表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/55

13-ムカシ-

 ここでも、太陽は東からのぼり、西へ沈むようだ。地図が地球と同じ奈良の話。

 いつの間にか、テントを挟んでも少しだけ入っていた日差しがなくなり、外を見ると本当に真っ暗になっていた。星がきれいで、この前見たときのように月が大きかった。ただ、満月ではなく、少しだけかけていてラグビーボールのような形をしていた。


 颯希は布団に入っても、そうそう寝つけなかった。ヴィパルから地球に戻れば、ものすごい睡魔が襲ってくるのに、不思議なことに全く眠くはならない。いつもと違う時間に床についたのも関係しているのだろう。だが颯希はたった一日で何もわからない王族についての情報がかなり入ってきたことにより興奮しているのだろうと感じていた。

 息を吐き、天井を見る。隣の彩里も、眠っていないで颯希に話しかけた。


「眠れない?」


 電気がないここで、彩里の顔を見るのは至難の業だったが、しばらく瞬きを繰り返すと暗闇に目が慣れたのか顔が見える。颯希は、彩里の顔を見て頷きながら言う。


「うん」


 テントでちょうど網戸のような部分がありそこから涼しい風が入る。ヴィパルの夏は、そんなに熱くはないらしい。

「まあ、まだ時間は早いしね。なんか質問とかあったら、今しちゃったら?」

 彩里の言葉颯希は目を細めた。

 颯希は考えていたのだ。彩里の存在、亜妃の立場を。

 亜妃は、「帰って連絡を取る」と言って、亜妃の家を出た。まだ意味が分からなかった頃だから、他に身寄りのような人がいるのだろうかと颯希は考えたのだ。その後、事実、亜妃は身寄りと呼べるか分からないが大人と子供を連れてきた。子供については大人二人の独断なのだろうがそれは今、颯希に役立つ存在だろう。そして颯希は今回得た情報から亜妃はもしかしたら王族に関係する人物なのではと疑っている。そして、亜妃の知り合いであった、彩里ともしかしたら亮も。

 滉は違う。亜妃と面識がなかったし、王族について調べてくれている。ただ、この二人はなんだろうか。素性を明かしてくれないというか、一歩線を引いた状態で今いなければならないような。王族について詮索している自分を、この二人はどう思っているのか。もし王族関係者だったらどうするのか。


 颯希の頭は、そう考えていた。

「……じゃあ、聞くけどさ」

 思い切った行動に出た。自分でもそう思う。二人について知りたいと思う反面、亜妃について知ればおのずと二人のこともわかるのではないか。一瞬の間にそう考えて彩里について聞こうと思っていた質問をすり替えた。


「亜妃について、何を知っているの?」


 彩里が口をつぐんだ。


***


 同じころ、亮と滉のテントでも同じようなことが繰り返されていた。

 滉も、颯希と同じことを考えていたのだ。ただ、滉が考えていたのは彩里と亮は亜妃いて何か知っている、という一点のみだったが。

「リョウちゃんてさ、亜妃っていう女の何を知ってるの?」

 滉は亮の顔を直視できずに背を向けて寝転んでいた。



 つぐんだ口を、彩里はゆっくりと開いた。


「亜妃についてね。いきなりその質問がわなか来ると思わなかったわ」


 彩里が微笑んだ。いや、ような気がした。暗闇の中、上を向く人の顔を横から完全に把握できるわけではない。

「そうね。話してもいいかもね。亜妃にはちょっと、かわいそうだけど」

 一息置いて、彩里は話した。

「今から五年前ぐらいかしら、亜妃が中学二年生の時にヴィパルに来た。根元にぽっかりと穴が開いた枯れた木のそばで倒れているのをわたしと亮が見つけたの」

 颯希と同じ年に、同じ場所で発見された。ということは、亜妃も颯希が通っている私立の生徒だったのだろうか。少し眉間にしわを寄せながら颯希は思った。今、亜妃は木の穴に飛込が地球に戻れることを知っているのだろう。なぜそれをしないのだろうか。


「何日もそこにいて、違う世界に怯えたようで。誘拐犯だとわたし達を勘違いして初めの方はきっつい目で見てきたんだけど、わたし達がここまで運んできて食料と水とあと服をあげたの。そしたら、とりあえずの警戒は解いてくれたみたいでわたし達に話してくれたわ。

『あたしの名前は、田村亜紀です』

 てね。そのあと、亜妃はわたし達からここでの鉄則を教わって、ナイフの扱いも教えたの。自分で獲物を狩りできるようにね。その頃亜妃は、すっかりここに馴染んでたけど、消して地球の、日本での出来事を何も話してくれなかった。なんでか、わからないけど、亜妃がポツリとこぼしたことがあるわ。『こっちの方が全然居心地がいい』って。とっても穏やかで、やさしくてふわりとした笑顔だった」


