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第1試合 嵐が丘女子戦①

わたし、梶花音は、自慢ではないが努力の人だと思う。


パパは普通のサラリーマンだし、ママは普通の保険外交員。弟は3つ下で生意気だ。


群馬の普通の家庭に生まれて、前橋のおじいちゃんのクラブに出入りするようになった。


おじいちゃんが学生まで卓球をやっていて、教えていたクラブに、なんとなく小4のときに行ってみた。

「花音、打ってみなさい」

「こ……こうかな」

まだほとんど体も出ない台に向かって、おじいちゃんの球を返す。

「おお。上手いじゃないか」

学校でもあまり話さず、おとなしめのわたしにとって、おじいちゃんは何でも褒めてくれた。

何か買ってくれるわけでもないし、すごくわたしが上手いわけでもないけど、褒めてくれるだけで、自分がそこに居てもいいんだ、という感覚を持つことができた。


4年生のときはラリーができるようになり、5年生でサーブとスマッシュ、ドライブを覚え、6年生で地元の大会に出て3位になった。小学校でもクラブ活動があって、そこでもちょっとだけ人気者になった。


中学に入るときも、地元の公立中学の卓球部に入ることにした。

見学に行ったとき、すごい二年生がいた。

背が高くて、まだ中2なのに170cmくらいあった。

1人だけ、明らかに動きが違っていた。

(ここで、あの人と一緒に卓球がしたい)

わたしは、地元の公立中学にそのまま進学した。

「梶花音です。卓球は、おじいちゃんのクラブで小4からやってました。お願いします!」


真新しい練習着で挨拶をしたとき、その中3の先輩は静かに笑っていた。

「岸田輝夜。キャプテンです。新入生の皆さんにも期待しているので、よろしくお願いします」

岸田先輩。

かっこいい。

背が高くて、低い球でも両ハンドからドライブが打てる。わたしも……

わたしが両ハンドドライブを使い始めたのは、岸田先輩への憧れからだった。


ただ。

「花音。花音は、両面表のほうが、わしはいいと思うぞ」

「え――何で?」

思いもよらないところから、ダメ出しが入った。

私のことを一番分かってくれているおじいちゃん。


そのころは病院に入っていた。

何か体の中の悪い細菌をやっつけるものが多すぎるとのことだった。

「その、花音がいう、岸田さんは、身長が高い。だからドライブを振れる。でも、花音はまだ150cmしかない。わしは速攻のほうがいいと思う」

「でも……」

「花音が岸田さんに憧れるのはわかる。わしだって先輩にあこがれて学生から今の形なんだ。ただ、試合に出るということ、団体戦に出るということは、勝たないといけないということだ。無理をすると、その先輩の勝ちを消してしまうことにもなるかもしれない。花音、わかるね」


私のことを一番わかってくれるおじいちゃんに言われると、反論のしようがなかった。

わたしは、反抗期でも、絶対におじいちゃんにだけは反抗しなかった。

私のことを一番ちゃんと見てくれていたから。


わたしは思いきって、シェイクの表表にした。

おじいちゃんと同じ戦型だ。

これからは、速攻で行く。

――岸田先輩に憧れはある。

でも、それはやめる。

岸田先輩と違う形でチームを助ける。


病院に行って、真新しいラケットをおじいちゃんに見せた。

「おお……いいじゃないか。これで、勝てるぞ。まずはスマッシュとバックハンド。これを、どんな態勢でも入れられるようになりなさい。特にバックはテンポを早くすること。いいね」

「うん。わかった。――おじいちゃん、最近ちょっと元気なくない……?」

「花音の顔を見れば、元気も出るさ。――花音、そのラケットに、わしから一言、メッセージを書かせてもらっていいかな」

「うん。いいよ。おじいちゃんの言葉なら頑張れる」

おじいちゃんは、私のラケットのバックの部分に、マジックで小さく書いた。


『前進なきは後退』


「これは――」

「これは、中国の古い言葉で、おじいちゃんの尊敬する徐寅生(じょいんせい)(※1)という選手がいつも言っていた言葉だよ。今はインターネットが発達しているから探してみるといい。日本代表の選手のロブを12回スマッシュを打ち込んでこじ開けたエピソードもある。すごい人だよ」

