魔王様の溺愛無限ループ
大学四年生のお兄ちゃんと大学二年生のわたしは、大学内でも有名だった──とっても頭が良くてイケメンで将来有望なお兄ちゃんが唯一、砂糖とメイプルシロップと蜂蜜と……とにかく、でろでろのどろどろに甘やかしているのが、わたしだから。
お父さんもお母さんも仕事が忙しくて家事はほぼ二人で分担しているし、お互いに支え合って生きてきた。
兄妹なのに仲が良すぎて気持ち悪い、そう言った同級生は次の日に引っ越してしまった。
わたしのことが好き、そう言った先輩は次の瞬間何故か土下座して謝った。
そんなことが続いて、わたしの傍にはお兄ちゃんしかいなくなった。 けど、わたしはそれでもお兄ちゃんがいてくれれば良いとすら思っている。
わたしにとってお兄ちゃんはなくてはならない存在なのだ。
「澪、今日のお昼は何にしようか」
とある休日、最近は冬が近付いてるからなのか寒い日が続いてるなぁとぼんやり、お兄ちゃんの膝に頭を預けて優しく頭を撫でられながら考える。
「何でもいいよ」
「そう。あ、そういえば澪、明日は誕生日だね」
「うん」
「もうそんな時期か──澪、僕は魔王なんだよ」
真剣な表情で告げられたお兄ちゃんの言葉に、わたしは思わず「はぇ?」と意味不明な声を発していた。
少なくとも、お昼ご飯の話のついでにする話ではなかったと思う。
「……お兄ちゃん?」
「ん、起きるのかい」
のろのろとした動きで起き上がって、お兄ちゃんを見た。いつもと変わらない美形。
冗談にしても、どうしてこのタイミングで言うのかわからない。
ふわふわとした睡魔はすっかり何処かに飛んでいってしまっていた。
「澪、みーお?」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんも眠かったの? ごめんね、気付かなくて」
きっと忙しい過ぎて頭が回らなくなっちゃったんだ。大学生も四年生になるとすごく大変なのかもしれない。
いやむしろそうであって欲しい気がする。
「はは、やっぱり信じられない?」
……自嘲気味に言うお兄ちゃんの姿に胸が痛むと同時に、何処かに行ってしまうんじゃないかと不安になった。
ぎゅう、と抱き着けば同じように抱き着き返してくれた。
洋服越しに体温を感じて、やっと安心出来る。
「お兄ちゃんの言うことなら、信じるよ」
「本当に? 嘘偽りはないね?」
何でそんなに聞くのかはわからなかったけど、必死なのだと言うことがわかったので頷く。
「まさかわたしは勇者で、お兄ちゃんを倒す役目とか……」
まさか勇者になる前に潰すために!?と考えてしまう辺りわたしも頭が回っていないのかもしれない。
軽く頭を左右に振るわたしの顔を覗き込みながらお兄ちゃんは優しく肩に手を置いた。
「澪、僕はね。人間じゃないから寿命がとても長いんだ」
実はもう三千歳は越えているのだとお兄ちゃんは言った。
さんぜんさい……?
「実は澪に会うのはこれで三十一回目なんだ。ふふ、毎回同じ位に僕は澪を愛してるよ」
「三十一回、目?」
「この世界じゃ兄妹は結婚出来ないけど、兄妹じゃないとずっと一緒には居られないからね……学校で離れたときは発狂しそうだったな」
いきなりの衝撃告白に、頭がついていかない。
じゃあつまり、お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくて魔王で、三千歳で、わたしは何回もお兄ちゃんに会っていて、これで三十一回目で──ナニソレ。
申し訳ないとは思うものの、わたしはお兄ちゃんと違って素晴らしい頭脳は持っていないのだ。
「愛は世界も時間も年齢も常識をも超越するんだよ」
常識は超越しちゃだめだよ……。
キラキラとしたイイ笑顔は王子様っぽい。魔王なのに王子様っぽくていいのかな。
──言っていることに微かな違和感を抱いたけど。お兄ちゃんが変なことを言うわけないから忘れることにした。
「お兄ちゃんは、わたしを愛してるの? 妹としてじゃなくて?」
ふと、考える。
その『愛』は家族愛?それとも──。
そんな思考を読んだかのようにお兄ちゃんはわたしを強く抱き締めて耳元で囁くように言った。
「続きはあちらの世界に行ってから、いくらでも聞かせてあげるよ」
──それは突然だった。
お兄ちゃんから目眩がしそうなほどの光が溢れ出して、わたしを包み込んだ。
意識を手放してしまったわたしが目を覚ますと、たくさんの人が泣いていた。
「おお、魔王様がお帰りになられた!」
「王妃様も一緒だ!」
「これで魔界も後八十年は安泰だ!」
喜び噎せる人たちが実は人間じゃなかったり、お兄ちゃんは、わたしが天寿を全うして死ぬたびに元の世界の時間をわたしが生まれる前にまで巻き戻して何度も何度もわたしの成長を見守ってから成人する寸前に連れてきて王妃にしていたという事実をお城の宰相さんに聞くのはまた別の話。
「あれ、どうしてこうなったのかな……お兄ちゃん? お兄ちゃーん」