18--オウト-
「救世主って」
そんな大層な言葉で着飾れるほど、颯希は自身がすごいとは思っていなかった。今まで生きてきて、誰ひとり救ってきたことなどないと自負している自分に、その言葉はあまりにも似合わないでいたのだ。
「いいじゃない。少なくともわたしは、この国全体のって。そう思ってるわ」
彩里にそう言われ、鳥肌が立った。別にこの世界を、救いたいなんてこれっぽっちも考えたことはない。それどころか、亜妃一人も救えないだろう。ましてやこの国全体を、何て。
「……わたしはできるわけないし、やろうとも思わない。今ここにいる三人だって救えるとも思えないしみんながみんなすべてを教えてくれないんだから救える手段さえ立たない」
少し皮肉を込めて言う。しかし彩里は笑みを崩さず、しかっりとした目で颯希に言った。
「できるわけない、じゃない。やろうと思いなさい。やらなければ、結果は出ないのよ」
確かにそうだ。そう、彩里に言っていることは毎回正論だ。
沈黙を決めていた颯希だがしばらく歩いてから言った。
「……努力は、するよ」
夏休みだ。時間はある。今年の夏は長いのだ。七月の十九日から九月の一日。学校が始まるのは九月二日だ。最低でも、八月中にこれらを終わらせれればいい。宿題なんて、二の次だ。
「俺も、六年前、初めてここに来た」
亮が急に話し出した。驚くが頼んでいてほったらかしにしていたのは自分なので静かに聞く。
「俺は、宮部亮と言って当時俺も中学校を卒業して高校に入るところだった。中学校でつるんでいたやつらと高校進学祝いってことで一日中テーマパークで遊んでいた。男友達で行くっていうのもまた、面白かった。
俺がこっちに来たのは、その帰りだ。電車を降りて、帰る道すがら強い風が吹いてな。目を瞑った。反射的に。そしたら、こっちに来てた。びっくりしたのは、目を覚ましたのは草原のど真ん中で何一つなかったことだな。もちろん、困惑して何がどう何ているのか分からなくて、そのまま、ここに居ついてしまったんだけど」
風、か。
新たな行き方を知り颯希は考えた。
第一に目を瞑ること。颯希自身、そうやって来ている。さらに、自然と関係のあるものだったらヴィパルに来られるのではないかと推測した。滉は川、彩里は洞穴、亮は風。颯希が木でどれも目を瞑ることでヴィパルに来ている。
「ねえ、ヴィパルに来るとき、グイッと引っ張られる感じってした?」
颯希の質問に彩里と亮は首を振った。
「しなかったわ。自然に来ちゃった感じだったし」
「俺も。まあ、風に押されたのはあるから、もしかしたらその可能性もあるな」
また新たな事実だ。颯希は、ヴィパルと地球を自由に行き来できる。そして、来るときはグイッと引っ張られるような感触を味わい、戻るときは空を飛んでいるような気持ちになる。これも謎になるとはさすがに考えつかないものだ。
颯希はため息気味に軽く息を吐いた。後ろも前も横も木と草に囲まれ先ほどから景色が変わっていない気がする。人間の歩行の時速は確か一般的に四キロ。もっと早く歩けば二、三時間程度で町つくのだろう。話すことで時間を取られるならさっさと歩いたほうがいいだろうか。
今の時刻は十時二十分。大体、四十分程歩いたところだった。
***
颯希が「もっと早く歩こう」と言ってから五十分たった。時刻、十一時十分過ぎ。ただ今、休憩中でちょうど見えた小川に近寄って水を汲もうとしているところだった。
彩里が、四人分のよく昔の人が使うような竹で作られた水筒を差出し、全員が一本ずつ持って、水汲みをした。
「ごめん」
急に謝られ、竹の水筒が口から離れて咳き込んだ。満タンにしていたので少しこぼれてジャージが濡れる。
滉だった。
そう謝られても、あの時の顔を見て怒る気にもなれない。もう一度水を飲んで颯希は答えた。
「謝られても」
そして水を飲む。数十分歩けばさすがに汗はかく。久しぶりの水分を体が欲していた。
滉は颯希の隣に座り言った。
「そうだな。でもごめん」
滉は川から来た。今流れている川がそうなのか。いや、確か滉を見つけたときに彩里は亜妃の家を見つけたと言っているから亜妃の家の近くに流れていた川だ。続いているのか、わからないが。
