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FIRE×BRAND  作者: 水那月
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第2章【紅蓮の魔女】 1

紅蓮ぐれんの魔女よ。大罪者よ。ぬしに刑罰として呪いを与える』

 頭上で高圧的に言い放ったのは、奇抜な柄のローブを着た、プレシウでも異端の術を扱う【奇術師】だ。彼らは魔術ではなく“呪術”を得意とし、その術でもって犯罪者達に罰を与えるのが仕事であった。奇妙な仮面で顔を覆い、その素顔を見た者は一人としていない。

 色鮮やかなローブの足元には歳若い女が跪いていた。真紅の瞳は絶望したように虚ろで、微動だにせずじっと地面を見つめているだけ。

『主に与える呪いは四つ。これらは主が死に至る時まで、その身を苛む事となる。その内容は――』


 白い光が天から降り注ぐ。

 まるで裁きの光のように。




◇   ◇   ◇




 カタカタと心地よく揺れ動く馬車の中、小窓から優しい昼の光が差し込んでいる。その暖かな光を受けながら、イグネアはグーグーと居眠りをしていたのだが……小石にでもつまずいたのか、ガタン! と馬車が大きく傾いた時。

「うひゃあああ!」

「ぶっ!」

 素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び起きた途端、サイズの合わない眼鏡が激しくずれ落ち、向かい側の席でイグネアを観察していたリヒトは、それまで必死に堪えていたのに我慢できず、ついに噴出した。

「なっ?!」

 敵襲か? というほど壮絶な表情で取り乱したイグネア。寝起きで思考が混乱しているらしく、現状が把握できていない。しばらくして居眠りをしていたのだとようやく気付いてホッと安堵し、ずれ落ちた眼鏡を正す。向かい側ではリヒトが爆笑を堪えていた。

 その一連の様子を神経質そうな渋い顔で見ていたのは、隣に座るヒュドールだ。

「普通、この状況で寝るか?」

「だよねえ。こんなイイ男、しかも二人に囲まれたらさ、普通は緊張しまくりで眠れないよね」

「……そういう意味で言ったんじゃない」

 こいつはまた馬鹿な事を言いやがって……とヒュドールは額に手を当てて軽く息を吐いた。このナルシスト精神は、きっと死ななきゃ直らないだろう。そんな風にブツブツと不満を洩らしていたのだが……再び小石にでもつまずいたのか馬車が大きく揺れた時、素っ頓狂な悲鳴を上げてイグネアが転がり、肩に頭突きを食らわせて来た。当然リヒトは堪え切れずに大爆笑。その笑い声を聞いているうちに、白銀の魔人の何かがプツリと切れた。

「やかましいッ!!」

 怒鳴り声に、馬車ごと跳ね上がった。


 三人を含むスペリオル王国一行は、現在ビジュ大陸の西方・ゴルド王国に向かっている。ゴルドにて行われる会議にスペリオルの宰相が出席するためだ。

 リヒトとヒュドールの形式上の職務は宰相の護衛であるが、別な役割は当然というか何というか、他国への愛想みたいなものだ。そしてイグネアは、「うちには炎の魔術師がいるんだぞ」というチョビヒゲ……もとい国王の自慢のためだけに連行されたのである。嫌だったが居候の肩身は狭く、仕方無く付いて来た感じだ。

 そんなこんなで数日間に及ぶ旅も佳境に入り、ゴルド王国がその姿を現し始めた頃、三人を乗せた馬車はこの上なく冷え切った空気を漂わせていた。

「なんか、いつも以上に不機嫌ですね」

 ヒュドールの隣席から避難したイグネアが、こっそりと隣のリヒトに語りかけた。白銀色の魔術師様は、飢えているわけでもないのにいつになく機嫌が悪い。血管が浮き出てるんじゃないのか? と思ってじっくりと額を眺めていたら、青碧の瞳がもの凄い睨みを飛ばしてきて思い切り怯んだ。あの疲労パーティの時、いつも怒っているわけではないとか言っていたくせに、これでは説得力ゼロだ。

