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FIRE×BRAND  作者: 水那月
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第1章【炎の魔術師】 1

 五つの国から成る、世界の南方・ビジュ大陸。その中央に位置するのはスペリオル王国である。

 五つの王国間では、長い間大きな戦は起こっていない。まあ、多少の小競り合いはあったとしても、広い目で見れば平和と言えるだろう。

 しかし各国とも緊急事態に備え、常に軍力保持には抜かりが無い。兵士の鍛錬と育成、そして殊更に魔術師収集には余念が無い。

 力ある魔術師は権威の象徴。数が多ければ多いほど、数少なくとも質が良ければ良いほど、国力の大きさを意味するのだ。

 スペリオルは五国間のうち、一、二を争う大国ではある。しかし国王は諸国を凌駕するため、ある魔術師の召喚に乗り出した。


「お呼びでしょうか」

 スペリオル城内、謁見の間に二人の男が呼び出されていた。男達は玉座に向けて跪き、うやうやしく頭を垂れている。

 右手に位置するは、国が誇る【光の騎士】。蜂蜜色の柔らかな髪と黄金の瞳を持つ、自称“スペリオルいちの美形”、その名はリヒト=アルマース。

 自称するだけあって顔はなるほど類ないほど整っており、穏やかな物腰と紳士的な所作、加えて甘い声色でささやかれる言葉を持ってすれば、いかなる女も落とせるだろう。騎士らしく均整の取れた体躯で、手足も長く、立ち上がれば長身である事は間違いない。

 そして左手に位置するは、国力を象徴する【水の魔術師】。鳥の尾のようにしなやかに伸びる白銀の髪と青碧の瞳を持つ、自称“スペリオルいちの水使い”、その名はヒュドール=サファイオ。

 魔術師という職業柄か、隣の相棒に比べて線が細く、いかにも肉体労働系は苦手そうだが、こちらも劣らぬほど美しい顔立ちをしている。他人を寄せ付けぬ冷たい風貌、加えて性格は誰に対しても容赦ないが、見た目だけは“窓辺で読書”がすこぶる似合いそうな、繊細な美青年である。

 この二人は、様々な意味で“スペリオル(いち)”を豪語するコンビだ。闘わせれば実力は最強、並んで歩けば婦人方の黄色い声も最多、まあその他にも細々とナンバーワンな事が多々存在するのだが。

「うむ。実はな、北のベルグ山に紅い瞳をした娘が住んでいるらしいのだ」

 玉座にゆったりと腰掛けたスペリオル王が、うきうきした表情で言った。にっこりと笑うと、口元にちょびっと生やしたヒゲが良く目立つ。

 途端、ヒュドールがすこぶる迷惑そうな顔をした。このチョビヒゲ……もとい国王がこういう顔をする時は、どうせ下らない命令を与える時なのだ。しかし彼の表情を汲み取る事無く、相棒がやんわりと問いかける。話は口達者なリヒトに任せ、ヒュドールは沈黙を決め込む事にした。放っておけば勝手に話が進むだろうと。

「して、その娘をどうせよと仰るのですか?」

「うむ。紅い瞳は今は滅んだとされる【炎の魔術師】である可能性が高い。その娘をぜひ、我が城に迎えたいのだ」

 王の言葉に、ヒュドールの眉がぴくりと動く。

 【炎の魔術師】――それは、千年前に勃発したベルルム大戦を期に姿を消したとされる、破壊を司る魔術師たちだ。それが現代に存在するなんて考えられない。士官学校に通っている間も、紅い瞳を持つ【炎の魔術師】は一人として存在しなかった。

 なるほど、王がその娘を欲する理由は理解できた。魔術師は国にとって重要ともいえる存在だ。力が強ければ強いほど、その国の軍力を象徴するとも言われる(若干嘘くさいが)。それが伝説ともなった【炎の魔術師】ともなれば、喉から手が出るほど欲しくなるのは当然だろう。

 が。

「それで、なぜ我々をお呼びになったのですか?」

 すると、王はにやりと笑った。

「うむ。お前たち、ちょっと迎えに行って来い」

「……は?」

 納得がいかずに、リヒトとヒュドールは同時に眉をひそめた。

 そしてその理由を、ヒュドールは「聞かなければ良かった」と後悔するのだった。





◇  ◇  ◇





 国の中心部に位置するスペリオル城より北には、ベルグと呼ばれる山がそびえる。スペリオル一の高度を誇る山で、山岳愛好家でも滅多に足を踏み入れぬ場所であったりする。切り立った山は鬱葱とした森が広がり、下手をすれば迷ってそのまま餓死――などという結果も有り得なくない。

