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15-ニッキ-

 数分後、彩里が息を切らしながら戻ってきた。手には、黒くて分厚い本のようなものが握られている。


「おかえり」


 颯希が言って、滉が続いた。


「何? それ」


 彩里は切れた息を整えたら、机の上に置いた。


「亜妃の家にあったものよ」


 盗んできたのか。非難するように彩里を見ると彼女はちろりとベロを出す。亜妃は颯希に地図を渡すなどの手助けをしている。少し考え、颯希はこれも良いだろうと、若干の罪悪感を覚えながらその本に触れた。

 本は、表紙、裏表紙、背表紙ともに真っ黒で、表紙の上の方に金の刺繍で不可解な文字が縫われていた。


「日記?」


 文字が示し、颯希がそう思ったのは〝日記〟と言う単語だった。それを読めた自分に驚き、彩里をうかがう。


「わたしがそれを見つけたのは、地図探しの時よ。ぐちゃぐちゃになっている中から、見つけ出したの。すごいでしょ。これ、亜妃の日記よ。どこで手に入れたノートなのか知らないけど三行程度の一日の日記を、わたし達の前から姿を消した日から書かれているわ」

 彩里は言った。それは、とても有益な情報になるものだ。ただ、それを勝手に読むのは気が引けた。勝手に持って来た挙句、その中身を読むなんてことを颯希は自分がされたらたまらないと思ったのだ。

「でも、読みたくないっていうか、読みにくいっていうか」


 颯希は言った。彩里は頷いたがそれを聞かなかったように堂々と読み上げる。亮はそのことを知っていたのか、目を伏せながら聞いていた。


「今日から、この日記を書くことになった。王族の直属の部下として迎え入れられたがどうやら周りの人たちとはうまくいきそうにない。もう逃げ出したい。

 今日、新たに自分の好きなところに家を建てろと言う命令を貰った。できれば、早く城から抜け出したいと思っていたのでとてもうれしかった。どこに建てようか。建てるにはどうすればいいのだろう?

 家を建てた。王族の人たちはあっという間に、洞穴をつくり、その備品もそろえてくれた。今日から、洞穴の家で日記を書く。

 彩里を見た。嬉しかったが話しかけなかった。今頃気が付いたが、ここは彩里たちの狩場の近くだ。ばったり会ったらいやだな。……じゃなくて」


 ページをめくりながら彩里は言った。途中止まってはぶつぶつとなにかを言ってまたページをめくった。それが少し続いた後、彩里が「あった」と呟き、再び読みだした。


「初めて能力を使った。この一年と半分の間、見回っていたが誰にも会わなかったのに。能力を使う時は気持ちがぼわーんとして、あまり気持ちが良いものではなかった。

 今日は城に集まった。何でもこれから子供たちを誘拐するらしい。あまり詳しく説明されなかったが、純粋な子供たちが欲しいらしい。……もちろん大反対だが。

 おととい反対して、昨日は呼び出された。意見があるなら言って良しと言われたので思いっきり反対した。そしたら牢獄に入れられてそこでひどい目にあわされた(思い出したくもない)。そのまま一晩明かした。王族には逆らうなかれ。

 疲れた。本格的に子供たちを誘拐し始めるのはあと四カ月先のはなしだった。それまでは今まで通りの仕事をしろと言われても、仕事に力が入らない。第一人がいないのだから仕事をしようにもできない。

 ……ここから四カ月後ね。あった。

 今日から子供の誘拐が始まった。心苦しいが、仕方がない。子供たちにはどんなことが待っているのか見当もつかないが、きっと苦しいことだ。

 ……うーん、ちょっと待ってね」


 彩里は再び言葉を切るとページをめくった。その間、颯希には衝撃が走っていた。

 亜妃は、王族直属の部下だということについてだ。亜妃の仕事も気になる。きっと、どこかにその記述があるはずだ。そして先ほど、彩里は言った。「初めて能力を使った」と。つまり亜妃、地球から来た者にもかかわらず、能力を使えるということだ。その能力についても、どこかに記述があることを祈った。


