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FIRE×BRAND  作者: 水那月
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第1章【炎の魔術師】 6

 ついに悪夢の夜がやってきた。

 国王が招待状をばら撒いた日から城内はお披露目パーティの準備に勤しんでいたのだが、全くと言っていいほど部屋から出ないイグネアはその事実を知らず、早朝からの慌ただしい様子にひとり驚いていた。はっきり言ってそんなに張り切られては困るのだが、当の本人の意向は全くの無視状態であった。

 嫌だという意見もぶつけどころがなく、夜を回避するためにイグネアは日中のうちに逃亡を企てたが、何でかこういう時に限って隣室の魔術師が珍しく在室しており、いかにも“見張り”を命じられたのだと物語っていた。

 そんなこんなで刻々と時間は過ぎ……

「イグネア様、そろそろご用意していただかないと……」

「わたくし達も困ってしまいます」

「ですから、どうか扉を開けてくださいませ」

 すっかり日は暮れ、夜空には星が瞬くこの時候、こうして部屋の外には女官が数人現れ、身支度させようと必死になっているわけである。

 パーティはすでに始まっているらしいが、イグネアが出て行くまでは単なる余興に過ぎない。今日のメインは彼女なのだから、恐らく女官達は腕まくりをして着飾らせるに違いない。

 だが、イグネアは頑として扉を開けなかった。というか、開けられなかった。

 なぜかというと……彼女はすでに逃亡した後だったのだ。




 がさりと草根を掻き分け、ずれ落ちた眼鏡を正し、イグネアは息を潜めて外をうろついていた。物陰から時々顔をのぞかせ、周囲に人気がないことを確認し、また次の場所へと移ってゆく。

 国内の要人を招いての今宵のパーティ。つまり警備兵もそこかしこにいるわけだが、地味な風貌が幸いしてか、見つかる事無く城門付近に広がる庭園までやって来た。

 隣室の魔術師はどうやら己の準備で忙しかったらしく、夕刻には不在となった。その隙にテラスから木に飛び移り、ここまでこっそり逃げて来たのである。あとは建物沿いに進んで城門を目指すのみ。

 こうなったからには絶対に逃亡してやる。イグネアは拳を握り締め、キョロキョロと周囲を見回して人気がないことを確かめ、次の物陰へと移ろうと一歩踏み出した……その時だった。

「こらっ! そこで何をしている!」

 突然の怒声にイグネアは心臓を跳ね上がらせた。やましい事をしているからいつも以上に驚いた。その驚きをまんま表現した顔で振り返ると、携帯用の【魔光燈】を掲げている兵士が立っていて、惜しげもなく不審そうにこちらをうかがっていた。

「一体どこから入り込んだ!」

「は?」

 どうやら不法侵入者だと思われたらしい。確かに国王主催の重要な夜会が開かれている最中、普段着でうろついている(あまつさえコソコソしている)娘がいたら怪しいだろう。

 兵士はずいっと歩み寄り、般若のような顔でイグネアの腕を掴み、どこかに連れて行こうと躍起になって引っ張り始めた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。私は侵入者では……」

「口答えをするなっ! 庶民がこのような場所に入り込んでいいと思っているのか?!」

「ま、まあ確かに庶民ですけども、あのその一応、ここに住んでいますし……」

「その上明らかな嘘まで言うか! こうなったら地下牢に放り込んでやる!」

「そ、それは困ります! と、とりあえず腕を放してくださいませんかっ」

「逃げる気だな!」

 何を言っても聞いてくれそうにない堅物兵士に困り果て、どうしようかとイグネアはうろたえた。ここでヒュドールかリヒトを呼んでもらえば、晴天の空もびっくりなほど疑いは晴れるだろうが、同時に逃亡作戦も失敗に終わる。特に日中見張られていたくらいだ、ヒュドールなんか呼ばれた日には魔術のひとつも食らわせられるに違いない。

 どうしようとオロオロしているイグネアは、兵士の目には余程怪しく見えたらしい。こうなったら何が何でも連行してやる! と一気に力を込められ、ずるずると引きずられている時だった。


「どうかしたの?」

 甘ーい雰囲気を漂わす男声が響き、イグネアと兵士はぴたりと動きを止めた。二人同時に視線を向けると、そこには黄金の輝き眩しい美青年が立っていた。夜の闇にも負けない蜂蜜色の髪はさらりと柔らかに揺れ、穏やかな微笑みは“レディキラー”とでも言いたくなるような完璧さだ。背後に複数の美女を従え、両手に華も見事様になっている。自称“スペリオル一の美形騎士”リヒト=アルマースがそこにはいた。

「どうもお見苦しい所を……この侵入者は今すぐ連れて行きますので!」

 一般兵からすれば【光の騎士】と呼ばれるリヒトは上官にあたる。先ほどの高圧的な態度とは一変し、兵士は「お邪魔しました」とでも言うようにへこへこと頭を下げた。なんか、ちょっと不愉快だ。

 リヒトはイグネアと兵士の顔を交互に見遣り、ついで場の状況をすぐさま分析し、首を傾げた。

「侵入者? 彼女が?」

「ええ、先ほどそこの物陰でこそこそしている所を発見しまして」

 兵士の言葉にピンと来て、リヒトは苦笑していた。

「あー、彼女はむしろ逃亡者だね」

「え?」

「まあまあ。彼女の事は私に任せて、君はもう行っていいよ」

「し、しかし! お手を煩わせるようなことは……」

 夜会に出席する騎士は、一般兵にしてみれば雲を掴むような存在である。しかも相手はその中でも一流クラスの【光の騎士】。そんな彼に、不審者のために一時を割かせるなど出来はしなかった。