「仕方ないよ。これから向かうゴルドには、例の彼女がいるからね」

 相棒の不機嫌振りをにやにやと眺めつつ、リヒトが答える。青碧の瞳がぎろりと睨みつけてきたが、慣れているのかちっとも気にしちゃいない。

「例の彼女?」

「ヒュドールに熱烈ラブコールを送っている彼女」

「へえ、そんな方がいるんですか。ゴルドの方ですか?」

「そう。顔は結構可愛いんだけど、これがまた強烈な子でさ。なんとヒュドールの潔癖症の原因になったんだよね」

「へえ……」

 と、イグネアが大して興味なさげに答えを返すとそこで一旦話が途切れ、しばし妙な沈黙が漂った。

「へえって……理由知りたくない?」

「別に」

「二人の間に何があったのか、聞きたいでしょ?」

「特に」

「あっそ。噂話もしないなんて、つまらなくない?」

 普通の女の子ならば絶対に身を乗り出して聞きたがるだろう話なのに、微塵も興味を示さないなんてちょっと面白くない。というかリヒトの場合、自分の話に耳を傾けないのが面白くないだけなのだが。

「噂は真実ではない事が多いですから。それにそういう込み入った話は、やはり知られたくないのでは……と私は思います」

 眼鏡を正しつつイグネアが意見を述べると、リヒトは無言で瞬いた。なんだか真っ当な意見に聞こえて仕方がない。この子真面目だなあ、などと内心ではちょっと感心していたりする。

 一方、他人の口から色々と話されて不機嫌最高潮だったヒュドールも、幾分冷静さを取り戻したらしく、まじまじとイグネアを眺めていた。こういうタイプは初めて会ったような気がする。ちょっと容姿がいいというだけで、女という生物は意味もなくワラワラと集い、根も葉もない噂話を広げてゆくのだ。考え込んで、だから女は嫌なんだ……と再び陰鬱になったヒュドールは、ブツブツと文句を言い始めてしまった。

 当のイグネアは単に興味がないだけなのだが、二人とも気付くはずがない。

「あ、でも。どうして他人の作った物がだめなのか、それはちょっと気になりますね」

 真紅の瞳が答えを求めるように視線を向けると、ヒュドールはうんざりしつつも観念したように口を開いた。

「……ガキの頃、毒殺されかけた事がある」

「ええーっ?!」

「ちょっと驚きすぎじゃない?」

 と、隣でふんぞり返って全身で驚きを表現したイグネアに、リヒトの苦笑が洩れた。

 何でもヒュドールはスペリオル出身ではなく、子供の頃はフリーの魔術師だった両親に連れられて様々な土地を転々としていたらしい。ゴルド城に厄介になっていた事もあり、その時に“例の彼女”に会ったそうだ。ヒュドール、十歳の頃である。

「ゴルド城に住んでる魔術師でさ、ヒュドールよりも一つ年上で。最初は良くしてくれるいい子だったんだけど、向こうが好きになっちゃったらしくて。全く相手にしてなかったら、その後は一方的に想いを押し付けてくる始末……ってわけ」

「なんでお前がそんな話を知ってるんだ!」

「いやだなあ、俺が知らない情報はないんだってば」

 またこいつの悪い癖が出た。リヒトの情報源はいつも決まっている。だから女は嫌なんだ……とヒュドールは激しく舌打ちした。

「それと毒殺と、どういう関連が?」

 眼鏡を正しつつイグネアが問うと、苦い思い出を脳裏に浮かべ、ヒュドールは非常に渋い表情を浮かべた。

「……あの我侭女、自分の勝手が通らないと知ったら、俺の食事に毒を盛ったんだ」

「?」

 意味がわからずにイグネアが首を傾げていると、リヒトがすかさず言葉を挟んだ。

「つまり。手に入らないのならば、誰かに取られるくらいなら、殺してしまえって事。そうまでしてヒュドールを独占したかったんだろうね。わずか十歳程度でそんな泥沼愛憎劇を繰り広げるなんて、過激な子だよね」

「ええええッ?!」

「だから、驚きすぎだってば」

 驚きすぎではない。イグネアは本気で驚いていた。なんで好意を抱く相手を殺そうとするんだろうか。死んでしまったら全て終わりではないか。恋愛事に疎いイグネアは、訳がわからず困惑するばかりであった。世の中にはすごいことをする人がいたもんだ。

 ヒュドールは何とか一命を取り留めたものの、以来他人の作った物には不信感が募り、一切口にしなくなった。旅先でも必ず厨房を借りて自分でやっていたそう。それが高じて炊事のみならず、洗濯や掃除も一通り自らやらねば気が済まなくなったらしい。そんな生活が八年も続き、結果主婦もびっくりな手腕が身についたのだ。ちなみに料理の腕前は王宮のシェフも唸るほどだ、とどうでもいいプチ情報を披露したのはリヒトである。

