焚き火の傍らで
黒鋼のワームが潜む岩場の手前。夜の帳が下りたキャンプ地で、爆ぜる焚き火の音だけが響いていた。
「ふあぁ……。私、先に見張りやっとくよ。アンタたち、明日はガツンと動いてもらわないと困るからね!」
ミーニャが大きなあくびをしながら岩場の上へと消えていく。残されたのは、火を挟んで向き合うシュウとエレインの二人だけだった。
エレインが静かに立ち上がり、シュウの隣に腰を下ろす。彼女の持つ古びた杖が、カツンと乾いた音を立てた。
「……腕を出して。明日に備えて、『楔』を打ち直しておくわ」
拒絶を許さない冷徹な声。シュウが無言で左腕を差し出すと、彼女の細く白い指先が、魔物の肉を喰らい変色した不気味な皮膚に触れた。
「っ……」
シュウの頬が微かに歪む。彼女の指先から流れ込む魔力は、癒やしというにはあまりに冷たく、鋭い。まるで、バラバラになろうとする肉体を一本の鋼糸で強引に縫い合わせるような感覚だ。
ふと見ると、シュウの腕に触れるエレインの指先が、小さく震えていた。
「……怯えているのか? エルフが魔物に」
「いいえ。私は、あなたが思っているほど高潔な種族ではないわ」
エレインは視線を伏せたまま、震えを抑えるように杖を強く握りしめた。
「ただ、あなたの『器』が軋む音を聞いていると、昔の知り合いを思い出すだけ。……彼も同じように、世界を背負おうとして、内側から燃え尽きた。私は、それをただ見ていることしかできなかった」
碧眼の奥に、焚き火の炎とは異なる、昏い後悔の色が見えた。
「……二度も同じ結末を見たくないだけよ。シュウ、あなたは私の『贖罪』。だから勝手に壊れることは許さないわ。たとえ、私があなたの尊厳を削ってでも」
エレインの静かな、しかし執念に近い言葉が夜の空気に溶けようとした、その時だった。
「おーい、二人とも! シリアスなのはそこまで! ほら、夜食の準備できたよ!」
岩場の上から、ミーニャが軽やかに飛び降りてきた。その手には、先ほど仕留めたらしい野ウサギの串焼きが握られている。
エレインは即座に指を離し、何事もなかったかのようにフードを深く被り直した。だが、シュウの腕に残る冷たい魔力の残滓までは隠しきれない。
「もー、エレインは真面目すぎ! シュウの腕ばっかり見てないで、こっちの肉も見なよ。良い脂乗ってるんだから」
「……私は結構よ。魔物の肉を喰らう者の隣で、呑気に食事をする気にはなれないわ」
「冷たいなー。ま、そこがアンタのいいところだけどさ」
ミーニャは気に留めた様子もなく、シュウの隣にどっかと腰を下ろすと、串焼きを一本突き出した。
「ほら、シュウも。アンタ、明日『黒鋼のワーム』を喰うつもりでしょ? だったら今のうちに普通の肉を味わっときなよ。……あいつの肉、鉄臭くてマズそうだしさ」
ミーニャの屈託のない笑顔。だが、その金色の瞳は一瞬だけ、シュウの腕に残る「エレインの指の痕」を鋭く射抜いた。
野生に近い直感を持つ彼女は、二人の間に流れる「共鳴」と、それが孕む危うさを、理屈ではなく本能で察している。
「……アンタが壊れそうになったら、私がその前にアンタを担いで逃げてあげる。エレインの難しい魔法なんて待ってられないからね」
「ふん、余計な世話だ。……俺を運べるほど、お前はタフなのか?」
「あはは! 失礼しちゃうな。猫耳族の脚力、舐めないでよね!」
ミーニャの明るい声が、夜の森に響く。
エレインの「執着」と、ミーニャの「直感」。
相反する二つの力に守られ、あるいは縛られながら、シュウは明日の戦いへと意識を向けた。