 ちなみに。リヒトは軍事関係の仕事はしっかりこなしており、普段から鍛錬には余念がないタイプだ。若いながらも騎士としては誉れ高い特別階級を与えられており、【光の騎士】という名はその象徴だ。そのせいか、一般兵や下級騎士の間では人気があり、上官からも頼りにされている。見た目の華やかさから年中遊んでいるようなイメージを持たれるが、実際はそうでもはなかったりする。……こういった夜会の場合は別だが。

「今宵の主役をエスコートするのは、むしろ騎士であるこの私の仕事だと思わない?」

 女性ならば一撃であろうさわやかウィンクを向けると、兵士はなぜか頬を赤らめて照れていた。そしてなぜか背後の女性達も照れていた。

 リヒトの言葉に「主役ってなんだろう?」と疑問を抱いたようだが、どうにか納得した兵士は一礼をし、その場を去って行った。

 その姿を見送ると、リヒトはずらりと並んだ美女軍団に向き直り、何かを話していた。どうやら先にパーティ会場へ行っていて欲しいと願っているようだ。その願いに不満を抱いた娘達は各々言葉を口にしていたが、リヒトは上手いこと言って納得させていた。

「どうか怒らないで。せっかくの美貌が台無しになってしまう。用が済んだらすぐに行くから、大人しく待っていて? 美しい姫君たち」

 自他共に認める美青年にそんな台詞を吐かれたら、まあ九割の女性は嬉しく思うだろう。そんなリヒトの背後では、残り一割に属するイグネアが大変渋い表情を浮かべていたが、全く気付かれていない。

 説得された(または上手く丸め込まれた)美女軍団は、豪華で煌びやかなドレスを見せびらかしつつ、濃厚な香を振りまきながら脇を通り過ぎてゆく。その際にものすごい睨みを利かせている人が数人いたが、イグネアはあえて気付かないフリをした。間違いなく、この勘違い騎士を独占しているように思われたのだろう。


「さて」

 美女軍団を見送っていたリヒトはくるりとイグネアに向き直った。夜も更けたというのに、主役のはずの少女は全く身支度を整えていない。昨日から相当嫌がっていたが、未だに出席拒否しているは明らかだった。

「こうなったからには諦めた方が無難だと思うよ? ドレスなら俺が選んであげるから、早く着替えておいでよ」

「いえいえいえいえ、結構です」

 イグネアは激しく手と頭を降った。この人に頼んだら一体どんな格好をさせられるか……なんとも恐ろしい。しかし当の本人はかなりやる気になっているらしく、真剣に考え込んでいる。

「うーん、君には何色が似合うかなあ? やっぱり瞳に合わせて赤とか?」

「話聞いてますか? 着ませんてば。というか、すごく近いです」

「何が?」

「距離が」

 そう、小柄なイグネアに合わせて身を屈めたリヒトの顔が、ものすんごく近いのだ。なんでそんなに近づくんだとイグネアが身を引くと、何を勘違いしたのかリヒトはちょっと嬉しそうな顔をした。

「そんなに照れなくても……意外と可愛いところもあるんだね。そんなに今夜の俺は素敵かな?」

 照れてないですという台詞は、全く聞こえていないらしい。しかも“意外と”は余計だ。

 今宵のリヒトは普段の騎士服とは違い、上質の布で作られた華やかな夜会用の衣装に身を包んでいる。手足が長く、すらりとした体躯の彼は何を着ても似合うに違いない。あんた騎士だろうが、と突っ込みたくなるような貴族もびっくりの変貌振りだ。たしかに(普通の娘の目には)いつも以上に輝いて見え、これを素敵だとか言うのだろう。この国の王子です、と言っても通用するのではないだろうか。さすがは国王公認の客寄せ人材である。


 庭園に臨む回廊のど真ん中で、しばし噛み合わない問答を繰り返していると、遠くから足音が聞こえて来た。何事かと思っている間に、慌てた様子の女官が小走りで駆け寄って来るではないか。

「ああっ、お探ししていましたっ! そろそろと陛下がお呼びのようですっ」

 若い女官はイグネア発見を喜び、ついでに美形騎士の存在に慌てふためき、とても忙しく表情を変えていた。見ている分にはものすごく楽しい表情の変化である。

 着替えている時間も髪を巻いている暇もなさそうだ。女官の伝言にリヒトはしばし考え込み……そして一体どうするかと思いきや。

 予告もなくイグネアを抱え上げた。

 しかも、これはいわゆる“お姫様抱っこ”である。

「わっ、ちょっ、何するんですか!」

「どうやら時間がないみたいだし、仕方ないからこのまま行ってしまおう」

「えーっ?! 嫌ですよ、下ろしてください!」

「あはは、それは却下。言っておくけど俺も国に仕える騎士だからね。どんな内容でも陛下の命令には従うんだよ」

 その台詞、どこかで誰かが言っていたような……。

 そんな風に考えた一瞬の間に、リヒトは颯爽とした足取りでパーティ会場へと向かい始めた。逃亡失敗どころか、よりにもよって地味な普段着で出席させられる羽目になるとは。

「小柄だから軽いね。でも、もうちょっと肉付きいい方が俺好みなんだよね」

 そんなどうでもいいプチ情報を披露しつつ、リヒトは笑っていたが。

 ――そんなこと、聞いてないし!

 イグネアは声にならない悲鳴を上げて必死に抵抗したが、足腰鍛えている騎士に敵うはずもなく。あえなくパーティ会場に連行されたのだった。


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