「まあ、そんな相手に会うかもしれないんだから、ユウウツになるのも仕方ないけどね。モテる男はつらいね、我が麗しの相棒よ」

「貴様は、いつか氷漬けにして海に捨ててやるからな!」

 この二人は仲が良いんだか悪いんだかわからない。そもそも、なんでそんなに嫌なのに来たんだろうか? という疑問は拭えないイグネアだった。


 そんな中、リヒトは興味深そうに麗しの相棒の顔を眺めていた。ヒュドールとコンビを組んで一年半、何かにつけて行動を共にする事が多いわけだが、自ら己の過去を語ったのはこれが初めてだ。普段はどんなに可愛い子や美人がいても、会話するのさえ面倒くさそうにしているというのに……一体どういう心境の変化だろうか。

 ――面白くなりそうだな。

 内心でかなーりにやけつつ、リヒトは今後の展開にものっすごい期待を抱き始めた。





 そんなこんなで。スペリオル王国一行は無事ゴルド入りを果たした。

 ゴルドの王宮は国境よりほど近くに位置し、王国入りをして後数時間でたどり着く事ができた。城門を潜ると、内部は他国からの来客で賑わいを見せていた。

 王宮内の客間に案内されたスペリオル一行だが、会議は明日で、今夜は要人のみで夕食会が行われるらしい。その準備や何やらで忙しい宰相と取り巻きたちはともかく、それまで時間を持て余した護衛組は、はっきり言って暇だ。しかも、護衛ではなくオマケとして付いて来たイグネアは最も暇を持て余していた。用意された部屋で適当に寛いでいたものの、あまりに暇なので、勝手に部屋を抜け出して城内散策を開始したのだった。

 そして予想通り――

「……迷ってしまった」

 住んでいるスペリオル王宮でさえ未だに右も左もわからないというのに、他人の城で何事も起こらないはずがない。大丈夫だろうと呑気に考えていたイグネアだが、お約束通りしっかり迷子になってしまったのだ。

 あっちへ行ったかと思えば再び元の位置に戻ってくる……というのを繰り返し、すでに数十分が経過。どうしようかと悩み、とりあえず夕食会だか何だかの場所に行けば、もしかしたら顔見知りに会えるかも知れない。そう考えて一歩踏み出した時だった。

「あなたが、噂の【炎の魔術師】さん?」

 背後から女声に呼び止められ、イグネアは振り返った。真紅の瞳が見つめた先には若い男女が立っていた。

 声をかけて来たのは娘の方だ。真っ直ぐに伸ばされた金髪は柔らかに揺れ、すらりと背が高く、一見して“美人”とか“可愛い”とか、そういう形容詞を与えられるような容姿である。興味心を惜しげもなく露わにした深海色の瞳は、微々たるものの魔力を帯びている。彼女は【水の魔術師】だ。

「へえ、こんな地味なのが伝説の魔術師なのか。興ざめだな」

 と遠慮もなしに言いやがったのは、娘の脇にいた柄の悪そうな男である。こちらは新緑の瞳を持つ、一応【風の魔術師】のようだ。娘にしろ若者にしろ、瞳に秘めた魔力はてんで大した事がない。ヒュドールがこの場にいたなら、「雑魚め」とか言いそうである。

「あなた達は誰ですか?」

 相手にするのがものすごく面倒くさいな、と思いつつも、どうやら簡単には引き下がってくれなさそうな雰囲気を醸し出していたので、イグネアは仕方なく質問をしてみた。

「私はオーゼラ、彼はバラム。私達はこのゴルド城に仕える魔術師よ。あなたのお名前は?」

「イグネアです」

「イグネアさん、ね。覚えておくわ。ところであなた、ヒュドールとはどういう関係なのかしら?」

 オーゼラと名乗った娘はいちいち気に障るような言いっぷりで、唐突に核心に触れてきた。それで鈍感なイグネアも何となく気がついた。もしや、この子がさっき話に出てきた“例の彼女”ではなかろうかと。

 オーゼラは確かに綺麗な顔をしているが、なんとなく感じが悪い。お高くとまっているという印象だ。

「どうと聞かれましても……特別な関係はないと思いますが」

 イグネアの返答に、オーゼラはむっとした。

「まあ、嘘がお上手ね。わたし、ちゃんと見ていたのよ。あなた達、ずいぶんと楽しそうにしていたじゃないの」

 一体どの場面を見てそう言っているのか、イグネアは理解に苦しんだ。もしも馬車を降りた時の事を言っているのだとしたら、あれが楽しそうなわけがない。断ったにも関わらずリヒトに手を引かれて馬車から降りたのだが、案の定着地と同時にバランスを崩し、よろめいた所で邪魔な所に立っていたヒュドールの足を思い切り踏みつけ、殺されるんじゃないかというくらい睨まれていたのだから。……ちなみにリヒトは爆笑していたが。

