Episode 01 現実と過去
昼間なら騒がしい長い廊下が、今は不気味なほどの沈黙の霧に覆われている。大きな長方形の窓からは、月の黄色い光がぼんやりと差込み、光と闇の明暗が未知の空間を造形していた。
そんな不気味な闇の中、俺は教室の壁に寄りかかり、地べたに座り込んでいた。なんでこんな事になっているのか、自分でも分からない。誰もこんな事になるとは予想できなかっただろう。
生臭い鉄の匂いが漂い、床や壁には黒光りした液体がぶちまけられていた。目をどこに向けようとも、入り込んでくる光景にまともなものはない。もう何回吐いただろうか。吐くだびに血の匂いと残酷な光景が、すぐに嘔気を催した。
こめかみから頬へと何かがたれる感触。その感覚は滑らかにあごの下へ向かって行き、最後にはズボンの上にポトリと落ちていった。汗なのだろう。この汗が暑さによるものなのか、それとも恐怖による冷汗なのかは考えなくとも分かる。震えるような感覚からするに冷汗なのだろう。
「……どうしてこんなことになったんだ」
静けさが漂う淀んだ闇の中、俺はつぶやいた。
――すべては、三日前。夏休み一週間前の木曜にさかのぼる。
俺は昼寝をするために机に寝そべっていた。窓側の後ろから二番目である俺の席は、昼寝には最高の席だ。カーテン窓越しの柔らかな光と、校庭から流れ込む風はこの席の専売特許だろう。昼休みの教室というものは騒がしいものだが、自然と自分の周りに人は寄ってこなかった。自分では自覚がないのだが、どうにも俺は寝起きが悪いらしい。次の授業は居眠りに無頓着の川田の数学、昼寝を妨げるものは何もない。必然と瞼がすべり、闇の世界を通り抜け架空の世界へと向かっていく。
普段ならその筈だった。
しかし、この日の昼休みは少し違っていた。
いつもなら、チャイムと同時に一目散に屋上に向かっていく修が、この日はなぜか自分の席に座っていたからだ。何故という疑問が湧きあがり、耳を軽く向けると理由は容易に推測できた。
誰かの談話をしているようなのだ。
話し声は相手は透き通ったかわいらしい声の持ち主で、その声は以前どこかで耳にした声だった。誰の声なのか。肝心なところが思い出せない。
サッカー部の期待の星。姿のいい修のこと容だ、なんら驚くことはない。
所詮、特に何のとりえもない俺には無関係の話だ。
と思いつつも、自然に耳が行ってしまう。
男なら当然の反応だろう。
「…じゃ、…日曜……夜…校庭………。和也君も誘ってね♪」
高い声から察するに、女の子だろう。音量が小さいその声からはすべての内容を聞き取ることは困難だった。ただ、自分が何か関わっているということ、それが日曜日にあるということは、何とか聞き取ることができた。
女の子との会話に自分が関わっていることは正直うれしかった。
過剰反応だと自分でもわかりながら、容姿、学力、運動神経どれにおいても自信が持てなかった俺は、そのことを軽視することはできなかったのだ。
自信がないといっても、まったく駄目という訳ではない。この学校のが異常なのだ。
中学時代までは勉強も運動もできるつもりだった。
定期テストに至っては十番以下に落ちたこともなかったし、三年間所属してたバスケ部でも一年次からユニフォームをもらい、二年次からは常にレギュラーだった。
正直、中学の時代はもてた、という感触を大いに感じることができた。ただ、あのころはそんなことにまったく興味はなかったのだ。
この高校に入ること、そのことだけを目標に三年間を生活していたからだ。
そして、この爽美高校に入学した。
暗い現実が待ち構えているとも知らずに……。
いつからだろうか、こんなに『もてたい』なんて感情がわいてきたのは……。
そうこう過去のことを思い出している内に、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
はじめの作品です。
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私生活の関係上更新はスローペースですのでご了承ください。
読んでる方が居ればの話ですが……。
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