「いや、いいよ。こっちこそ、なんか悪いこと言ったみたいだし」
三回目のごめんを聞き、少し飽きた。そして、悪いことをしたと颯希は思っていた。
滉は途端に黙った。
「勝手に言ってて。何があったか知らないけど、滉の手がわたしの横にあったときはめちゃくちゃビビった」
「そうだな、悪かった」
少し笑って、滉が言う。
今のものはいままでのそれと違うと思った。ただ、どさくさに紛れ四回も謝られると少し颯希の虫の居所が悪くなる。
川に近づき、もう一度水筒を満タンにしてから言った。
「いつか教えてね。それが、もしかしたら滉の救いになるかもだし」
彩里との会話を聞いていなかった滉は、一瞬訳が分からないような顔をした。救い、と言う言葉にだ。努力をしなければいけないのだ。自分から近付いて、自分に心を開かせるようにしないと駄目なんだ。多分、救うとはそういうことだ。颯希は歩いている時にその考えにたどり着いた。
「ああ、わかった」
滉は分からないだろう。しかし、颯希の目を見てから、しっかりと頷きながら言ってくれた。心にぼわーと温かいのが広がって少なくてもこの三人、いや、四人は〝救う〟。できる限りの努力をして。そう誓った。
***
颯希の足取りが少し軽くなったところで滉が三人のところに交じった。なんだかんだで五十分以上離れて歩いていた滉は戻りにくそうな顔をしたが彩里と亮はケロリとした顔だった。
「そんなこと考えてても何も始まらないのよ」
「一人で悩むのも、よくないことだぞ」
とか何とか、入ってきた滉の肩に手を乗せて二人で交互に言っていた。しばらく言っているうちに小声になり耳元でこそこそ言っていた。途中、「颯希」と聞こえたので先ほどの会話を繰り返しているのかな? と思ったら、滉が立ち止った。そして、真っ赤になった顔で手を思いっきり上にあげ叫んだ。彩里と亮がわざとらしく倒れる。
「うるっさい!! うざい!!」
滉の顔はリンゴも顔負けの赤さだった。それを彩里と亮がにやけ顔で見ていて颯希の頭には「?」の記号が浮かんだ。
「耳元で何バカなこと言ってんだ!! 離れろ、二度と近づくな!! どこのミーハーだあんたら!!」
そう言うと、怒ったように一人で先に行った。
呆れ顔で見ていると彩里と亮が起き上がる。
「何やってんの?」
颯希が聞くと二人が振り返ってにやりと笑った。
「少年の成長を楽しんでいるのだよ」
彩里に意味の分からないことを言われ、颯希も呆れて先に歩いた。
***
十二時あたりになると再び四人が一つになって動いていた。そして町に辿り着き、彩里が何かをいい、何かを渡し(きっとお金だろう)馬車を借りた。
町は小さな石造りの家が十個かあるかない程度で各家に最低でも六匹は馬と三台の馬車があった。
馬車はちょうど四人乗りで運転者がひとり付いた。町から王宮都市までは約九百九十キロメートルあり、到着するのは最速でも二日チョイかかると言われた。それを聞いたとき颯希は、とっさの判断で二泊三日を四泊五日にしといてよかったと感じた。
馬車の中で町の人からもらった二日分の食事をそれぞれ分ける。しばらくどころか、ずっと沈黙が続いた。運転手が寝ずに二日いけるというのには驚いたがその分高くつくそうだ。
起きて寝て、たまに休憩を挟み再び馬車に揺られる。ヴィパルから帰った時に襲ってくる眠気を颯希はひしひしと感じていたが一歩手前で踏みとどまっていた。
二日たち、時刻は昼の一時を過ぎた。周りの景色は木と草から乾いた、しかしきちんと整えられている場所になっている。道は舗装され、コンクリートまではいかないが硬い地面になっていて時折ほかの馬車も通った。すごいな、と思いつつ城が見え始める。
運転手に礼を言い軽く伸びる。
それから二十分ぐらい歩いたところで、看板が見えてきた。図書館にある本や、亜妃の日記の表紙に使われていたヴィパル特有の文字らしい。
『ようこそ、我らが・・・へ』
名前の部分が読めなかった。単に汚れていた。
町の入口に立ち、そして見渡した。真ん中に大きな城が構えていた。それを中心に、取り囲むように町がつくられている。
活気あふれた人々でごった返した町の名を、王都・ミナイトというそうだ。
新しい舞台です。そしてついにⅢへ・・・!