 しかし木漏れ日がちらちらと眩しい真昼の山道は、死に至る危険も感じないほど穏やかで静か。時折聞こえる小鳥達のさえずりが耳に心地よいほどで、まるで楽園にでも足を踏み入れたかのような、清々しさと爽快感が漂う。

 そんな山道を二人の青年が登っていた。

「何で、この俺がこんな山奥を歩かなきゃならないんだっ……!」

 後方を歩いていたヒュドールが、息を切らせながら前方を睨みつけた。長く伸ばして一つに束ねた白銀の髪が力なく宙を漂う。それでも緑眩しい山道で、その色は切り取られたかのように鮮やかだ。

 ヒュドールはすでに荒い呼吸を繰り返している。さらに色白の額にはびっしりと汗が浮かんでおり、果てなく続く山登りで疲れ切っているのは一目瞭然だった。

「王の命令だし、仕方ないだろ? 文句言うなよ」

 青碧の瞳がきつく睨みつけた先では、黄金の瞳を細めて余裕気に笑うリヒトがいた。蜂蜜色の柔らかな髪は木漏れ日を浴びてきらきらと輝き、彼が動くたびにふわりと揺れる。まるでお城の王子様さながらである。

 二人はスペリオルの王城に仕える騎士と魔術師である。自慢じゃないが、地位も上の方だ。こんな仕事、下っ端兵にでもやらせればいいのに、と文句を言っているのはヒュドールだ。

「くそっ! これが無駄足だったら、氷漬けにして川に捨ててやる、あのチョビヒゲめ!」

「……一応、相棒としてはお前が可愛いから黙っておくけどさ、誰も聞いてないからって国王陛下をそんな風に言うもんじゃないよ。ついでにお前がそういう事を言うとシャレにならないからやめておけ」

 口惜しげに舌打ちをしたヒュドールに、リヒトが苦笑した。彼は【水の魔術師】だ。水を凍てつかせ、人一人を凍らせるくらい、訳なくやってのけるだろう。その上、興味のない人間に対しては容赦なく冷徹な彼なら、それこそ一寸の躊躇いもなく。

「そんなに疲れたなら、抱えていってあげようか?」

 主に女性相手に使われる得意の“営業スマイル”を向けると、ヒュドールがこの上なく不快げな表情を浮かべた。

「……気色の悪い事を言うな。殺されたいのか、リヒト」

「お前はさ、繊細な美男子顔でそんな恐ろしい事言うなよ。せっかく“スペリオル一”とか“ビジュ一”とか言われてる美形コンビなんだからさ」

「自分で自分を“美形”という、貴様のその神経が恐ろしい」

 ヒュドールが吐き捨てるように言うが、リヒトはへらへらと笑っていた。

 己で“美形”と豪語するリヒトのナルシスト精神はともかく、二人が“スペリオル一の美形コンビ”と呼ばれているのは事実だった。


 他大陸ではどうか知らないが、騎士と魔術師にコンビを組ませるのが、ビジュでの戦術の一つである。接近戦は騎士に任せ、魔術師がそのサポートをするという形である。

 ヒュドールとリヒトはコンビを組んで一年半になるが、闘わせれば連戦連勝の実力だ。ヒュドールの魔術師としての力は他者を遥かに凌駕している。そしてリヒトも、有能な騎士を多数抱えるスペリオル内でまだ二十と若いながらもトップを誇る実力者。その上、その辺を歩けば誰もが見惚れる風貌。色々な意味でこの二人は“スペリオル一”と呼ばれているのだ。


「お前の意見に便乗するわけじゃないけど……こんな山奥に本当にいるのかね? 【炎の魔術師】が」

 深く息を吐き、リヒトは前方を見据えて言った。

 国王が二人に与えた任務は、このベルグ山に住んでいるという【炎の魔術師】を迎えにゆく事だ。【炎の魔術師】は千年前の大戦の折に姿を消したと言われるが、その証である真紅の瞳を持つ若い娘が、この山に家を構えて住んでいるという目撃情報があったのだ。

