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作者: ヒルドイド

誤字脱字がありましたら申し訳ございません。

 視界が白い。

 アスファルトが足下にあるなんて思えないほど、硬く白いものがあって歩くだけで気を使う。

 降る雪が、地元のものより驚くほど大きくて、前を向いてると鼻に入って来そうだった。

 だから私は、いつも下を見て歩く。

 転ばないように。

 鼻に雪が入らないように。



 欲しい本があって、バス停で路線バスを待っている。

 目的地まで15分ぐらい。運賃200円。雪がないなら自転車で行くけど、この時期に自転車に乗る人なんていない。

 北海道の冬が私は嫌い。



 定刻より6分遅れでバスが来て、開いたドアから乗り込むと、まっすぐに一番後ろの長椅子に向かう。

 先客が道路窓側に座っていたので、私は反対の歩道が見える窓側に座った。

 車内は暖かい上に、乗客の持ち込んだ雪が解けたためか湿度も高い。車内の窓はフロント以外白く曇っている。立っている人はいないが、程々に混んだバス。


 焦げ茶に黄土色の小さいドットが入った、去年の冬に買ったコートの袖で窓を拭う。

 起毛で撥水性の高い生地は、不細工な水滴をたくさんガラスの上に残した。

 少し見えるようになった外の景色。顔を近付けると、自分の吐息で再び曇ってしまった。

 座席の背もたれに身を預けて、溜息をひとつ。

 手持ち無沙汰で携帯を開いてみる。

 明後日のゼミで使うレジュメのためとはいえ、わざわざ交通費と本の代金と雪の中外出する動力を消費するのは、本当に面白くない。

 でも、部屋にひとりでいるよりはマシかもしれない。

 ひとり暮らしのために借りた1Kアパートは、空白の部分に押し潰されそうになる。寂しさと居づらさ。


 次の停留所に着いたアナウンスがあり、バスがよたよたと歩道に寄り停車した。

 数人乗ってきたみたいで、ひとり背の高い男が同じ長椅子の真ん中辺りに座った。

 横目でなんとなく今来た乗客を見る。黒のダウンジャケットで、二の腕のところに付いているブランドのワッペンに見覚えがあってどきりとした。

 思い切って携帯から目線を隣の男に移す。

 何か聴いているようで、2本の白いコードが耳からダウンのポケットへ流れている。男はデニムの長い脚を組み、携帯を触っていて手元を見ていて、こっちには気付いていない。

 見覚えのあるMonclerのダウン。少し癖のある色素の薄い黒髪は、溶けた雪のせいか濡れていくつか束になっている。

 増える心拍数。耳元で鼓動が聞こえるようだ。

 慌てて携帯に目を戻すも、全く内容が入ってこない。手も震えたくないのに勝手が利かない。


 お願いだから、気付かないで。

 携帯を触って平常心を求めるけど上手くいかない。

 どうしても隣が気になって、意識が向こうに吸い寄せられてしまう。

 静かな車内。隣の彼の携帯のボタンを押す音さえも聞こえるようだ。


「遥香?」


 懐かしい声がした。二度と私に話しかけてくることはないだろうと思っていた声。

 隣を見ると、ダウンの男が一重の目を見開いて私を見ている。

「久しぶり」

「元気?」

「まあまあね。そっちは?」

「普通」

「買い物? バイト?」

「ゼミのおつかい」

「大変だね」

「雪ほど大変じゃないよ」


 惰性の会話が続く中、私はもう泣きそうだった。

 自分の部屋にひとりで居られなくなった原因。冬が嫌いになった理由。忘れたくても、目に入ってくる。



 お願いだから早く着いて。

 お願いだから早く春になって。

 お願いだから、私の前から雪を消して。

山もオチもない話を読んで頂きありがとうございました。

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