「わかった!ありがとう」


それが、最期の別れとなった。


おじいちゃんの遺品には、表表のシェイクハンドのラケットと、「不进则退」の文字。

あとから聞いたら、おじいちゃんが言っていた徐選手の言葉は、中国の古い思想家の人の言葉だったみたいだ。でも、そんなのは関係ない。私には、「前進なきは後退」はおじいちゃんの言葉だ。

今、私のラケットには、薄くなって何度も書き足した「前進なきは後退」の文字が刻まれている。


--------------------------------------


岸田先輩を追って、私は中学も卓球を続けた。

中3のときは県ベスト4にも入ったし、団体でも全国に出た。

ただ、スカウトの話なんかはなかったから、部活を引退してからは、猛勉強をした。

ラケットを勉強机の前に2本たてかけて。

一本は自分のラケット。

もう一本はおじいちゃんのラケット。

「不进则退(前進しないのは後退である)」

一日3時間。休日は5~7時間。

岸田先輩の入学した埼玉光栄高校は進学校でもある。

卓球も勉強も一生懸命、というのがおじいちゃんの考えだった。

視力も落ちた。0.8まで下がった。

ただ、私は猛勉強の末、埼玉光栄の進学コースに入学することができた。

スポーツグラスをすれば、まだちゃんと振れる。


私は光栄に合格した。卓球部の門を叩いた。


すごい子がいた。

全日本カデット準優勝。つまり、日本で二位になったことがあるということ。

しかも、年齢別日本代表にも選ばれたことのある、丸山美海さん。


一回、打ってみてわかった。

レベルが全く違う。

勝てない。

この子が居る限り、私はベンチウォーマーだ。

岸田先輩の他にも、2年生には内田先輩という全国レベルの選手もいた。

サーブがメチャクチャ上手い宇都宮先輩や、男子顔負けのカットを出す若松先輩。

両ハンドドライブを振る田中主将。ほかにも、たくさん。

(おじいちゃん、私、無理かも――)


『前進なきは後退』

ラケットの文字が、泣きそうな私を見つめる。

(……無理じゃない!シェイク表表速攻の選手は、ここでは私だけ。いつかきっと、この戦型がチームの役に立つ日が来るはず。絶対、前進。後退なんかしてやるもんか!)


とにかく私はサーブと三球目を磨いた。

サーブは宇都宮先輩に嫌になるくらい聞いたけど、宇都宮先輩は

「いいよ~これはね~表だと難しいけど、こうすれば~」

と丁寧に教えてくれた。


スマッシュも、内田先輩や、なんなら丸山さんにも聞きまくった。

そうでないと、私はここに居られなくなる。

ここに居場所を作るためなら、なんでもする。

岸田先輩の役に立つなら、チームのためになるなら。


体育館を夜まで借りた日もあった。

ただ、男子部のカットマン、結城先輩――事故で右腕の右肘からがない先輩(でもめっちゃ強い)が、

「ひとりじゃ生きた球こないだろ。カット打ち、女子にはカットマン多いから、やるか?」

「いいんですか!?お願いします!」

光栄に来て、良かった。

絶対に残ってやる。絶対に。


--------------------------------------


「初戦はシードだったから、2回戦、嵐が丘女子からだな。そこまで強くはないが、1人いい選手が入っている。浦和西中の箕輪実咲(みのわみさき)。両面ドライブの、うちの田中をもっとドライブよりにした感じだ。きっと2枚来る。S1とDだろう……そこで、S1、梶、行ってもらう」


初戦を前にしたミーティングで、コーチの舘さんが言った。

「え?」

一瞬、耳を疑った。

「私――ですか?私がS1?」

「そうだ。ドライブ相手は得意だろう?お前のテンポの速いラリーに引きずり込めばいい。負けても構わない。ただ。振り回せ。体力を、精神力を削れ。いいね」

「――はい!」


インターハイ予選初戦、シングルス1。

最初の大舞台に、おじいちゃん、私が選ばれたよ。


見ててね。

※1 徐寅生(じょ・いんせい)。中国の卓球選手・指導者。1960年代の世界選手権で男子団体三連覇の主力となった。1961年の世界選手権・男子団体決勝で、日本の星野展弥のロブに12本続けてスマッシュを打ち込み、最後の一本で得点をもぎ取った場面は「十二大板」と呼ばれ、今も語り継がれている。引退後は指導者となり、のちに中国卓球協会の会長を30年近く務め、国際卓球連盟の会長も歴任した。

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