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Episode 04 携帯と男

「痛って!」

見えない無機物に軽い歓迎を受けた。


ガタン!ガタン!バン!

硬いものが床に叩きつけられる音が夜の教室に響く。

光を完全に失ってしまった空間は、そこが教室であるかさえも分からない。

視覚という感覚を完全に失い、頼りになる物は触覚だけになっていた。

その触覚でさえこの状態では役に立たないようで、足を進めるごとに何かしらにぶつかるという状況だった。

だが、こんなことでグズグズしていられない。


(……早く……)


昼間の教室の姿を頭の中で描きながら、体に染み付いている記憶を元に、足を進めた。

何個めだろう。ガタン!バン!と大きな音を立てながら机や椅子が倒れていく。

そんなことを気にする余裕もなく、両手で辺りを確認しながら、少しでも情報を得るために模索した。いくら模索しようとも手に触れるのはありふれた木と細い鉄パイプの感覚のみで、現在位置を確認することが出来るような触覚にたどり着けない。魔法の森で同じルートを何度もさまよっているかのような感覚が頭をよぎった。……いやな気分だ。

がむしゃらに手探りをしていた時だ。

宙を泳ぐ指先に微かな感覚が走った。

今までの硬い無機物質とは異なる柔らかな感覚だった。


(布……カーテンか)

深く考えることなくカーテンという答えを導きだした。

どうやら窓側まではたどり着けたようだ。

窓側には全部で六席の机がある。後ろから二番目である自分の席を探し出すためには……。

何故だろうか、焦っているはずなのに思考ははっきりしていると自分でも自覚できる。

後は簡単だ。窓側の壁にあるスチームストーブさえみつければいい。

教室の前後に一つずつある大きなスチームストーブ。このストーブの上に書物の山があったなら、即ち横は俺の席だ。

探っていくとすぐに山のように積み重なった教科書を容易にみつけることができた。

ロッカー面倒くさがっていたため自然にできたこの山が、こんな事に役に立つとは夢にも思わなかった。


たどり着くとすぐさま机の上で掌を泳がした。

闇の中に潜む“あれ”を探し出すために、必死で手を動かす。

ついさっきまで見方だと思っていた奴等が、瞬時に寝返った。いきなり光の世界から闇の中へと放り込まれた俺の心はそんな気分だった。


(!!)


小指に“あれ”が当たる感覚が走った。


(あった……)


存在を確認したときだ。


ガ、ガカン……

プラスチック音が周囲に木霊した。


「おい嘘だろ!」


再び、俺の心は地獄の底へと突き落とされた。

俺の小指に強くぶつかってしまったのだろう。

無常にも“あれ”は闇に包まれた広すぎる面の上に落ちていったのだ。


手を振り回し、辺りに何もないことを確認するなり、すぐさま跪き、四つん這いになって模索する。落下音から場所は絞り込めたが、机の上よりは何倍も広かった。

机の上でさえ探し出すのに苦労するこの闇の中で、ここから探し出すことを考えると気が滅入りそうになる。いくら弱音を吐こうとも、すぐに見つかるというわけでもなかった。

今の自分に出来ること、指先に全身系を集中させただ黙々と腕を動かす。

窓側の壁から手で闇の中を探っていった。


(!!?)


指に何かが当たる感覚が走った。

予想もしない展開に胸が高鳴る。あの感覚は紛れもなくあれの感覚だ。

より注意深く手探りでその付近を模索すると、また滑らかなプラスチックの感覚を感じ取れた。

指で正確場所を確認し、ゆっくりと握り締める。


(あった……)


もう落ちる場所はない。

すかさず胸元まで寄せ両手で包み込むように握り締め、急いで携帯を開いた。

感覚しか感じとれない見えない携帯電話。視覚という感覚がないため上手く実感が湧かないが、この手触り、凹凸から考えても間違いなく携帯なのだろう。


(ついてくれ!)


定かではない記憶を元に電源ボタンに指を押し当て、ひたすら祈った。

震える手で確りと握り締めながら、画面だけを見つめていた。


(だめか……?)


諦めかけたときだ。

眩しい鮮やかな光が液晶画面から放たれた。

左端には現在の時刻を告げる数字が浮かび上がり、暗い教室の一角が僅かな光に包まれる。

電池の残量は限りなく無に等しいようで、赤くなっている。


二十時五十七分


(これで帰れれる)


今日何度目の安堵だろうか。

携帯と光を手にした俺は、無心でそれらを見つめ、壁に寄りかかっていた。

なぜだろう、心の中に『恐怖』という文字の欠片さえ感じられない。

立ち上がろうとする気力すら湧いてこなかった。


これからどうするか……。

ゆっくりと闇の中を歩いて出ようか。

さっきの様に、急いで廊下を走りきるか。

どっちにしてもあまり変わらない……。

『何も起こらない』そう確信した俺は今までの自分の行動が馬鹿馬鹿しく思えた。


「なに焦ってたんだろ……俺」

軽く吐き捨て、自分を嘲け笑いたい衝動に駆られた。


その心境を察知したかのように、扉から僅かな光が注ぎだす。

どうやらあの厚い雲も抜けたようだ。

徐々に分からなかった教室の姿が露になってきた。

俺が通ったと思われる場所の机や椅子がなぎ倒されている。

机からは、教科書やノートなどが放り出され、床一面に散乱していた。


「あぁあ。やっちまったな」

俺は微笑しながら、呟いた。

これを片付けようか、片付けまいか、しばし頭の中で考えるが考える必要もないことに気づいた。

どうせ俺がやったなんて分かるやつはいない。片付けたとしても、その情報が誰の耳に入るわけでもなくただの労力の無駄になってしまうからだ。まして、いつまた月がなくなってしまうかわからない状態でそんな偽善行為をするほど俺の心は広くはなかった。