 そんなこんなで嫌な思い出を回想していると、唐突に引っ張られてイグネアは我に返った。おさげを掴んで引っ張っていたのは、柄の悪そうな青年バラムである。

「おい、人の話を聞いてるのか?」

「聞いてますよ」

「嘘つけ。おまえ、そんなのほほんとしてて本当に【炎の魔術師】か? 胡散臭いな」

 そんな事を言われても事実なのだから仕方がない。それよりも、なんでこんな状況に陥っているのか理解し難い。いい加減帰りたくなってきた。

「あの、私そろそろ戻らないといけないんです。なので、離してもらえませんでしょうか? お話し相手なら他の方を当たってくださると助かります」

 イグネアの冷静な(ある意味緊張感のない)言いっぷりに、双方カチンと来たのは表情を見れば明らかだった。

「あなた、自分の立場がわかっていないようね。ここはゴルド、スペリオルの使いであるあなたは余所者。“郷に入っては郷に従え”と言うでしょう? つまりあなたは私の言う事には従わねばならないのよ」

 はあ?! とイグネアは惜しげもなく渋い表情をした。この人は一体何を言っているんだろうか。まるで女王気取り、あの白銀の魔人もびっくりな高慢ぶりである。さすがに驚いてしまった。

「いいこと? ヒュドールには近づかないでちょうだい」

「ち、近づくなと言われましても……」

 同じ国の同じ王宮に住んでいて、なおかつ隣室住まい、さらに今だって部屋が隣なのだから、近づくなというのが無理な話である。

「口答えするな。黙って返事をすればいいんだ!」

 ぐいっとおさげを引っ張られ、眼鏡がずれ落ちる。声を荒げられても怖くはないが、どうにかしてこの状況を切り抜けたい。どうしようかとイグネアがオロオロしていると……

 おさげを掴むバラムの手首を何者かが掴み、やっとイグネアは解放された。ほっと安堵の溜め息を吐いて顔を上げると、そこには怒れる魔人が立っていた。

「失せろ」

 手首を掴まれたまま青碧の瞳にひと睨みされ、バラムは大いに怯んでいた。静かな声色には明らかな侮蔑の感情がこもり、それだけで凍りつきそうだ。

「ヒュドール!」

 久しぶりの再会を果たし、オーゼラは声高に名を呼んだ。幼い頃もそれはそれは美少年だったが、年頃になって美形っぷりは半端ではなく、普通の娘は思わず笑みだって零れてしまう。しかし恨みのこもった瞳でぎろりと睨まれ、思わず息を呑んだ。

「俺の前によく顔を出せたな」

 あくまで静かな物言いには、怒りを通り越した、何かもっと恐ろしいものが感じられた。美形だからなおさら怖い。声を荒げて怒られている方がまだマシだ。

 というか、顔を出して来たのはそっちだろう、とイグネアは突っ込みたかったが、残念ながらそんな状況ではない。

「いいか、俺達に構うな。二度目は容赦しない。死にたくなかったら覚えておくんだな」

 と、身も凍るような脅し文句を放ち、ヒュドールはイグネアの細腕を掴んでさっさと歩き始めた。

 半ば引きずられ状態のイグネアは、内心で「間違いなく殺りそうだなあ」などと考えていたが、当然言葉にはできない。そんなこんなでずれ落ちた眼鏡をせっせと正していると、なんでかもの凄く睨まれて怯んだ。やっぱりいつにも増して不機嫌である。



 当事者達は全く楽しくもない状況だが、やはり仲睦まじげに見えるのか、オーゼラは口惜しげに二人を見送っていた。ぎりっと唇を噛み締めて前方を見据える彼女の瞳は、何やら危ない光を宿していた。愛しの彼を独占する女は許せない、とばかりに。

「このままで終わると思ったら大間違いよ。ゴルドの魔術師として、余所者に思い知らせてやりましょう」

「ああ」

 オーゼラとバラムは、かなーりヤバめな笑みを浮かべていた。

 イグネアとヒュドールの関係については完全なる思い込みであるという事実に、当然の事ながらオーゼラは気付いちゃいない。


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