甘くとろけるような
少したれた瞳。
色素の薄い髪。
日焼け止めなんてもちろん塗らずに、毎日部活に励んでるくせに私より白い肌。
全部気になる。
全部好き。
「那智ー!」
「あ、はーい。なんすか、センパイ?」
声を張り上げて3年のマネージャーの先輩が彼を呼ぶ。
それに対してものすごくおっとりと返すものだから、先輩の額に青筋が浮かぶ。
怒ってることがどうしてわからないんだろう。
ああいうのを空気が読めないって言うんだな、とちょっと納得。
「アイツどうしたの?」
「さぁ……って、うわ、加山先輩!すみません!!」
横にいた同期のマネージャーだと思ってぞんざいな返事をしたら、なんと我が校のエースだった。
同期はいつの間にかいなくて、先輩になんて態度を!と青ざめながら慌てて頭を下げる。
しかし、頭の上からは軽い笑い声が聞こえて、別に気にしてない、という言葉が降ってきたと同時に頭をぽんっと叩かれた。
「……先輩、手大きいですね」
頭を覆うんじゃないかって勢いの大きさに思わず顔を上げながら、加山先輩の手をまじまじと見ていた。
「そうか?」
加山先輩が自分の左手を上げて、首を傾げる。
「だってほら!私女子の中では身長高いし、手も大きい方なんですよ!でも全然先輩には勝てないです」
私も自分の手を先輩の手の前に出す。
「ホントだな。ちっさくはないけど、お前指細いなー」
先輩がそう言いながら、手を合わせてくるから、びっくりして固まってしまった。
「せ……」
「加山センパイ!」
「ん?」
私の言葉を遮るように叫ばれた加山先輩を呼ぶ声。
二人揃ってそっちを見れば、顔をしかめた相原くん。
そんなに怒られたのが不服だったんだろうか。
「どしたー、那智。怒られ終わったのか?」
ニヒヒと笑いながら、先輩が相原くんをからかう。
彼は一層機嫌を悪くしながら、私たちに近付いた。
「キャプテンが早く来いって呼んでました!」
「おわっマジか。じゃあオレ先行くわ!じゃあな、千晴、那智!」
まだくっついたままだった手をぐっと押してから、加山先輩は駆けていった。
「相原くんは行かなくていいの?」
加山先輩を見送った後、止まっていた作業を再開しながら、まだ残っていた相原くんに話し掛ける。
「石間……さん」
「なに?早く行かないとまた怒られるんじゃない?」
「加山センパイに名前で呼ばれてんの?」
「……そういえば、そうだね」
やたらと声が小さくなった相原くんを見れば、何故か眉を下がらせて、まるで寂しいと鳴く子犬のよう。
「それが、どうかした?」
あまりにも真剣にこっちを見るものだから、喉が詰まる。
「ち……はる」
「え?」
「千晴!」
急に呼ばれた名前にびっくりして目を見開く。
「って呼んでもいい?」
「……」
驚いて答えられない私に、相原くんはしゅんとまたうなだれる。
「ダメ?」
身長だって相原くんの方がずっと高いのに、なんで上目遣いがこんなにぐっとくるんだ。
「いいけど」
「ホントッ!?」
ぱあっと輝く笑顔に、心臓がはねる。
「じゃあじゃあ、オレのことも名前で呼んで!」
「えっ、なん……」
うっ、またうるうるとした上目遣い。
「……那智くん」
「うんっ!」
心臓が高鳴る、高鳴る。
「千晴、千晴、千晴っ!」
甘くとろけるような、笑顔。
「連呼しないでっ!」
他の人に君の名前を呼ばれるのはイライラする。
君に名前を呼ばれるのは、ドキドキする。
「キャプテン!」
「おー、加山。どうした?」
走って呼ばれたという人のところへ向かえば、気の抜けた返事で迎えられた。
「俺を呼んでたって聞いたんすけど……」
「は?」
「え?」
互いに首を傾げた後、自分が来た方を振り向けば。
犬みたいな後輩と意外と抜けたとこのあるマネージャーが、お互いを好きだということが筒抜けな会話を大声でしていた。
思わず目が据わる。
どうやら俺は後輩にやっかまれて、だまされたらしいーー。