたテレパシーみたいなものなのに」
颯希は面食らったような顔で確かに、と呟いた。次はイヤホンで滉が言う。
『これから話すときは全部イヤホンだ。分かったか?』
頷きそうになって颯希は慌てて頭を上げる。
『うん』
イヤホンを通じてそう言った。
彩里と亮が背中合わせで闘っていた。一人を倒したとき亮が言う。
「あいつら、おかしいよな」
小声での会話なのでイヤホンは使わなかったが彩里は驚いたように言った。
「ええ、そうね。亜妃に記憶をつくられてるのなら│王国の兵士であるわたし達に刃向ってきたりしないはずよ」
「王国の兵士ね。確かにっ」
彩里は戦いにくそうに、ナイフの峰打ちや平打ちを繰り返していた。彼女は亜妃に状況を聞いてみようと思いリナのイヤホンのコピーだし、できるよねと自分を説得させながらイヤホンに集中する。その間は少し無防備になるが子供の攻撃なんて、何て事はない。
『亜妃?』
ざざっとしたノイズだけが返ってくる。亮も同じことをしたのか二人顔を見合した。
「亜妃に何か」
「あったのかしら」
背中に当たる互いの体温を感じながら二人は残り半分程度となった子供たちの鎮圧に乗り出した。
***
口の中に血の味がする。血の塊をペッと吐き出すとジェラルドと目が合った。
「痛い?」
当たり前だ。この嫌な性格の前に自分の能力は本当に使えないと思う。
「なにするのよ」
「何って、お前」
突然現れ、突然殴られた。しかし、先ほどイヤホンから聞こえたジェラルドの声がすべてを物語っていた。
「どこと連絡、取ってやがる」
完璧主義者で、王の手となり足となる。王のためなら命をおしく思わず、そのためなら気に入っている女になんのためらいもなく殴りかかる。……最低だと、思う。
顎を持ちあげられた。反抗的なまなざしを送る。相手は気に入らなかったのか思い切り亜妃を蹴り飛ばした。受け身を取るが数メートル飛ばされる。腕や腰、足に仕掛けたナイフの中から腰に仕掛けたナイフに触れる。頭から足の先まで隠してくれるコートに感謝だ。
『亜妃、聞こえる?』
颯希の声だ。蹴られた衝撃で起き上がれないのを装いながら亜妃は返答する。
『……颯希? よかった。状況を』
教えて。
そこまで言う前にジェラルドに髪を持たれ、立ち上がった。髪を下していたのが仇となる。右耳を触られ、イヤホンがとられた。イヤホンでの会話は、ジェラルドに筒抜けだ。
「……返しなさいよ」
髪を掴まれている手を掴んだ。亜妃はいまだにコートを着ていてそこにはたくさん――手を勢いよく下におろしたり衝撃が来たりするとすぐに持てるように――ナイフがしこまれている。ジェラルドを掴んだ手にはナイフを握ってなかったがおろしている方の手にはきちんと掴んである。
「これか?」
「そう」
イヤホンはばれないようにわざわざ肌色の物をつくっていた。それは他の者たちも例外ではないと亜妃は信じている。事実、シモーナのイヤホンは傍目から見てもわからない。
「嫌だ」
握りつぶそうとしているのか手のひらにイヤホンを置いた。つぶされては駄目だと思った亜妃は思わずナイフを投げる。しかしそれは途中、何の動作もなしに亜妃に向かって来た。その距離約、三センチ。亜妃はとっさにナイフを出しはじく。しかし近くにあり過ぎてはじくのが少し遅れた。利き手である左の甲に傷がついてナイフを落とす。
「だめだ、亜妃」
ぐちゃりと握りつぶされたイヤホンをばらばらに落とす。この能力、この性格。いくら強い人でも勝てるかどうかわからない。圧倒的な実力の差。くそっ。頭の中で悪態つく。髪を握っていた手を離され亜妃は床にしりもちをついた。
「お前はずっと、俺の物だ」
囁くように言われた。それはきっと、周りに聞こえない大きさだ。
右目の端に、シモーナの勝ち誇ったような笑みが見えた。
おっふ←
もう三〇話も目前だっ!