ゆっくりと立ち上がると、教科書類を踏まぬように足元を確認した。

見るからに教室の後方は足の踏み場がない状況だ。必然的に体を反転させ、教室前方の扉に向かおうとした時だ。


「うわ!?……びっくりした」

不意の出来事につい声が漏れてしまった。

そこには誰かがいる。闇の中でぼんやりと見える服装から推測するに、たぶん男子だろう。

この時間に俺以外に学校に生徒が残っているのは不思議であったが、この状況で声をかけないわけにはいかない。下手したら自分がしたことをクラスのみんなにばらされかねない。


「脅かすなよ。いるんだったら言えよ。ビビるだろ!」

「…………」

いくら言葉をかけようとも、声が返ってくることはなかった。その男は下を向いたままで、まったく動こうをしない。手は肩にぶら下がり、肩には不自然なほどに力が入っていなかった。

正直、気味が悪い。こいつはいったい何を考えているんだ。


「おい。マジでふざけるのいい加減にしろよ!」


そう声を荒げ、肩を怒らせながらその男の方へと足を進めた。

近づくにつれてその男の姿がうっすらと見え始めると、後悔の念にかられた。

自分より二十糎は背が高いだろうか、肩に力は入っていないものの、がたいも俺より大きそうに見みえる。ほかのクラスのやつだろうか、はたまた上級生なのだろうか、少なくとも同じクラスにこんなにでかいやつはいなかった。しかし、ここで引いたら見下されてしまうだろう。何ビビってんの?そんな返答が返ってくるに違いない。引いちゃ駄目だ。引いちゃ……。

男は固まったままで一行に動く気配がない。


(ん?)


ここである異変に気がついた。

男の足元からは前方の扉から注ぎ込む微かな月の光が見えていたからだ。


(足が……ない?)


そんなはずない。ありえない。幽霊なんて居るわけが……

なんども自分に言い聞かせるが、目を擦ろうとも、頬を抓ろうとも足は見えてこない。

宙に浮いてる?本当に幽霊なのか……?

視線を徐々に上げていった。

するとあることに気づいた。

さっきまでは闇に隠れて見えなかったが、黒い糸のようなものが天井から一直線に男へと続いていた。糸は張り詰めて張られており男の……首へと繋がっている……。


数秒後、俺はすべてを理解することとなる。何故、男はしゃべらなかったのか。何故男の肩の力は抜け、腕がぶら下がっていたのか。何故、男の背が高かったのか。何故、男の足がないのか。


そのすべてがひとつの答えへと結びく。



「う、う゛わああぁぁァァァ゛ァ゛!!」


今までに感じたことがないの恐怖を感じるとともに俺は叫び声を上げた。

その場を離れようと必死でもがこうとするが、手足が竦んでまったく言うことを聞かない。それが死んでいるのか、生きているのか考えなくとも答えは分かった。目の前の状況を拒絶しようと違うことを考えようにも、目の前の知りたくもない光景がすぐに目から叩き込まれる。

事実、今まで見たことのない人の惨い屍が目の前にぶら下がっている。

糸のようなものが食い込んでいる首からは黒い液大が流れ出し、男のワイシャツは紅に染まり、袖や裾からは雫が滴り落ちている。床には夥しい量の血液が水溜りを作っていた。

反射的に目を背けた。


バタン!ガシャン!

大きな音が屍の方から聞こえた。

なんだ?何が起こってる?

視線が一瞬、屍方向に戻る。


(ない?)


さっきまであったはずの男の屍の姿がなくなっている。なんでだ?どこに行った?

宙には男を吊っていた黒い糸が宙で単振動をしている。

なくなる?そんなはずない。糸だってあるじゃないか?


視線をゆっくりと下へ落としていった。

なくなるはずはない。分かっていたことだが、できればなくなっていてほしかった。幽霊が出ていたほうが何倍もマシだっただろう。

あれは地面に横たわっていた。

うつ伏せに横たわっている“あれ”からは泉のように血液が流れ出しているのだろう。水溜りは倍以上の大きさになっており、黒い液体が近くまで迫っていた。


いったい何なんだ。何でこんなことが起こる。何で俺がこんなことに俺が巻き込まれなきゃいけない?どうすればいい?これからどうする?警察に通報?そんなことしたら、こんな時間にこんなとこにいることを疑われるに違いない。逃る?そうだ早く逃げなくちゃ……

自分を正当化し、ここから逃げる決意を固めた。


立ち上がろうと手を動かそうとしたときだ、右手に何かが当たる感覚を感じた。鉄でも木でもない何か別の感覚。

何も考えることなく反射的にその方向を見てしまった。

それは楕円というには形がいびつで、毛のようなものが生えているのが暗闇でも分かった。近くにはあの黒い水の小さな水溜りができている。


「うわ゛、う゛わあああぁぁァァァァーーーー!!!!」


いやでも目に入ってくる男の頭部。地面に横たわっているその頭部は俺を睨みつけている。暗闇の中微かに見える男の表情は死の瞬間が長く続いたことを意味するのだろう、苦痛に歪んでいた。

しかし何故だろうか、目から勝手に涙が零れ落ちるのを頬が感じ取った。

薄らとしか見えない歪んだ顔の中に何か懐かしいものを感せたのだろうか。


――その時だ。


バン!!


後頭部に強い衝撃を受けた。


「う゛っ……」


悲惨な光景が徐々に薄れて意気、目の前が真っ白になった……。

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