 情報提供者は他国の山岳愛好家で、山という山を登ってきたという、相当胡散臭い男だったのだが、間違いなく見たという男の、山を愛する熱い眼差しと熱弁が国王を突き動かしたようだ。

 魔術師は国力の証である。それが絶滅したはずの【炎の魔術師】であるならば、これ以上ない国の財産、力の象徴となるだろう。国王は一瞬の迷いもなくヒュドールとリヒトの二人を指名し、それはもう今すぐ行って来いといった感じでベルグ山まで向かわせた。その理由は単純明快――相手が若い娘なら、美形二人で落として来いというのである。

 そんなにあっさりと物事を進めるチョビヒゲ……もとい国王に、二人は些かの不安感を抱きつつ、勅命ならば仕方がないとこうしてベルグ山まで来た次第だ。

「全く、あのチョビヒゲは……いつもいつも下らない命令ばかり押し付けてくれる」

 肉体労働を苦手とする魔術師に山登りをさせるなんて、あの国王は俺に死ねと言っているのだろうか。命令の内容が内容なだけに、余計に腹立たしい。ヒュドールは見た目の繊細さからは程遠いような悪態をつきながら足を動かした。

「俺はちょっと楽しいけどな。どんな子だろうって考えるだけでワクワクしてこない?」

「するわけないだろ」

 ウキウキ感を目一杯表現しているリヒトとは違い、ヒュドールは心底面倒くさそうだ。大体会った事もない女相手に、何をそんなに期待しているんだろうかとその精神を疑わしく思う。

「【炎の魔術師】か。きっと妖艶で、燃えるように熱いハートを持つ美女に違いない。必ずや、この俺の魅力で落としてみせよう」

 勝手な想像を膨らませ、自信たっぷりな笑みを浮かべるリヒトの脇を、ヒュドールが無言で通り過ぎてゆく。全くこいつは、女と見れば誰彼構わず尻尾振りやがって。節操の無い――盛大な溜め息にそんな思いを込めつつ。そして数メートル進んだ所で、彼は前方に何かを見つけて歩みを止め、振り向いた。

「お前の妄想はどうでもいいが……どうやら何者かがいるのは真実らしいな」

 ヒュドールが顎をしゃくって示した先には、小さな山小屋が建っていた。



 その山小屋は、怪しいという表現が相応しかった。青々と葉を付けた蔦が木製の壁や屋根に走り、所々崩れかけ、ぱっと見はただの廃墟だ。

 二人は、とりあえず入口と思わしき扉の前に立ってみた。わずかに開いた状態から施錠はされていないと判断し、躊躇いがちに引き開く。

 驚いた事に、内部は普通の住居として成り立っていた。しかし娘が住んでいるとは思えないような、まさに山小屋状態の内装だった。簡素という言葉が相応しい。余計余分は一切無く、必要な物が必要なだけ置いてある。寝るためだけに存在するベッドには、大して女らしくもないシーツと毛布。本棚には疎らに書物が倒れているだけで、せっかくの空間が台無しである。

 部屋の中央にはテーブル、そして椅子が二つ。家具といえばその程度。元々山登りの休憩所として使われていたものなのだろう、なんとも質素な部屋だった。

 そんな飾り気も色気もへったくれもない部屋でも、場を彩ってくれる物があった。窓辺に置かれた硝子瓶に活けられた、華麗に美しく咲く一輪の花だ。色は住人の瞳を表すかのように、情熱的な紅。燃えるように紅いその花は、「私を見て」と言わんばかりに生き生きと花弁を輝かせて自己主張をしていた。

「居ないみたいだな」

 人の家に勝手に入り込み、室内を見回してヒュドールがぼやく。やっぱり無駄足だったと文句は後を絶たず、終いには不満げに舌打までする始末だ。

 そんな相棒に苦笑しつつ、リヒトも室内を見回している。一体どんな娘が住んでいるというのか、まるで木こりの住処のようだ。色気もあったものではない。

「うーん、やっぱりデマだったのかな。どうする?」

「ここまで来て手ぶらで帰るのも癪に障る。本当に【炎の魔術師】が住んでいるというのなら、待ってやろうじゃないか」

 なんでそんなに傲慢な精神なんだ……と心で呟きつつも、リヒトはヒュドールの意見を取り入れる事にし、二人はしばし住人の帰りを待つこととなった。


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