Episode 03 光と闇
「ん……。んんん。あぁああ。」
両腕を上方に放り投げ背伸びする。
長時間圧迫されていたせいだろうか、腕がうまく動かない。
どのぐらい寝ていたのだろうか、そういう思いを巡らせながら目を開いた。
いきなりの出来事に、状況がうまく把握できなかった。
「おい……。嘘だろ」
そこには静寂な闇の立体空間に、鉄と木でできた冷たい造形物のみがのさばっていた。
「普通……誰か起こすだろ」
自然とクラスメイトへの失望の言葉が漏れる。
いったい今何時なのだろうか、その疑問を解決しようにも、教室に二つあるはずの時計がどちらとも取り外されていた。
無意識にズボンのポケットへと手が向かう。
モゾモゾと手探りで携帯電話を探すと、サイドボタンを押しながら視界に入る位置に運んでいった。
(……おかしい)
押すと同時に白い閃光を発するはずのサブ液晶が、いくら押しても沈黙を保ったままだった。
「……マジかよ。今朝充電したばっかだぜ」
絶望の言葉を吐き捨て、携帯を机の上に置いた。
恐る恐る立ち上がろうとする。
案の定、足が鉛のように重く力を入れても動こうとしない。
(こっちもかよ)
ゆっくりと臀部を滑らし、椅子に浅く凭れ掛けた。
脚を伸ばし、血流を巡らせていく。
徐々に熱が太股から足先へと伝わっていき、感覚が戻ってくる。
なんとも気持ち悪い感覚だ。
辺りの光景とその感覚が共鳴し、いっそう不気味さが増していく。
(早く帰ろう)
すぐさま机から教科書を引きずり出し、鞄に無理やり押し込んだ。
脚の感覚が戻るや否や、急いで椅子から立ち上がり、後方のドアへと脚を運んでいく。
相変わらず、蒟蒻のような脚だが、さっきよりは十分ましに動いた。
ドアを潜り抜け廊下に出ると、その不気味さは少し和らいだ。
廊下伝いに並んでいる大きな窓から月の光が僅かに注いでいたからだ。
窓から注ぎ込む黄色い光は廊下全体を明るく照らしていた。
廊下の突当りにある職員室に自然と目が向かう。
(生徒が居ないこと確認してから帰るだろ。普通……)
職員室のドアは固く閉ざされ、廊下の途中から完全に闇と一体化している。
それを確認するなり、職員室の反対の方向に歩き始めた。
普段の下校だったら、職員室の前にある階段で一階の下校口へと向かっていく。
今向かっているのは完全に逆方向だ。
俺は知っていたからだ。
一階には対人センサーと防犯カメラがあり、下手に通ると警報機がなる仕様になっていること。
二階、三階にその罠は仕掛けられていないこと。
一箇所だけ安全に外に出ることができるルートがあること、などをだ。
俺はよく修たちと無人の学校に忍び込んでいた。
誰も居ない学校は誰にも邪魔をされない遊び場と化す。
俺たちはそこで、いろいろな悪行や、くだらない遊びを楽しんだ。
例えるなら、この学校は自分の家の庭のような存在だろう。
しかし、今は同じ空間とは思えぬほど不気味な靄が漂っている。
普段、忍び込んでいたころとは違う点が二箇所あったからだ。
いつもは、夜でなく昼であったこと。
一人ではなく、二人以上であったことだ。
その二箇所が違うだけで、庭は見知らぬ立体構造物へと変化していた。
そのせいなのか、自然と足の動く速度が早くなっていく。
鼓動のリズムが嫌でも嫌でも伝わってくる。
ついには走り出し、誰もいない長い長方空間にシューズと面とのぶつかる音だけが木霊した。
渡り廊下を通りぬけ、第二校舎の廊下の端へと向かって息を切らせる。
月の光が入らない第二校舎は薄暗く、俺の心をいっそう焦らせた。
薄暗い空間が延延と続いている。
闇の中を目的地に向けて必死に脚を動かした。
あの場所を確認しながらゆっくりと減速していく。
たどり着くや否や、施錠を外し、窓を開けた。
突如、強い風の壁が押し寄せる。
体育館へと続く渡り廊下、その屋根が唯一の脱出ルートだった。
窓から乗り出し、淵に手をかけると壁伝いに脚を滑らせていく。
屋根に脚がつくと、緊張の糸が切れたかのようにほっと肩をなでおろした。
ゆっくりと窓を閉める、手を膝に突き立て方で大きく息をする。
ワイシャツの袖を捲り上げ、額の汗を手の甲で軽く拭った。
頭に響く心臓の鼓動。乱れる呼吸。
急激な運動に慣れてない体からは、汗がマグマのように噴き出していた。
暫くの間、深呼吸をしながら徐々に呼吸を整えていく。
呼吸がある程度整うと、歩きなれた通学路を歩くように屋根をわたりはじめた。
別に何かが起こるということを決め付けていたわけではない。
ただ、無事に脱出できたことは心に大きな安堵をもたらした。
空を見上げると、大きな卵形の月が黄色い閃光を放っていた。
いつもより明るい空には、小さな宝石たちがその光に闘いを挑むかのように微かに光っている。闇の校舎とは裏腹に、校庭には薄暗い光の世界が広がっていた。
さっきまでの光景が、まるで嘘であったかのような校庭の姿。
その姿はさっきまでの焦りを完全に吹き飛ばした。
気づけばゴールはすぐそこまで見えていた。
ちょうど、体育館のベランダに差し掛かった時だ。
いつもとは違う感覚、ある違和感に気がついた。
ポケットの違和感。
ゆっくりと手のひらをズボンに押し当て、を股の付け根から腰のほうに近づけていく。
「……ない」
まさかという感覚とともに顔が青ざめていくのがわかった。
沼の鯉をすくう様に鞄の中を確認する。
そこにもやはり“あれ”はなかった。
記憶の奥底から、ついさっきまでの記憶を引きずり出す。
教室から廊下、窓から脱出するまで記憶を脳内でシミュレートしていく。
(最後にあったのは……)
「――教室だ」
そう言葉を漏らすと、ついさっき出てきたあの窓をを見つめた。
次の投稿は結構スパンがあくと思います……
気長にお待ちください。
本当に読んでる方が居ればですが……