 彩里が亜妃にナイフの扱い方を教えた、つまり、彩里もナイフが使えるのだ。顔とはかけ離れている特技だ。

 彩里は、一旦言葉を止めた。次につないだとき、彩里の声が厳しくなった。


「……そんな時、彩里を一人で狩りに行かせたの。亜妃がやってみたいって言うから行かせたんだけどね。亜妃の帰りがあまりに遅くて、心配したわたしと亮は探しに行こうとしたわ。でも、すぐに帰ってきたの。服も、髪も、ぼろぼろの状態でね。

 ……もちろん、わたし達は焦ったの。狩りに行って、あんなにボロボロになるほど亜妃の力がないわけではないし、そんなに強い生物が生息しているわけでもない。せいぜい、ウサギあたりなのよ。――ああ、ウサギって言ったって、ウサギみたいに耳が長いけど、身体は大型の犬より大きいやつね。割と穏やかで、人を襲うことはめったにないの。――……亜妃に、何があったの? と聞くと、亜妃の手首には金の腕輪が付いていて、それには亜妃の瞳と同じ緑の石がついていた。今も付いてるでしょ? あの子の手に。

 しばらくしたら亜妃は、突然気を失っちゃったわけ。そして気が付いたときには亜妃の顔が変わっていたのよ。……目の力がね、なんか濁ったみたいに生気がなくなっちゃって。それに、気が付いたときの第一声が『あたし、もうここには来ないから。王様のところに住むように、言われた』ってね。そりゃもう驚いたわけ。今まで亜妃が王族に興味を示したところは一回もないわ。王族が、わたし達庶民に関わりを持つわけでもないしね。

 次の日、亜妃は本当に消えちゃってね。ただ、わたし達があげたコートは持ってってね。まだ着ているわ。ほら、颯希も見たでしょ、あの薄い茶色のコート。汚れてるし、すそがぼろぼろだけど、わたしがあげたコートに間違えがないの。嬉しかったわ……それを見たのはつい、先日なんだけどね」


 声を止めた。誰かが歩いている。


「見回りの人よ。もうみんな、眠ったのかしら」


 彩里が説明をしてくれて、颯希は警戒心を解いた。

 見回りの人が去ったのを確認して彩里に話の続きを促す。


「まだ何かある? ……あとつい先日ってどういう意味?」

「……そんなに言うことはないわ。亜妃がぼろぼろで帰ってくるまで何があったのか、誰に、王様のところに住め、と言ったのか。亜妃の金の腕輪はなんなのか。疑問だけが残って、それでわたしと亮は図書館に入り浸るようになったわ。ずっと王族について調べて、掴んだことがある。今日の颯希みたいに、スムーズに事が運ぶことはなかったけど、だてに二年以上調べて回ってないわ。

 先日ってのは、調べている途中に亜妃の家についても知ったのよ。単純に、川に行った時に見えたの。亜妃の特徴的な赤毛が。同時にわたしたちがあげたコートも見たのよ。その時の亜妃の雰囲気が前と違っていて話しかけづらかったし、川のそばに水浸しの滉も拾っちゃったしで、結局話しかけられなかったけど」

「え、……滉って川で見つかったの?」

「ええ。どうやらヴィパルに来る道は、たくさんあるようよ」

 颯希の聞きたいことを察してか、言いたいことが先に彩里に言われた。そして彩里は話を続ける。


「それで一昨日、亜妃が来てわたし達に会ってほしい人がいるって言ったの。その時は滉、ちょうど果物を積んできて、とわたしが頼んでいたからいなかったんだけど、会ってほしい人がいるって言った時、『彩里たちは、王族について調べているんでしょ』って言われて驚いたわ。わたし達は亜妃の行動を分からないけど、亜妃はわたし達の行動を知っていたんだから。でも、疑ったけどわたし達は了承したわ。それで出会ったのが、颯希よ」


 そういう彩里の茶色み帯びている瞳が颯希の目を捉えた。暗闇だからといって、完全に見えなくなるわけではないらしい。


 亜妃は、結局何者なんだろうか。その答えはまだ見つからなかった。でもそれは、彩里たちもわからないことなのだろう。

 彼女はこの集落で、一年足らずの間生活をしていたんだろう。亜妃は襲撃に会い、そして王のもとへと馳せ参じた。ただただ、亜妃という人物がわからなくなっていった。

 しかし、希望はあった。彩里が話の途中で、『ずっと王族について調べて、掴んだことがある』と言ったことだ。そこの彩里の声は、力強く、颯希の知らない情報を知り得ていると思った。

 そして決めた。彩里と亮と情報を交換しよう。そして思った。この二人は、王族に関係のない人たちだ、と。


今年もよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