昼食
今週分のやつです。
前回、前々回よりは量は多めです。
――数日後。これから俺たちが住む家に家具等が運び込まれた。
「ありがとうございましたー!」
元気あふれる声と共に、引っ越し屋さんの乗ったトラックがエンジンを鳴らして発進する。
空は雲の気配がまったくないほどの快晴だ。太陽から放たれた暖かな光は地軸が二十三、四度傾いて、春になりかけている地域にはほどよい気温に仕立て上げてくれている。
そんな空の下で、新たな住居を目の前に俺たちは戸惑いの色を隠せなかった。
「はあ、なんだかこうなると躊躇いがあるんだよな」
もう一度、俺は不覚溜め息をついた。
「まあまあ、そんなの気にしないで、早く荷物の整理でもしようよ」
そう呼びかけてくれるのは妹の樟葉。髪を後ろで束ねてポニーテイルにしている。
「はいはい」
そう言い、俺たちは家の中に足を運んだ。
なんだか、足が重く感じる。
それから数時間たって、夜のことだった。
一通りの整理は終了し、今は樟葉と一緒にカップラーメンを食べているときだ。
さすがに、引っ越し直後ということで、まともな材料はない。まあ買いに行こうと思えば、近所のスーパーで買いに行くこともできたが、樟葉曰く、「雰囲気出るじゃん!」とのことだった。それに俺も少なからず賛成し、夕食はカップラーメンということになったのだ。
そしてその件の妹――樟葉はカップラーメンを食べ終えると、
「はー! やっぱなんか雰囲気出るね」
「雰囲気か・・・・・・。この殺風景のリビングの中で存分にカップラーメンの味を堪能できるお前には理解が及ばん。いったいどういう神経回路してるんだよ」
そう、今俺たちがいるのはリビングだ。
ここにはテレビの電源がついておらず、座っているテーブルの正面にズシンと置かれている。これも、妹曰く、「雰囲気出るじゃん!」の一環にすぎないらしい。
「だってさ、こんな瞬間なんて滅多に来ないよ? だったら、その珍しいこのひと時をそのときにしかできないことで過ごしたいじゃん!」
「んで、そのひと時にしかできないことがこの・・・・・・殺風景なリビングでカップラーメンを最愛の妹と食べるってことなのか?」
「もうやだ! 最愛の妹なんだなんて、このっ!」
顔を軽く真っ赤にして、樟葉はおもいっきり俺の肩を叩いた。その反動で、手に持っていたカップラーメン――スープだけ――が零れた。
「熱っ、何すんだよ!」
それを俺は慌てて拭く。
樟葉は嫌みったらしい表情をして、
「もうやだぁ、お兄ちゃん、あたしのこと好きなんでしょ?」
零したスープも拭き終わり、よし、最後の貴重なスープを飲み干そうとしたときの発言だった。
「んなわけあるか」
冷たい言葉を樟葉に浴びせると、表情が曇陰る。
ヤバい・・・・・・。
「いや、別に嫌な意味を込めて言ったわけじゃないんだから、そんなに気を落とすなよ」
うん・・・・・・、と言って、樟葉はさらに肩を落とした。
本当にヤバい雰囲気になってきた。いや、確かに俺は多少悪いことを言ってしまったが、ここまで暗くなるとは想像していなかった。
俺は頭を掻きながら、
「その、樟葉・・・・・・」
呼びかけると、樟葉はゆっくりと顔を上げた。目には少し、光り輝くなにかがあった。
それが余計に男の子の心を揺さぶる。
「今のはナシだ。悪かった」
妹にこんなことを言うのは正直言って恥ずかしい。でも、悪いことをしたら謝っておかないと、それはそれでいけない。
謝ると、樟葉はニタリと口の端を持ち上げた。
「いやーまさかお兄ちゃん、あたしが本気で残念がっているとでもお思いになりましたか?」
「な・・・・・・!!」
コイツ、演技してやがったのか。くそ、騙された!
心の中でぎゃーと騒いでいると、樟葉が追い打ちをかけるように声をかける。
「ねえ、さっき謝ったけど、それってつまり、本当はあたしのこと好きなんじゃないの?」
「な、なわけねえだろ! だいたい、騙すって、セコイだろ」
「騙されるほうが悪いのよっ」
ニコッと笑みを顔に浮かべる。
「ったく、そういうのややめろよ」
会話を俺は半ば強制的に終了させ、食べ終わったカップラーメンを流しに捨てるために、立ち上がった。ついでに、樟葉のぶんもやっておいてやろう。
「樟葉、もう食い終わっただろ? 捨ててきてやる」
「うん、ありがと。じゃ、はい」
カップラーメンを受け取ると、俺は流しに向かった。
今日はすでに春休み半ばまで時が進んでいる。
「宿題終わってねーや」
まさかの事態を思い出す。
思い出せば、一応手は付けてあるものの、四分の一も終わっていない。
「あー、今日は宿題デイだー」
流しに着いた俺はそんなことを、流しにカップラーメンを流しながら言った。
流し終わった俺はテーブルへと戻る。
先ほども言ったが、キッチンとはリビングからは直接行ける。キッチンがリビングと一体化しているのだ。そのため、俺が言ったことが樟葉にも聞こえていたらしく、またニタリと笑って、
「お兄ちゃん、宿題終わってないの? あたしはもう終わったよー」
頬杖をつきながら、言う。
「あっそうかよ、良かったな。宿題終わってて!!」
無理矢理言うと、その反撃を楽しみに待っていたようで、続ける。
「そうよぉ? あたしは優秀だからそんな宿題なんて三日で終わらせたわよ」
そう言っているが、樟葉の言っていることは本当だった。彼女は今年で中学三年になる。成績は常に学年でトップクラス。しかも、部活では陸上部に所属し、女子百メートルで全国大会にも出場している。見た目も兄の俺が言うのもなんだが、綺麗だ。文武両道、容姿端麗。なんというかできすぎな妹だと思っている。
「悪かったな、こんなできの悪い兄を持たせてしまってよ」
「いいよ、気にしてないから。だって、お兄ちゃんがいなかったらあたしはここまで頑張って来れなかったもん」
ニヤリと笑っていた表情を今度は真剣な表情にした。
こう緩急をつけられるとなんだか心にグッとくる。
まさか、とうとう樟葉も男の掌握術を身につけたと言うのか!
でもまあ確かに何度かは樟葉を励ましたりしたことはあったが、そこまで思っていてくれていたのは考えてもいなかった。
「そうか、そう思ってくれるとはありがたいな」
言い返すと、樟葉もうんと言って今度は明るい純粋な笑みを浮かべて、
「じゃ、これからどこか遊びにでも行きますか!」
「あいよ――」
――俺の財布に経済状況を聞いてからな。
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