黒鋼の岩場への行軍
陽光を遮るほどに切り立った岩壁の間を、三人は進んでいた。足元には金属質の砂が混じり、一歩踏み出すたびに嫌なジャリ、という音が響く。
「……ねえ、シュウ。アンタが今まで喰った中で、一番『ヤバかった』のって何?」
先頭を軽やかに跳ねるように進むミーニャが、ふと振り返って尋ねた。彼女の尻尾が、警戒と好奇心で細かく揺れている。
「……トロールの心臓だ。一週間、鼓動が二倍速で鳴り止まなかった」
「うわ、最悪! 心臓バクバクで寝られないとか、拷問じゃん」
ミーニャはケラケラと笑うが、その目は笑っていない。
「私はさ、東の国で『神子』を守る一族だったんだ。でも、守りきれなかった。……強すぎる力ってさ、大抵、本人の意志とは関係なく暴走しちゃうんだよね」
さらりと口にされた重い過去。ミーニャがシュウの傍にいるのは、単なる武者修行ではなく、「暴走する力」に対する彼女なりのトラウマがあることを示唆する。
「……無駄話はやめて。集中なさい。大気の魔力が歪み始めているわ」
最後尾を歩くエレインが、冷たく割り込んだ。彼女の杖の先が、岩壁に触れるたびに微かな火花を散らす。
「シュウ、忘れないで。ワームの皮膚を喰らえば、あなたの防御力は飛躍的に上がる。けれど、それはあなたの血を『重く』するということよ。心臓が耐えきれなくなれば、あなたは生きた彫像と化す」
「……わかっている」
「いいえ、わかっていないわ。……この杖に封じられた男も、最後の一口で『自分』を失った。彼は、愛する者の顔すら思い出せないまま、ただの動く鎧になったの」
エレインの言葉に、一瞬だけ鋭い「棘」が混じる。彼女がシュウに向ける視線は、もはや協力者へのそれではなく、かつて失った「何か」を取り戻そうとする渇望に近い。
「あーあ、また始まった。二人とも暗すぎ! ほら、見えてきたよ。あいつの『庭』が」
ミーニャが指差した先。
巨大な岩場の一部が不自然に抉れ、その中心で、陽光を跳ね返すほどに黒光りする**『黒鋼のワーム』**が、死神のような静寂を纏ってとぐろを巻いていた。