「あった」


 彩里は息を吸うと、読んだ。


「今日は女に出会った。見た目が王家の印をぴったり当てはまる女だ。思わず、肩を押して穴に落としてしまった。記憶を消すのを忘れた。

 女が来た。颯希と言うらしい。驚いた。何を一人でうろついているのか。第一、何でまた来ているんだ。というか、帰れたのか? ヴィパルのことを話してしまった。また記憶を消すのを忘れた。彩里たちと会わせる約束までしてしまった。……調子狂う。

 また来た。なんか嬉しくなっている自分に気付いた。ああ、早く記憶を修正しなくちゃ。でも、誘拐を止めてくれるような気がした。地図を置いておこう。……ここは途中みたいね。朝に書いたのかしら」


 彩里が読み終わったのを確認すると颯希はノートを広げた。


「亜妃は、王族直属の部下で能力が使える。見回っていたというから、たぶん、警備の人間。記憶を消す、修正と言うところから、亜妃の能力っていうのはきっと記憶関係。……だと思う?」


 颯希は、得られた情報の中から、事実だと思われるものを言った。三人は頷く。素早くノートに書きながら、颯希は続けた。


「問題は、亜妃が地球から来たはずなのに能力を使えるということ。何より不思議なのは、能力という概念があることなんだけどそこは置いといて……本当に亜妃は地球の人間?」


 彩里と亮に対しての質問だ。きちんとした事実を並べなければ、これは解けない。


「ええ。自分で言っていたし」


 彩里が答えた。亮はうなずくだけだ。

 自分で言っていたということはきちんとした証拠はないということでもある。


「能力を使えるから、王族の部下になったのか?」


 滉が言った。それは颯希も考えていたことなので大きく頷く。


「多分、そういうことだよね。亜妃の、記憶関係の能力が欲しかったのか。……とにかく王族は本当にこの国のことを考えているのかが疑問。彩里たちが調べた兵士についてもしかり、誘拐についてもしかり、亜妃についてもしかり。無抵抗な人間を権力でねじ伏せるタイプ。最悪」

「……確かに。さっき、彩里さんが読んだ『純粋』な子供が欲しいって、ピンポイント過ぎる。子供と言っても、まだ幼い子らを狙った犯行だしな」


 颯希が言ったことに、滉が同意した。彩里と亮が頷いて滉の意見に同意を示す。それに付け加えるように、亮が言った。


「しかも、明確な理由を明かさないまま、亜妃を使った。なぜだ? 理由を明かしたら、叩かれると思ったからなのか?」


 新たな疑問を口にする。彩里は頷きながら続ける。


「城に集まったってことは他に何人かいるってこと」

「……そうか、亜妃はきっとだけど、誘拐をもくろむ中でも割りと高い地位についているはず」


 颯希が引き継いだ。頭の隅にちらりとかすっただけの考えだが、言葉にすることでそれが現実味おびた。颯希自身が誘拐されかけたとき亜妃の一言に男たちがしたがっていたからだ。


「なぜだ?」


 亮が言った。王族直属の部下、だからだろうか。では、他にいた男たちはなんだ? ただの兵士になるのか? と考えながら、今出た疑問をノートに書く。


「多分……王族直属の部下、だから」


 亮の疑問に、考えていたことをぶつけた。

 先ほど、彩里は『純粋』な子供を欲しがったという。事実、亜妃は颯希が誘拐されかけたとき「そいつは対象外」と言っていた。今までそれは、颯希を助けるためだと思っていたのだが、これを聞き、単に命令に従っていただけなのかもしれないと感じていた。


「亜妃は、誘拐に反対したら牢獄に入れられた。そこで、ひどい目にあわされたっていう。どんなことだろう」


 ポツリと颯希がこぼす。それには誰も反応せずにしばらく沈黙が流れた。


「亜妃、はきっと」


 滉が言った。言ってすぐに言葉を切った。亜妃のことを《赤毛の女》などという形容をしないのに、颯希は驚いた。


「すごく強いんだな」


 続いて出た言葉には、滉の優しさが窺えた。颯希を励まそうとしているのか、朝の誓いの時を思い出し、滉を見た。なんとなく笑みがこぼれる。


「うん」


 元気をもらった気がした。


で、16話につながります。抜かして更新してしまい申し訳ありませんでしたっ!<m(__)m>

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